第5話 クエストいたしません!

 クエストフィールドに到着した俺はすぐに異変に気がついた。


 自分の「体力ゲージ」並びに「スタミナ」が、笑えるほど少なかったのだ。


「くそっ、コック飯食い忘れたか」


 「異世界ハンター」ではクエストに行く前に、村のコックが作る飯を食べる必要がある。忘れてしまうと、体力やスタミナゲージが劇的に減ってしまうのだ。


 学生時代に屈強なハンターとして名を馳せた俺としたことが、凡ミス中の凡ミスをおかしてしまった。


「ツイてねえな。クエストリタイアも面倒だし、このまま行ったるか。まあ死なんだろ」

 

 3DLのスティックを操作し、主人公を動かそうとした。

 だが、主人公のエルフはピクリとも進まない。


「あれっ、故障か?」


 カチカチッと何度も操作を試みる。


 なんだよこれ、壊れてんじゃん!


 やはり中古はこの程度のクオリティだ。

 夏木め、新品同様とか適当なこと言いやがって。

 いぶかしげに、改めて中古3DLを眺めまわす。

 

 確かに見た目は新品のようである。

 しかし、機体を裏返した時にその印象は覆った。

 

 大きくて奇妙な図形が、はっきりと塗り付けられていたのである。

 まるで百合の花をかたどったような厳めしいソレは、何かの紋章を示しているようだった。


「これか、夏木が言ってたのは……」

 

 たぶん前の持ち主の趣味だろう。

 どこかで見たような気もするが、思い出せない。

 

 まぁ、そんなことはどうでもいい。

 問題はコイツが動かないことだ。

 

 せっかく金出してソフトを買ったのに、これじゃドブに捨てたも同然だ。

 イラつきながら、それでも諦めずにスティックをいじくる。


 すると、やっとエルフが動いた。


「良かった、壊れてな……」


 そう言いかけた俺は、開いた口が塞がらなくなった。

 理想のエルフが、こっちに向って……走ってくる……!


「え、え、え!?」

 

 訳が解らず叫んだ。

 もしかしてこれも新しい機能か!?

 

 エルフは画面ギリギリまで接近し、やっと止まった。


 巨大なドングリをくりぬいた初期装備、「ドングリアーマー」を着つけているエルフは金の髪を乱しながら肩で息をしながら、一生懸命呼吸を整えている。

 そしておもむろに顔を上げ、画面越しに俺と目を合わせた。


 息を飲むように、美しい娘だ。


 彼女は大きな碧眼をキラキラさせて、弾けるように俺に笑いかけた。


「マスター! やっと会えましたね。フィーリアは待っておりましたですぅ!」

「ふぃ、フィーリア?」

 

 天使のような笑顔のまま、畳みかけるように彼女は喋る。


「マスター、フィーリアはクエストに行きたくありません!」

「は?」


「クエストいたしません!」

「え、ちょ、なんでだよ! ゲームの主人公だろ?」

 

 俺はかなりテンパっていた。

 ゲームの中の美少女と、普通に会話をしていたのである。

 今思えば、狂っていたとしか言い様がない。


 美少女は恥ずかしそうに答える。


「フィー、お腹空いたもの」

「へ?」


「何も食べてないもの」

「ごめん、コック飯のことか? それなら今からリタイアするから……」


「マスター、食べさせてですぅ!」

「俺が!?」


「今からそっちに行きますぅ!」

「ちょ、でも……どうやって?」 

 

 全くの愚問だ。

 少なくともゲームのキャラに聞くことじゃない。


「ええと……」


 エルフの美少女はあたりをうろちょろ探り始めた。

 目をつけたのは、ギルドからの支給品が入っている支給箱だ。


「よいしょっと」

 

 美少女は上半身ごと支給箱を覗きこむ。

 その拍子にドングリアーマーのスカートから、パンツが俺に丸見えになった。


「マスターぁ、見えますかぁ?」

「見えてる、見えてる!」


「フィーには見えませんけどぉ」

「いや、違う。その、なんていうか……」


 俺は紳士だ。女性に「パンツが丸見えだ」などと、言えるはずがない。


「し、下着が……見えてる」

 

 絞り出したワードがこれだった。

 だが余りにも小さな声だったのか、美少女には聞こえていなかったようだ。


「うーん、これじゃないのかなぁ。よいしょっ」


 美少女は支給箱から抜けだした。

 次に目をつけたのは、隣の納品箱だ。こちらはフィールドで、「納品アイテム」と呼ばれるものを採取した場合に使われる。


「今度こそ、えいっ」


 美少女が右腕を箱に突っ込んだ。次の瞬間、白くてきめ細やかな肌の腕が3DLから飛び出し、俺の顔に触れた。


「うわああああああああああああ!」

 

 凄まじい勢いで叫び声が出、3DLを布団の上に放り出した。

 

 エロゲならまだしも、リアルでこんなシチュエーションに出くわしたのは初めてだ。


「マスターだ! ここからなら行けるんですね!」

「来なくていい、来なくていい!」

「待っててくださいです、マスター!」


 美少女はすごい勢いで頭を箱に突っ込んだ。


「ぷはぁ!」


 3DLから現実世界に現れ出たのは、俺の創造した理想の美少女だった。

 二次元をそのまま三次元に積分したようで、何もかもがそのまま。


 キラキラ光る碧の瞳に、サラサラと流れる金のお嬢さまヘア。首筋はスッと長く、ほのかな色気がある。そしてそこから下には、大きくてやわらかそうなメロンが二つくっついていた。


 俺は思わず、そのメロンに見入った。


 3DLから美少女の上半身が、おっぱいまで飛び出してるんだぞ。

 そりゃ賢者だって見ちまうだろ。


 ただプロの紳士である俺にも、大きな見落としがあった。


 二次元になくて、三次元にあるもの。

 それは香りだ。


 三次元の彼女は俺をクラクラさせる、甘くて涼やかな香気を放っていた。

 これなら三次元もありだな、と馬鹿みたいに考えた。


「マスター! やっと会えましたね! あ、あれ!」


 美少女がゲーム画面近くの布団に手をついて、もがいている。


「何……やってんの?」

「お尻が、ひっかかって、出られません!」


 美少女がひーんと泣き声を上げた。

 ヒクヒクする度に、おっぱいは生きているかのようにボロンボロンと揺れる。


 俺はいまだかつて、こんなにキャラのお尻の大きさを誇りに思ったこと……いや、後悔したことがあっただろうか。


 結局、彼女のぷりんぷりんのお尻を引きずりだすのに、四苦八苦する羽目になってしまった。

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