第45話 行列は続くよどこまでも

「それ脱げるのぉ!?」

「当たり前ニャ、寝ぼけてるニャか光一」


 出てきたのは見慣れた猫娘だ。


「なんだよレベッカか、びっくりさせるなって」

 

 レベッカは空いている椅子に掛けるなり、俺の皿の朝食をガツガツとつまみ食いした。

 

 いや、もはやつまみ食いのレベルではない。

 本気食いだ。


「ちょ、それ俺のだろ!」

「腹減って死にそうニャの!」


 レベッカが野人のごとき勢いで貪るのを、ポカンと見つめるしかなかった。

 俺の分を全てたいらげると、やっと落ち着いたようだ。


「ふぅ。ご馳走様ニャ」

「昨日飯食わなかったのか? 携帯食料は?」

「やはり一度この飯の味を知ると、もう携帯食料には戻れないニャ。食えたもんじゃなかったニャ」

 

 そりゃそうだ。

 土の味だもんな、アレ。


「それよりも。一仕事終えて帰って来た同僚に、ねぎらいの言葉はないのかニャ」

「仕事って……この草?」

「草じゃなくて葉ニャ、朴の葉」

 

 フィーリアが一枚手にとって眺める。

 大きくて丈夫そうな葉だ。


「もしかして、ベルニア朴ですか?」

「御名答ニャ」

 

 朴の葉と言えば、信州で朴葉焼きを食べたことがある。

 俺には焼き物に香りをつける以外に、用途が思いつかない。


「何に使うんだ?」

「『持ち帰りセット』の容器ニャ。わざわざ山の行商人まで仕入れに行ったニャ」


「昨日みたいに紙皿じゃダメなのか?」

「ベルニア朴には、殺菌作用があるのですぅ。だからこの辺りでは、食器の代わりに使ったりしますぅ」


「持ち帰りニャと、どう保存されるかわからニャい。食中毒は困るニャからね」

「へぇ……、念には念をか」


「リスクは最小限にニャ」

「じゃあこれに合った商品を考えないとな」


「ニャ?」

「当たり前だろ。紙と葉っぱは違うんだから」

 

 すぐさま、朴の葉を使った商品開発が始まった。

 結局俺は朝飯を食べ損なったが、あまり気にならなかった。

 

 ランナーズハイ、というやつなのか。


 

 ――そして今日の行列は、昨日よりもエゲツなかった。

 新開発の『お持ち帰りセット』のせいである。


「お持ち帰りセット、一人前ニャ! いちごジャムで!」

 

 レベッカからの号令を受けて、生地を焼きにかかる。

 

 だがここで使うのは、特別に用意した水分が多めの生地だ。

 フライパンに落とすと、大きく、そして薄く広がる。

 焼き上がりも更に柔らかだ。

 

 その上にバターとジャムをたっぷり塗り、クルクルと朴の葉で巻く。

 ちょうど分厚いクレープの要領だ。


「わぁ、持ちやすいわね。コレ」

 

 受け取った客はその扱いやすさに驚く。

 狙い通りである。

 

 この形状にするために、生地の固さまで変えたのだ。

 だが、思わぬところで問題が起きた。


 持ち運びがしやすいがために、大量注文が相次いだのだ。


「お持ち帰りセット、五人前ニャ!」

「ご、五人前!?」

 

 嬉しい悲鳴だが、焼く側としてはたまったもんじゃない。

 知り合いへのお土産にしたり、驚くことにそのまま家族の食事として、食卓に出す人もいるらしい。


「狙い通り、ファミリー層をがっちりニャ。次、九人前ニャよ光一!」

「きゅ、九人前って、どんだけ家族いんだよ!」

 

 思わずツッコミを入れた時、聞きなれた呟き声がした。


「……すまん」

「ふぁっ!」

 

 驚いて見ると、鍛冶屋のグローインが立っていた。

 相変わらずのしかめっ面だ。


 顔に似合わない家庭的な木のバスケットを提げ、難しい顔で順番についている。すぐ後ろに、若いドワーフのキーリもくっついていた。


「あっ、お久しぶりです」

「……しばらくだな」

「こんなのも、食べるんですね……」

 

 どう考えてもホットケーキなど、硬派なドワーフには似合わない。


「……親方が、食べたいと言ってな」

「ああ、あの親方が……」


「村中の噂になっているからな」

「はは……でも親方だけで、こんなに食べられますか?」


「……まかないだ」

「は?」

「今日の工房での、食事になる」

 

 まかないにホットケーキ、だと? 

 からあげ弁当と勘違いしてるんじゃないか?


「では8100ゴールドいただきますニャ」

 

 きっちり代金を払い、朴の葉にくるんだケーキをバスケットいっぱいに詰めて、グローインは帰って行った。

 キーリもおまけの紅茶カップ(後はお湯を注ぐだけ)を持って、後に続く。


「ドワーフさんも、お召し上がりになるんですねぇ」

「全然似合わないけどな……」

 

 グローインの背中を見送る暇もなく、レベッカから鬼のような注文が飛んだ。開店から続いた混雑は中々終わらず、結局客がはけたのは、夜だ。


「はぁ……疲れた」


 今日は昨日よりも何倍も忙しかった。

 流石の俺も体力の限界だ。


 フィーリアもぐったりとして椅子につき、無言のまま眠ってしまった。

 元気なのはレベッカだけだ。


「お二人さん! 凄いニャ、こんな儲けはミー史上初めてニャ!」

「ちょ、すまないがレベッカ……少しでいいから休ませてくれ……」


「もう、情けないニャね~」

「お前が異常なんだよ……」

「そんなことより喜ぶニャッ!」

 

 レベッカがバンと机を叩いた。フィーリアが驚いて飛び起きる。


「ふぇっ、もうお昼ごはんですかぁ?」

「まだ夜だよ!」

「フフフ……資金が溜まったニャあ」


 集金箱を肉球ですりすりしながら不敵な笑みを浮かべるレベッカは、少し怖い。


「資金って?」

「目的を失するものは手段に囚われる、ニャよ」


「それ、誰の言葉?」

「勿論ミーニャ」


「えええ」

「思い出すニャ光一。ミー達は何のために店を開いたニャ?」


「そりゃ装備を買うために……あああ! ついに溜まったか、8000ゴールド!」

「8000どころじゃないニャあ。忘れたかニャ、我々がいくらで商売してたか」

「ってことは……」

 

 レベッカはニャハハと大口を開けて笑いながら集金箱をバンと開き、机に投げ出した。黄金に輝くゴールドの山が、これでもかと滝の如く広がる。


「うわぁあ!!」 

 

 俺もフィーリアも思わず感嘆の声を漏らした。

 こりゃすげえぜ……、大金持ちだ……!


「ここから全員の給料、テラスの設置代、旗の代金、朴の葉の仕入れを引いても……大儲けには間違いないニャ!」

「ドングリアーマー何個買えるですかぁ……」

 

 フィーリアが放心しながらレベッカに尋ねた。

 レベッカはイタズラっぽく微笑む。  


「ドングリアーマーなんてメじゃないニャ。きっととんでもない装備が買えるニャよ」

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