第42話 一発逆転

 ――俺の世界とゲームの世界では、時間の進みが違う。


 だからコチラの世界に長居してしまうと、開店に遅刻してしまうのだ。

 仮眠にもならないような眠りを取った俺は、3DLからハンターの家に戻った。既にベルニアは、朝を迎えている。


 フィーリアは既に起きて火を熾し、ジャムを壺に移し替えていた。


「おはよう、フィーリア」

「あら。おはようございますですぅ、マスター」


「ジャムを、なんで壺に?」

「ああ……マルコさんが、ジャムはセルフの方がいいと仰っていましたので」


「そのまま瓶ごと出せばいいじゃん」

「コチラではマスターの世界の容器は珍しいですから……」

「怖がられるかもってことか」


 フィーリアは微笑みながら壺を綺麗に拭き、仕上げた。

 その横で俺も生地を作る。


 だが、客も来ないのに開店の準備をして何になるというのか。

 溜息が勝手に漏れる。


「なぁ……この店、どうなるんだろうか」

「レベッカさんが心配ですぅ。フィーがちゃんとクエストをこなせれば……こんなことには……グスッ……ならなかった……のに……」


 フィーリアが堪え切れず泣きだした。

 自分の不甲斐なさを詫びながらしゃくり上げる。


 ああ、まただ。余計なこと言っちまった。


「泣くなって……フィーリアはちゃんと頑張ってきたじゃないか」

「でもマスターぁ、このままじゃ、レベッカさんは……。マスターにもご迷惑をかけてしまって……グスッ……」


「俺はいいよ。レベッカのことは……困ったな……」

「グスッ……フィーを売れば、借金取りさんは……買ってくれるでしょうか?」


「フィーリアを、売る?」

「はいですぅ、マスター。こんなフィーでも、買ってくださるでしょうか」


 当たり前だ。

 エロスのプロである俺様が、丹精込めて作ったエルフだぞ。


「……そりゃもう、物凄い高値だろうな」

「本当ですか! じゃあレベッカさんを助けられますかぁ!?」


 碧く美しい目を見開いて、フィーリアが取りすがる。


「待てって、落ちつけ。自分を売り飛ばすなんてバカなこと言うな」

「でも、フィーに出来るのはもうこれくらいしかありませんですぅ!」


 取り乱すフィーリアをなだめるが、パニックになった彼女は中々静まらない。借金取りの元に行こうとするフィーリアを必死で引きとめていた時、扉がバンと開いた。      


 立っていたのは肩で息をしているレベッカだ。


 おいおい、まさか借金取りに追われて逃げてきたんじゃねえだろうな!?


「どうしたレベッカ、取りたてか!?」

「ゼェゼェ……ハァハァ……」


 急いで走って来たのだろう、息が上がって言葉も出ない様子だ。


 それを見たフィーリアはますます暴れた。

 全く、どうしてこうも聞きわけがないんだ!


「ま、マスター! 早くフィーを売らせてくださいですぅ!」

「そんなこと出来るか!」


 フィーリアも大変だが、今はとにかく、レベッカを避難させる必要がある。 


「レベッカ、早く中に入れ。扉を閉めて追手を食い止めるからな、ひとまず俺の世界に逃げろ!」

「ハァハァ……閉めちゃダメニャ……」


「はぁ?」

「店を……ゼェ……開けるニャ」


「正気か!?」

「……来てる……ゼェハァ……ニャ」

「借金取りがだろ!」


 全身の力を振り絞って、レベッカが叫んだ。


「お客が……来てるニャ!!」

 

 ……客が、来てるだって!?

 

 俺はフィーリアを掴んだまま、慌てて家の外に飛び出した。


 目の前に飛び込んできたのは、店の前に並んだ人の列だ。

 それも2、3人どころじゃない。何十人単位の長い列である。

 客たちは財布を握りしめながら、出てきた俺とフィーリアに一斉に視線を注いだ。


「おりょ、やっと開店なのかい!」


 一番先頭にいたおばさんが声を上げる。


「え……ああ、もうすぐです……」


 咄嗟に出た言葉がこれだった。

 おばさんは待ちくたびれた様子で続ける。


「もう、朝イチから待ってるんだよ! 早く自慢のホットケーキとやらを食べさせとくれ」


 おばさんの後ろにいるお兄さんが、会話に割って入った。


「美味いんだろ~? 聞いたぜ」

「……聞いたって、誰からですか?」


「マルコだよ、アイツここに来たんだろ? ここのケーキパネェって振れ回ってたゼ?」

「あの……チャラ男が?」


「ハハハッ、そうだよ。アイツはチャラいが、食い物に関して嘘は言わねぇ」

「とにかく早く店を開けとくれ、朝ごはん抜きで来てるんだよ!」


 並んでいる他の人も、口ぐちに喋り始めた。

 皆お腹を空かせているのだろう。


 早く開店しろと大勢から迫られ、フィーリアを抱えて逃げるように店に戻った。やっとのことで扉を閉める。


 まだ心臓がバクバクしていた。

 フィーリアも目を白黒させている。


「ど、どうなってんだ……コレ!?」

「すごい数のお客様ですぅ!」

「プロモーション、大成功ニャ!」


 レベッカが勝どきを上げた。


 確かに、間違いなく大成功だ。


 だが何故だ? 

 昨日まで閑古鳥が鳴いていたのに……。


「こんな集客……あり得ない。お前何したんだ?」

「ミーは何もしてないニャよ」


「そんなはずあるか! 昨日解散した後、呼びこみにでも行ったんだろ」

「全ては口コミの力ニャ」


「くち……こみ?」

「我々のような資金と規模に乏しい店には唯一の、そして最強の武器ニャ!」

「マルコさんですね!」


 マルコ、だと? 

 ただ食って文句言って帰っただけのアイツが……?


「まさか、あのチャラ男が勝手に客を呼んだってことか」


 レベッカはレジ替わりの集金箱を準備しながら続けた。


「いいかニャ、光一。マルコはこの村一番のチャラ男兼女好きニャ。女を口説くには、良い飯屋が必要不可欠。だからアイツは、ほうぼうの店を食べ歩いているニャ」

「自然とグルメになるってことか」


「その通りニャ。しかもマルコはくっちゃべってないと発作を起こしかねない、おしゃべり男。ま、鰹みたいなものニャ」

「しゃべらないと死ぬ?」


「そうニャ。だから美味いと判断した店なら、勝手にアチコチで言いふらすニャ。まさに歩く自動宣伝マシーンニャ!」

「まさかお前……、チャラ男をワザと呼んだのか?」

 

 レベッカがニヤリと笑う。


「本当に、アイツが自分から来たと思ったかニャ?」


 コイツ、そこまで計算してたってことか。

 恐ろしい猫だ。


 フィーリアが外を伺いながら、焦った様子で叫ぶ。


「ま、マスター! お客様達が暴動を起こしそうですぅ!」

「マジか」


「そりゃかなり待たせてるからニャ。よし、準備は整ったかニャ?」

「生地は出来てる、後は焼くだけだ」


「お湯は沸いていますし、給仕の準備は出来ていますぅ」

「エクセレント!」


 そう言うとレベッカは思いっきり店の扉を開け放った。


「お待たせしましたニャ! ハンターズ・グリル、開店ニャ!」

 

 一斉に、客が店の中になだれ込んだ。  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る