第35話 徹夜明けのブランチ

「早速食べるニャよ、久しぶりのマトモな食事ニャ!」 


 既に猫娘の手によって食事用の木のテーブルが準備され、三人分の食器が並んでいた。真っ赤なイチゴジャムに、太陽を溶かしたようなマーマレードも置かれている。

 

 その中央にドンと山盛りホットケーキが据えられた。

 かなりのボリュームだ。


 フィーリアは食卓の完成を確認して、ティーポットに暖炉で沸かした湯を注ぐ。


「整いましたですぅ、マスター」

「おう」


 促されるまま席についた。

 右側にフィーリア、左側に猫娘が座る。


「じゃあ食うぞ。ホットケーキは山から好きに取れよ」

「食べ放題ニャね!」

「では、食事の前に皆さんでお祈りしましょう」

 

 フィーリアが当然のように、上品に手を組んだ。猫娘も続く。


「は、祈り?」

「コチラでは皆、神様に生きる糧を得られたことを感謝するのですぅ」


「ユーの世界では無かったのかニャ?」

「ああ……いただきますが近いかな」


「いただくメス……ニャ?」

「『いただきます』だよ、相手の命をいただくってことだ」


「ふうん、変わってるニャ」

「ではマスター流で参りましょうか」


「いや、別に俺に合わせなくても」

「でもこの食卓の主(あるじ)はマスターですよぉ」

 

 俺が食卓の主? 

 何だか妙にくすぐったい気持ちになる。


「じゃあそうするか。アッチじゃこうやって手を合わせるんだよ」

「はいですぅ。では、ご一緒にお祈りですぅ」


 三人全員で、日本式に手を合わせた。


「いただきます」

「いただきますですぅ」

「いただきますニャ」


 お祈りは早々に切り上げ、全員が早速、分厚く焼けたホットケーキにナイフを入れる。 


「しっかりしたケーキさんですねぇ、ダマダマさんもありませんですぅ」

「だから言ったろ」


「このジャムをかけるニャ?」

「おう。果肉入りのちょっといいヤツだから、美味しいぞ」


 二人に見本を見せるように、惜しげも無くジャムを乗せ口いっぱいに頬張った。生地がほろほろと崩れて、昔から変わらない懐かしい味だ。


 だが今回はそれだけではない。生地自体が薪火に燻されて、ガスや電気では出ない薫りをまとっている。


 やはり焚火ならでは、というところだろう。

 焼き上がりも香りも段違いだ。

 

 本来ならメープルシロップか蜂蜜をかけたいところだが、ジャムの甘酸っぱさがかえって癖になりそうである。フィーリアと猫娘も、後に続く。


「とってもふわふわさんですぅ、これならいくらでも入っちゃいますぅ~」

「こ、こんなに美味しいの食べたことないニャ!」


「ね、マスターはすごいお方なんですぅ」

「ホットケーキごときで言われてもな。コッチの飯がマズ過ぎなんだよ」


「……それもこんなにすぐ出来るなんて、信じられないニャ。ユーは魔法を使うニャ?」

「ホットケーキミックスの力だ。必要な物が全部入ってて、後は混ぜて焼くだけ」


「……ホットケーキミックス、ニャと? そんなものがあるニャ?」

「俺の世界ではどこにでも売ってるよ」

「異世界、恐るべしニャ……」

 

 猫娘はしばらく口を動かすのを止め、じーっとフォークに刺したホットケーキを見つめた。

 腹が減っているはずなのに、一体どうしたというのか。


「おい、食べないのか?」

「無くなっちゃいますよぉ」

 

 早くも、フィーリアが大皿から二切れ目を取りながら言う。

 このペースじゃ本当に無くなっちまうぞ?


「どうした、具合でも悪いのか?」

「……これニャ!!!」


 突然、猫娘が机をバンと叩いて立ちあがった。

 その拍子に危うく紅茶がひっくり返りそうになり、すんでのところで俺とフィーリアがカップを抑える。


「ちょ、危ないだろ!」

「ミーは長く商売をしてきたニャが、こんな商材は初めてニャ! これはミーの最後の運をかける価値があるものニャ!」

「しょ、商材?」

 

 急に何を言い出すんだこの猫は?


「まさか、これで商売する気か?」

「その通りニャ!」


 猫娘はフォークを突き上げ、自らの決意を固めるように高らかに宣言した。


「猫の商人レベッカ・ブルーは、これで人生の大勝負を打つニャ!」

「お前、レベッカって名前だったのか……」


 初めて猫娘の名前を聞いた……って、今はそういう話をしてる場合じゃない。


 商材? 

 人生の大勝負? 

 何を言ってるんだこの猫は?


 フィーリアも呆気にとられて、ポカンとしている。

 

 ケーキの甘い匂いに淹れたて紅茶の芳しい香りが入り混じる室内で、暖炉の火が大きく爆ぜた。



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