第22話 3DLのソノサキ

 気を失っているオカンを、ベッドまで運ぶ。

 どうも気絶したまま眠ってしまったらしい、安らかな寝息が聞こえる。


 何せ彼女は仕事終わりにエルフ、そして猫娘と遭遇したのだ。

 相当疲れていたのか、グッスリと眠り込んでいる。


「気絶しながら寝るって器用すぎんだろ……」


 ベッドの脇に腰かけながら、オカンの童顔を眺め呟いた。


「大丈夫ですかニャ?」

 

 猫娘が心配して、部屋に覗きに来る。


「ああ、心配ない」

 

 そう言いつつも、オカンが目を覚ました後のことが気にかかった。

 その場に猫娘がいたら、再び気絶するかもしれない。


 それを回避するためには猫娘の依頼を完了して、早々にお引き取り願うしかないだろう。


 猫娘と茶の間に戻ると、フィーリアがむくれて座っていた。


「フィーはクエストには行きません。マスターも約束したではないですか」

「これ一回だけやろう、そうしないとこの猫は縛り首になるらしい」


「そんなの知りません!」

「なんて冷たいお方ニャ、ミーは縛り猫は嫌ニャあ!」


 猫娘は涙を目にいっぱい浮かべ、フィーリアに懇願する。

 フィーリアはしばらく抵抗していたが、何せこの猫の命がかかっているのだ。


 結局猫娘に同情したのか、しまいには観念したらしい。


「もう、今回だけですよ」


 嫌々ながらも、脱ぎ捨ててあったドングリアーマーを拾い集め、装着する。

 その間に俺は、3DLに充電プラグを刺して準備をした。

 準備が整ったところで、フィーリアは下半身をゲーム内に入れ込む。


 そして上半身だけ出た状態で、くるりとコチラを振り向いた。

 真剣な表情だ。


「マスター」

「え、なんだよ。改まって」


「クエストはやります、でも条件がありますぅ」

「条件って?」


「マスターも一緒じゃないと、フィーは行きませんですぅ」

「は?」

「だ・か・ら! マスターも一緒に参りますよっ!」

 

 フィーリアは突然ガシッと俺の腕を掴み、画面の中に引っ張り込んだ。

 火事場のクソ力とでもいうのか。華奢に見えて結構力が強い。


 しかし俺も男だ。負ける訳に行かない。


「俺は行かねえよ!」


 フィーリアを振りほどこうとした時、もう片方の腕に肉球がムニュっとしがみついた。


「ハンター殿、助太刀するニャ!」

 

 柔らかい肉球の感触がくすぐったくて、力が抜ける。


「アヒャ、アヒャヒャヒャ!」

 

 肉球とは卑怯な!


 抵抗も虚しく美少女二人にズルズルと引き寄せられ、とうとう手がゲームの中にめり込む。


 ……ドプッと、軽やかな粘液に手を突っ込むような感触がした。

 

 冗談と思うかもしれないが、まさに空気で出来たスライムのようだ。

 

 一つ補足しておくと、3DLには画面が二つある。

 下の画面に吸い込まれた俺の手は、上の画面の表示されているハンターの自宅に据えられたボックスの中から、ニュルっと出現した。

 

 どうもクエスト外で現実世界と繋がっているのは、室内に置かれたハンターボックスらしい。自分の手のヒラがグラフィックとなり、画面に映っているのが見える。


「う、嘘だろぉおお!」


 二次元に行きたいと常々考えていたが、マジで自分が微分されるとは思わなかった。嫌々だったとはいえ、こんなのを見せられるとむしろ、俄然テンションが上がる。


 俺は思い切って、自分から顔をスライムに突っ込んだ。

 

 頭が出たのは、頑丈な石造りの部屋の中だ。

 窓から陽光が燦々と差し込んでいる、ゲーム画面で見たまんまの、ハンターの自宅そのものである。


 ただ違う点といえば、女の子の部屋らしい、少し甘い果実の匂いがするところだろうか。


「すげぇすげぇすげぇ!」

 

 語彙が貧弱で我ながら悲しいが、そんなことを喚きながら感動した覚えがある。一人と一匹の手を借りて、グッと勢いをつけ身体ごとボックスから抜き出した。

 靴を履いていない足先に、床石の感触が触れた。


「あ、冷てぇ」

 

 この石って冷たかったのか……。

 この世界の実在を、自分の身体ではっきり感じとった瞬間だった。


 間違いなくゲームの世界が、物理的に存在している。


「お掃除はあんまり行き届いてないんですけどぉ」

 

 恥ずかしそうにしながら、フィーリアが中へ案内した。


 室内には大きな暖炉が設えられて、火がチロチロと燃えている。

 壁際には木のベッドが置かれ、民族織の敷物が敷き詰めてあった。


「すげぇ、本当にグラフィック通り……」


 もうマジで感激だ。


 興味深いものがありすぎて、部屋の隅々まで観察してしまう。

 確かにところどころ片付いていない場所もあるが、一人暮らしとしては上出来な状態だ。

 同じく一人暮らしだったヲタ友の部屋なぞ、足の踏み場もない臭気地獄だった。意外とマメなとこあんだな、フィーリアって。


 部屋の中をじっくり見回す俺に痺れを切らして、猫娘が急かす。


「何してるニャ、早く装備の準備するニャ」

「え、俺も?」


「当たり前ニャ、このハンターのマスターニャろ?」

「俺はいらんだろ、フィーリアだけ行けばいいんだから」  


「何言ってるですか、マスターもクエスト参加するですよ?」

「は?」

「約束したじゃないですか! マスターが行かないならフィーも行きません!」 


 ハンターの付き添いで狩りに同行だと? 

 過保護にも程がある。


「そんなの聞いたことねぇよ!」

「一人は嫌です、ぜぇーったい嫌です!」


「俺がコッチに来たら満足なんじゃねぇの?」

「クエストに来てくださらないなら、フィーも行きませんですぅ!」


 散々説得してみたが、フィーリアはテコでも従う気はないらしい。

 もう根負けだ。


「はぁ……、わかったよ。そしたら俺も装備を見繕わねえと」

 

 とはいえだ。せっかく異世界に来たのだ。

 あらゆる家具や道具に目が行き、装備どころではない。

 猫娘がイライラと爪を立てる。


 いかんいかん、ヲタクの血が騒いでしまった。早く要件を済ませよう。


 手始めに、部屋の隅に設置された道具箱を覗きこんだ。


 ゲーム画面では整然と道具のアイコンが並ぶだけだったが、ここではしっかりとアイテム本体が収められている。

 といってもまだ初めたばかりなので、入っているのは支給の武器と防具だけだ。とりあえず武器を全部取り出して、床に並べてみる。


「ヤベェ、どれもこれも本物だ」


 初期装備はドングリ―アーマーと同じく、ドングリで作られたシリーズらしい。剣などはしっかり研がれて、木材にも関わらず鈍い光を放っている。

 そして割りと重い。


ハンターってやべぇな、こんなもん背負ってモンスターと戦ってんのか。


「さあどれを使うか」

 

 通常なら俺は太刀とか双剣とか、厨二くさい武器が大好きだ。

 だが「ただの人間」である俺がガチでクエストにいくなら、ちと使いづらい。

 モンスターはフィーリアが主となって片付けるとして、護身用の武器を持っていくとすると……。


「だとしたら片手剣だな」


 ひょいとコンパクトな短剣と盾のセットを取り出した。

 片手剣は他と違って、攻撃だけでなくガードも出来るから心強い。

 それに何より、一番軽いのだ。


 生身の人間が使うなら、これくらいの重量じゃないと辛いよな。


「次は防具っと」


 道具箱の底に残っていた防具一揃えを取り出す。

 フィーリアが着ていたものと同じ、ドングリで作られたアーマーだ。


 女用だが、仕方がない。

 二人には一旦家を出てもらい、着ているものを脱いで装備してみた。

 お世辞にもカッコイイ装備とは言えないが、やはり気分がアガる。


 しかしフィーリアのサイズに合わせてあるのか、胸がブカブカなのが難点だ。仕方なく中に敷物を丸めて詰め、自宅を出た。


 外で待っていたフィーリアが、わぁっと声を上げる。


「マスター、カッコイイですぅ!」

 

 社交辞令だとしても、カッコイイなんて言われると照れる。


 そんなセリフ、女から言われたことなど無かったしな。


「はわわ! マスターのおっぱいが大きいさんですよ!」

「そりゃお前のせいだ」


 フィーリアのデカおっぱいをチラリと盗み見る。実にけしからんおっぱいだ。

 猫娘がイソイソと揉み手をしてやって来た。


「準備は出来たかニャ。何か買うモノはないニャか」

「買い物?」

「クエストに行くなら色々必要ニャろ。ミーの店は、色々取り揃えてるニャよ!」

 

 コイツ、俺相手に営業してやがる。

 どこまでも商売人気質の猫だな。


「そうしたいけど、最初のクエストは支給される無料アイテムで十分だ。金も無いしな」

「そうかニャ……」 

 

 猫娘の耳が垂れる。

 少々可哀想だが、クエストを受ける際に支払う契約金のために、金は残しておかねばならない。少しの金貨でも、貴重品だ。


「それよりコック飯だ。今度こそ食いっぱぐれないようにしないと」

 

 コック飯無しでは、先ほどの二の舞である。

 丸腰の上、全裸で狩りに出かけるようなものだ。


「ご飯ですかぁ!?」

「ああ。で、屋台はどこにあるんだ?」

「案内するニャ」


 猫娘の先導で、俺たちはハンターの自宅を後にした。


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