第49話 カッポン

 今日のフィールドは、少々蒸し暑い。

 厳めしい防具は着ているだけで体力を消耗する。


 こういう時に登場するのが、『携帯食料』だ。

 だが哀しいかな、コイツは土を丸めた泥だんごみたいな味がする。


 俺は息を止めながら齧った。

 

 ……カッポン。

 

 だがもっと哀しいことに、コイツは口の中の水分も全て奪う。パサパサだ。


 ……カッポン。


 このままじゃ飲みこめたモンじゃない。ずっと土を噛み続ける羽目になる。


 ……カッポン。

 

 そういう時のために、俺は秘密兵器をアチラの世界から持参した。 

 

 ……カッポン。


 物を飲み下すには水分が一番だ。


 ……カッポン。


 俺はフィーリアに手を伸ばした。


「フィーリア、持ってきた麦茶くれ」

「はいですぅ」

 

 フィーリアはステンレス水筒のコップを、俺に手渡した。

 

 ……カッポン。

 

 馴染みある音を鳴らして栓を開け、水筒を傾ける。

 しかし。

 

 傾けども傾けども、お茶は一滴も出てこない。


「あれれ。マスター、お茶が消えちゃいましたぁ!」

 

 俺は勢いをつけて、フィーリアの耳を引っ張った。


「消えちゃいましたじゃねえ、このポンコツエルフ!」

「あ~ん、痛ぁ~い!」


「カッポンカッポン言わせやがって! 全部飲んだのお前だろ!」

「ふぁ~ん、ごめんさないですぅ!」


 この泥だんごの為に、わざわざ家に帰って水筒を準備してきたというのに。

 このヘッポコエルフは、ちびちび水筒を開けては茶を飲み、モノの5分経たずに全て飲みきってしまったようだ。


「だってだって、このお茶さんいつまでも冷たくて美味しいんですものぉ!」

「当たり前だろ魔法瓶なんだから!」


「ま、まほうびん?」

「保温出来る容器のことだ!」


「マスターの世界の魔法ですかぁ?」

「魔法じゃねえ二重構造だ!」

「カッコイイですぅ!」


 今の今まで叱られていたことも忘れて、フィーリアはステンレス水筒を夢中で眺めまわした。


 はぁ……もういいや。

 怒るのも疲れた。


 口の中の土くれを何とか飲みこみながら、溜息を吐く。

 

 咽喉をカラカラにしながら、白亜林のフィールドを進んだ。

 二回目のクエストでもあるので、要領を掴んで更にサクサク進む。


 そして例の如く、ワラビは全く見つからない。


 とうとう前回悪夢を見た、フィールドの最深部手前まで行き着いた。

 不安が咽喉もとまで迫り、自然と息が上がる。


 ……大丈夫、装備はこれ以上ない高級品だ。

 それに相手はラプトル、何てことない雑魚キャラじゃないか。

 

 そう己に言い聞かせるが、やはり手が震える。


「怖いですか、マスター」

「そんなわけあるか」

「大丈夫です、マスター。フィーがついてますぅ」


 フィーリアが銀の弓を握りしめ、いつになく気丈な態度を見せる。


「ラプトルさんなんて、フィーがバシバシ射抜いて差し上げますぅ」


 俺を心配させないようにしているのか、彼女は懸命に笑みを浮かべていた。


「何だよ急に。元はと言えば、フィーリアが怖いっていうから、付き添いで来てるんだぞ?」

「えへへ、そうでしたね」  

 

 困った表情でフィーリアは髪を触った。

 何度も髪をイジッているところを見ると、彼女も不安なようだ。


「大丈夫だ、フィーリア。俺がついてる」

「もう、マスター。フィーと同じこと言ってますよぉ」


「ハハ、そうだな。……よし、行くぞ」

「はいですぅ」

 

 覚悟を決めて、問題のフィールドへ一歩足を踏み込んだ。

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