第44話 卵焼きがジュウジュウ焼ける
――出掛けるレベッカを見送った後、眠ってしまったフィーリアを抱きかかえてベッドに寝かせる。
豊かな金髪が波打って、まるでおとぎ話の眠り姫だ。
この調子だと、そのまま朝まで寝るだろう。
「さて……と。俺はどうするかな」
正直、アッチの家に帰って休むのは得策ではない。
なぜならコッチの時間に合わせると、ロクに眠れないからだ。
「ゆっくりするなら、ココで寝るほうがいいな」
独り言を呟きながらコッソリ自分の部屋に帰り、使っていない寝袋を引っ張り出した。昔はこれで、ゲームの発売日やイベントに並んだものだ。
「まさか、この歳になって使うとはな」
買ってあったゼリー飲料を胃に流し込み、店に帰る。
まだ日は完全に落ちていなかったが、フィーリアのベッドの下に横たわり、久しぶりにぐっすり眠った。
ゲームの世界はアチラよりも、日が速く巡る。
だがそれとはあべこべに、時間はゆっくり流れていた。
寝過ごした!
と思って飛び起きると、ベルニアはまだ夜明け前だった。
外に出ると、山から流れる空気がひんやりとして寒いくらいだ。
小鳥もまだ起きていないのか、闇と静けさが村中を漂っている。
だがほんのりと、明るさが顔を出してきた。
見ると、山の端が白み始めている。
「やっぱ田舎って、時間もスローなのな……さみっ」
朝のベルニアは思っていた以上に冷える。
慌てて家の中に戻り、暖炉に薪をくべた。
だが引っ掻き棒で突っついても、口で息を吹き込んでも、火は上がらない。
「くそぅ……やっぱ田舎って不便だ。これが真のスローライフってか」
一生懸命暖炉と格闘していると、フィーリアが起き出してきた。
「ふわぁ……おはようございますですぅ。マスターぁ」
「おはようフィーリア。疲れは取れたか?」
「おかげ様でですぅ。でも、お腹がペコペコですぅ」
「何も食べずに寝たもんな。有り合わせで何か作るか。といってもホットケーキになっちまうけど」
「フィー、ケーキさん大好きですぅ」
「ホントか? ま、安心しろ。今日はちょっとテイストチェンジだ」
「テイストチェンジさん?」
「うん。でもその前に火をなんとかしてくれ、俺じゃ全然ダメだ」
フィーリアは手際よく(魔法も少々使ったが)、炎を蘇らせた。
早速フライパンを熱して、卵を4つほど落とす。
溶けたバターの中で、ジュウジュウと半熟の卵焼きが焼き上がった。
見栄えが悪くて売り物にしなかったホットケーキを炙って温め、その上に焼いた卵と、コッソリ買って置いたツナ缶を開けて乗せる。
生地用のマヨネーズをチャチャっとかけて、朝飯の完成だ。
食前の祈りもソコソコに、早速フィーリアが口いっぱいに頬張る。
「ふわぁ、卵焼きさんなのに、ケーキさんと合いますぅ! なんで!?」
「おかずホットケーキだ。珍しいか?」
「甘いのに、オカズですぅ! あと、このヘンテコな茶色いのは何ですかぁ?」
「ああ、ツナってんだ」
「ツナさん? なんだか鶏さんのようなお味ですぅ、でもちょっと違うような」
「これはな、魚の身を油漬けにしたものだ」
「お魚さん!?」
「ああ、デッカイ魚だ。朝食用にと思って、缶詰を買ってたんだ」
「ソースさんとすごく合います、コクと塩っぱさが絶妙ですぅ!」
そりゃそうだ。
泣く子も黙るツナマヨだからな。気に入ってくれたみたいで良かった。
「ええと、なんて言いましたっけ。このソースさん」
「マヨネーズか?」
「やっぱりすっごく美味しいですぅ!」
「そりゃ、マヨネーズは最強だよ」
「おかわり!」
「まだ食べ終わってねえだろ! それと、口に半熟卵ついてるぞ」
「はわわ!」
フィーリアは慌てて口をナプキンで拭う。
天然というかなんというか、そそっかしい娘だ。
だが彼女といると、不思議と退屈しない。
「さ、俺もいただくとしよう」
食事にナイフを入れた時、外から家の扉が開かれた。
入って来たのは、得体のしれない大きな緑の塊だ。
よく見ると、緑の草が密集して出来ているらしい。
塊は無言で動き、一直線にこちらへ近づいて、あっという間に食事テーブルの前までやって来た。
おいおい、今度はなんだってんだ!
「ふ、ふぇえっ!」
フィーリアが驚いて椅子から飛びのき、俺も思わずナイフとフォークを持って身構えた。緑の塊はじっと朝食の皿を見つめ、呟く。
「ミーの分は?」
「え?」
「ミーの朝ごはんはどこニャ!」
そう叫ぶと、緑の塊がずるりと脱げ、大量の葉が床の上に滑り落ちた。
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