第39話 「ハンターズ・グリル」の大博打

「さて、皆さん。活動報告をお願いニャ」

「材料をあるだけ買ってきた。あと使い捨ての食器もだ。奥に積んである」


「お山から薪を採って来たですぅ。暖炉の脇に置きましたですぅ」

「お疲れ様ニャ、確認させてもらうニャ」


「イチイチ確認しなくても大丈夫だと思うが?」

「資材は商売の命。この目で確認したいのニャ」


 レベッカは俺達の運んだ品を、一通り検品した。

 こういうところは意外としっかりしている。


「生ものはどうしたニャ? ベルニアは涼しい気候ニャが、不安ニャ」

「このお家には小さな氷室がありますので、そこに入れましたですぅ」


「上等ニャ」

「衛生面とか気にするんだな」


「勿論ニャ、食中毒なんて出たら困るニャ」

「そういうレベッカは何してたんだよ?」


「ミーはプロモーターの仕事ニャ」

「チラシでも配ってたのか?」

「チッチッチ。百聞は一見に如かず、ついてくるニャ」


 レベッカは全員を率いて家を出た。

 少し歩いたところで得意そうに鼻を鳴らし、レベッカがくるっと振り返る。


「さ、その眼で確かめろニャ」

「確かめろって……何を?」

「後ろニャ!」


 レベッカの視線を追うように見返った。

 すると目の中に、大きくて立派な旗が飛び込んできた。


 分厚いダマスク織のとにかく目立つ生地で仕立てられた旗は、家の前に仰々しく立てられ、風を受けてはためいている。

 書かれている文字は異世界語で読めないが、昼であるにも関わらず、派手な刺繍でギラギラと発光していた。


「ちょ……何だよこれ!」

「看板旗ニャ!」


「か、看板!?」

「うわぁカッコイイですぅ! ……『ハンターズ・グリル』なんてオシャレですぅ!」


「はんたーずぐりる? そう書いてあるのか?」

「ニャハハ! 横文字のが格好つくニャろ!」


「どういう理由だよ! コッチに横文字なんて概念あるのかよ!」

「さあ、そろそろ注文の品も届くはず……来たニャ!」

 

 次は屈強な男たちが、続々と木製のテーブルセットとパラソルを運んできた。レベッカの指示で、瞬く間に設置する。

 簡易的だが素敵なテラスの出来上がりだ。


 ダメだ、展開が速すぎてついていけない!


「ちょ……レベッカ。金も無いのに……どうやって手に入れた?」


 レベッカが俺に、ヒソヒソ声で耳打ちする。


「それは、光一の得意なクレジットニャ」

「く、クレジットって……」


 男の一人が、伝票の束を持ってレベッカに近寄って来た。


「合計3万ゴールドです」

「承知ニャ」

 

 レベッカはさも当然のように、値段を了承する。


「さ、3万ゴールドだって!?」

 

 なんて買い物してるんだ、あのくそ高いアイアンアーマーが買える値段じゃねえか!


「高すぎだろ! レベッカ、お前ボラれてんじゃないのか!」


 俺の大声に、男がムッとした表情を見せた。


「これでもかなり、費用は負けましたよ」

「にしても高すぎる!」

「そりゃこれだけの品を買えば、驚く額ではないニャよ」

 

 俺は目の前が真っ暗になった。

 金も無いのに、こんなもの買っちまって大丈夫なのか!?


「ああそれと、旗の代金もありました。2万ゴールド追加で、合計5万ゴールドです」

「旗に、に、2万ゴールドだって……?」


「あの旗は特殊な看板です。遠くからでも文字が見える、魔法の刺繍が施されています」

「素晴らしい品物ニャ」


 確かに素晴らしいけど……お値段も素晴らしすぎる!

 しかし当のレベッカは依然として、平気な顔をしていた。


「以前話した通り、今すぐ支払いは出来ないニャ。ツケで頼むニャ」

「本当に払ってくれるんでしょうね」

「勿論ニャ。商人レベッカ・ブルー、命をかけて支払いするニャ」


 おいおい、クレジットって、「ツケる」ってことかよ!?

 レベッカのやり方に茫然として、めまいがする。 


「では後日、お代をいただきに参りますからね」


 男達の姿が無くなるのを見計らい、俺は慌ててレベッカに詰め寄った。


「馬鹿野郎! 儲かるかもわかんねえのに何てことすんだ!」

「馬鹿とは失礼ニャ。初期投資は飲食には必須ニャろ」


 レベッカは不愉快そうに耳を掻いた。

 やっぱりこの猫、ツメが甘い。


「やり方が無茶苦茶だって言ってんだよ。多額債務者の癖にまた借金同然のことするなんて、どうかしてる!」

「席も看板も無い新規店に誰が来るニャ」


「そういう問題じゃない、これじゃ多額債務どころか多重債務だ」

「商売に借金はつきものニャ!」


 レベッカは尻尾を立てて強く言い返した。


「ハイリスクハイリターン、これがミーの商売ニャ。怖がってたら利益は転がせないニャ!」


 ダメだ、このまま言い合ったらきっと、冷静な話し合いにならない。


 俺は気持ちを落ちつける為に、一度深呼吸した。

 語気を荒立てないよう、ゆっくりと話しかける。


「……お前の命がかかってるんだろ? もっと慎重になれよ」        


 俺が心配なのはこの一点だ。

 元々レベッカの命を助ける為に色々頑張ってるのに、水の泡になってしまう。

 俺の問いかけに対し、レベッカは静かに口を開いた。


「その通り、これはミーの人生を賭けた大博打ニャ。失敗したらミーは焼き猫どころか、ミーごと売り飛ばさないといけないだろうニャ……。それはきっと、死ぬより辛いニャ。でも、だからこそ真剣なのニャ!」


 レベッカは鋭い眼差しで、真っ直ぐ俺と目を合わせた。

 恐怖を乗り越えて、それでも戦うという闘志がみなぎっている。


 この猫はもう、何を言っても聞く耳を持たないだろう。


 なら俺に出来ることは、とことん付き合ってやることだけだ。


「わかった、最後までやるよ」


 ここまで来たら観念するしかない。

 レベッカの気迫に押されて、フィーリアも腹をくくったようだ。


 新しく出来た居心地のいいテラスに三人で腰掛けて、作戦会議の続きを始めた。


「……じゃあレベッカ、お前のプランを教えてくれ」

「看板も、店も準備出来たニャ。後は光一が料理をしてくれれば完成ニャ」


「それでお客さんがジャンジャン来るですかぁ?」

「まさか、新しい店じゃそれは無理だ。ドワーフの工房前でビラでも配るか?」


「ダメニャ、ビラ屋はツケで丸めこめなかったニャ」

「マジかよ……。ならどうする、呼びこみか?」


「ドワーフは店の前で大声出したら、絶対怒るニャ」

「あいつら気難しいもんなぁ」


「お店前で呼びこみしますかぁ?」

「ベルニアは田舎ニャからね、新しい店をいきなり宣伝しても、客は警戒しちゃうと思うニャ」


 結局勝算ねぇじゃねえか! 

 何考えてんだこの猫は!


 ハンターズ・グリルはかなり厳しい状況だ。

 しかし、やはりレベッカはケロリとしている。


「とにかく光一はケーキを焼いてくれニャ、匂いで釣る作戦ニャ」

「匂いって……、そんなんで客来るのか?」

「ものは試しニャ。さ、開店ニャよ!」


 レベッカの一声で、俺達の店「ハンターズ・グリル」はオープンした。


 天気も申し分なし、初めての営業にはもってこいの日だ。


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