第43話 大繁盛、大当たりニャ!
店の中は人々で溢れかえり、大騒ぎだ。
1000ゴールドのホットケーキは飛ぶように売れ、焼けども焼けども追いつかない。フィーリアはもみくちゃになりながら接客と給仕で大忙し、レベッカのいる注文スペースではゴールドが舞う。
しかしそのうち、商品よりも座席が追いつかなくなってきた。
店の中もテラス席もあっという間に埋まってしまったため、これ以上客が入らないのだ。
大急ぎでフィーリアが家中の敷物を取り出し、ピクニックスタイルの客席を用意するが、そこもすぐ満席になってしまった。
客は次第にイライラし始め、苦情が殺到する。
「ま、マスター、レベッカさん! お客様がもう入りきりません!」
列につく客の声にかき消されないように、フィーリアが叫ぶ。
俺も負けずに叫び返した。
「席が無いなら一旦販売を締めきるしかないなっ」
そこにレベッカが注文を取りながら口を挟む。
「せっかく待ってくれてるお客ニャ、そんなこと出来ないニャよ!」
「じゃあどうするんだ、地べたで食わせる気かっ?」
「……それニャ!」
「はぁ!?」
嘘だろ正気か!?
忙しすぎて頭おかしくなったんじゃねぇか?
レベッカは注文台の上に飛び乗り、客全員に聞こえるように声を張り上げた。
「皆さま、お待たせして申し訳ないニャ!」
レベッカに向かって、待ちくたびれた人々からヤジが飛ぶ。
「もう席はいっぱい、キャパオーバーニャ。誠に申し訳ないニャ」
レベッカは丁重に頭を下げた。しかし……。
「じゃあ俺達はどうなるんだ!」
ヤジは鳴りやまず、せっかくの謝罪も効果が現れなかった。
客の苛立ちは最高潮に達しようとしている。
だがレベッカは慌てず、冷静に次の一手を打った。
「ニャけどもミーは今回、お待ちくださっている方限定で特別プランをご用意するニャ!」
はぁ? 特別プランだと?
俺は聞いてねぇぞ! 何をする気だ猫娘!?
「皆さまに、特別な『お持ち帰りセット』を販売させていただくことにしたニャ!」
「おもち、かえり?」
客が水を打ったように静まった。
「ご了承いただけるお客様は、100ゴールド割引きをさせていただくニャ!」
……なるほど、テイクアウト割引か!
この一言で、店のピリついた空気はガラリと変わった。
おトクな『お持ち帰りセット』と聞いて、客たちは機嫌を直したようだ。
そしてこれがまた飛ぶように売れた。
目が回る様な忙しさは続き、店がようやく落ち着いた頃にはもう夕方である。額の汗をぬぐいながら、店の中のテーブルにぐったり座りこんだ。
「ふぅ……やっと休める……」
「お疲れでしょう、お茶をどうぞですぅ」
フィーリアがヘタばる俺に、カップを差し出した。
芳しい紅茶の香りがアロマのように、疲れた身体に染みる。
しかしフィーリアもあれだけ働いたというのに、どうして人を気遣えるのだろう。本当に優しい女の子だ。
「ありがとう。フィーリアも休んだ方がいい。無理すると身体に悪いぞ」
「はいですぅ、マスター」
素直に俺の横の椅子に腰掛け、そのまま机に突っ伏す。
ああ、これは寝たな……。
フィーリアは限界まで動いて、次の瞬間には眠るタイプだ。
毛布をベッドから持ってきて、その肩にかけた。
「お疲れ様でしたニャ! いやはやおかげ様で大繁盛ニャ!」
一方レベッカは全く勢いが衰えていない、いや、むしろ増している。
ホクホクと今日の勘定を台帳にしたためながら、喋り倒した。
「これはすごい、大当たりニャ! まさかここまでとは思ってなかったニャ!」
「ああ、大成功だ」
正直疲労で話をするどころじゃないが、謎の達成感で不思議と辛いとは思わなかった。アッチの世界では、こんな気持ちを味わったことがない。
勿論仕事でもだ。
いつも営業ノルマとミスに怯えて、吐き気がするような気持ちで仕事をしていた。例え良い成績が出たとしても、それと引き換えに肉体も精神もボロボロになる。
だがココの仕事はどうだ。
忙しくはあっても、自分の作るモノが売れるという面白さでいっぱいになる。客が来れば来るほど張りが出て、辛さを感じる暇もない。
「なんかわかんねぇけど楽しいな、仕事って。長く働いてたけどこんなの初めてだ」
レベッカは大きな目をキラキラさせた。
「そうニャ、本来仕事は楽しいものなのニャ! 辛いこともあるニャがね。でも……」
「でも?」
「……色んなしがらみの所為で、それを見失ってしまう人のなんと多いことかニャ」
台帳を書き終わって、彼女は静かにお茶を啜った。
「ミーにはそれが可哀想に思えてならないニャよ」
俺はレベッカに倣い、黙ってお茶を啜った。
疲れた身体に染みわたる、久しぶりの水分だ。
「さて。お客も引いたし、今日はもう閉じるニャ」
「わかった。夕飯食ってくだろ、ちょっと休憩してから作るわ」
「ミーは大丈夫ニャ。ちょっと寄るところがあるニャ」
「これから?」
「明日の営業に必要ニャからね。光一とフィーリアはもう休むニャ」
「何も食わずに行くつもりか?」
「携帯食料でも齧ってくニャ」
「あんなクソマズイもんを?」
レベッカは顔を肉球で拭い、ニッコリ笑った。
「今度ご馳走を作ってくれニャ、皆でお祝いするニャよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます