第40話 チャイブと早朝のカップ麺

 ――という訳で、店は怒涛の勢いでオープンしたのだが……。


「ダメだ、腹減って動けねぇ」


 何せ昨日は、晩飯も食わずに寝てしまったのだ。

 これでは働けるものも働けない。


「そういえば、ミーも何も食べてニャい……」

「よく平気でいたな、こんだけ仕事しといて」


「所謂、ランナーズハイってやつかにゃ?」

「恐ろしいヤツだな、お前」


「生粋の商売人と呼んで欲しいニャね」

「ということはだ、まずは従業員の腹を満たさねぇとだな」


 俺は秘密兵器を、食料の山から取り出した。

 ったくイザという時のために取っておいたのに、使うのが早すぎるぜ。


 見慣れた白地に赤文字のカップを三つ分、テーブルの上にドンと置くと、フィーリアが不思議そうな目で見つめた。


「マスター、この入れ物は何ですかぁ?」

「これはな、アッチの世界で一番うまい食い物、とっても過言ではない」


「ふぇええ!?」

「こんなのがニャ!?」


 レベッカはカップを取り上げて、マジマジと観察したり、振ったりした。

 中でカラカラ、と音が響く。


「なんて軽い食べ物ニャ。しかも中身乾いてるニャよ……これ、本当に食べ物ニャか?」

「乾いていてこそ、価値がある」


 俺はそういうと、カップ周りのビニールやフタを剥き、お茶用に暖炉で沸かされていた湯を注ぎ入れた。忽ち中の乾燥麺がふやけ、もわりと、旨そうな湯気が立ち昇る。


「小娘どもよ、これがカップ麺だ」

「か、カップ麺さん!?」

「か、カップ麺ニャ!?」


 二人とも、絵に描いたようなリアクションである。

 素晴らしい。


「いいか。カップ麺はこうやって待つだけで、メシが出来る」

「そんなこと、あり得ないニャ!」

「まぁ、見てろ。三分後、お前の常識は覆る」


 とは言ってみたものの、俺は三分間、律儀に待つタイプではない。

 早々に蓋を取り、中身を掻き込みにかかる。


「マスター、まだ三分経ってないですよぉ?」

「俺はな、麺は固め派なんだ。バリカタくらいがちょうどいい」


「ヴァ、ヴァリカタ?」

「ま、そんな用語はどうでもいいんだが。三分待ってたら、食べ終わる頃にはもう麺がグダグダになっちまうからな」

「じゃ、ミーもいただくニャ!」


 結局、早々に全員が食べ始める形となった。

 

 まだ固い麺を、箸で無理矢理崩しながら、スープを啜る。

 すると空きっ腹に、馴染みのジャンキーな味が染みわたった。

 

 ベルニアの早朝の肌寒い空気の中で食べると、いつもの醤油味が一味もふた味も旨味を増した。

 フーフーしながら麺を口に運ぶ内に、芯から身体が温まるようだ。レベッカとフィーリアも、フォークで麺を器用に絡め取りながら夢中で食べる。


「ニャニャニャ! 本当に湯を注いだだけで、メシになってるニャ!」

「これは……すごいですぅ!」


「しかも、エビに、卵に、肉まで入ってるニャ! 猫殺しのメシニャ!」 

「な、美味いだろ。本当ならここに生ネギくらいを、トッピングしたいところではあるがな」 


「ネギさんですかぁ?」

「俺んチで卵雑炊食ったろ? あれに乗ってた薬味だ」

「それでしたら……」


 おもむろに、フィーリアが外に飛び出していった。

 帰って来た彼女の手に握られていたのは、何やら細い植物の束だ。


「それ、どうしたんだ?」

「フィーの庭に生えているシブレットですぅ。マスターのお宅でネギさんをいただいた時、これに似ているなぁと思ったですぅ」


「しぶれっと?」

「ああ、チャイブのことニャね。この村ではそう呼ぶニャ」

「チャイブか!」


 チャイブとは西洋のハーブである。

 ネギに近い香りを持ち、ヨーロッパではオムレツやスープに浮かべられる。

 この世界にもチャイブがあるとは驚きだ。


「よくわかったな、フィーリア」

「えへへ。草のことなら、任せてくださいですぅ」

「草で食いつないでた人は、やっぱ違うな」


 採れたてのチャイブを素早く刻み、カップ麺に散らす。

 朝露が滴る新鮮なチャイブは、素晴らしい変化をもたらした。

 シャキッとした歯触りと香りが、ふやけ始めたカップ麺に色どりを添える。


「やっぱネギってすげぇ。しかもチャイブなんて、すっごく贅沢してる気分」

「そんな……。沢山生えていますから、どんどん使ってくださいですぅ」


 フィーリアがニッコリ笑う。

 チャイブが生える庭付きの家か……悪くないな。


 そんなことを思いながら、カップに残った最後のスープを飲み干した。


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