第57話 太くて長くて立派! ワラビの天ぷらとビール
なんとかベチャベチャに揚がるのを防ぎたい一心で、氷を二欠けほど、衣に放り込んだ。
「氷さんですかぁ?」
「せめて温度差だけは取り戻したい。膨らし粉でもあれば良かったが」
生憎、そんなものは家にない。
氷なんて悪あがきの小細工だが、無いよりマシだろう。
「あ、そうだった。これを忘れたらイカン」
調味料棚の瓶から茶色い粉をひと匙、衣の中に入れる。
顆粒がマーブルのように、白い天ぷら粉の中で模様を描いた。
「あのぉ、これって……雑炊さんに入れたお粉さんでは?」
「良く覚えてたな。衣にダシを混ぜると、ウマいぜ。天ツユなんてなくても、十分風味がいい」
「テンツユ?」
「ま、百聞は一食に如かずだ」
氷の水分を加味して少し小麦粉を追加したところで、ワラビをボールへ。
サッと衣をつけ、再度熱した油へ投入した。
ジュワワワ……と、気味の良い音が湧きおこる。
金色の油の中でしばらく揚げると、チャロチャリチャリ……といい感じに音が変化してきた。天ぷらの揚げ時は、これを聞き分けるのがよい。
さて、そろそろかな。
「ふわぁ……綺麗ですぅ……」
「熱いから触るなよ。表面が……固くなったら出来上がりだ」
こうして、若草色のぶっとい天ぷらが揚げ上がった。
フィーリアが早速、唾を飲み込む。
「まだ、熱いから止めとけって」
「ふぇえ、しょぼぼんですぅ」
「ほら、どんどん揚がるぞ」
次々と、ワラビを揚げにかかる。
俺はこういう時、「食べながら揚げる」という芸当が出来ない。
生来の面倒臭がりだからな。一気に揚げて、一気に食う。
フィーリアが脇で目を皿にして待ちかまえるが、天ぷらは焦ってはならない。油に具を入れ過ぎると、温度が下がってしまう。
チャロチャロチャルチョロ……油の軽やかな音と、フィーリアの腹の音だけがキッチンに響く。
「あの……マスター、一切れだけお味見を」
「ダメだ、全部揚げるまでまってろ」
「ほぇええ」
例の如く、無心で作業し続けた結果、ワラビの天ぷらの山が二皿出来上がった。フィーリアはというと、いつの間にか、いそいそとちゃぶ台の上を片付けている。
ったく、ハイジかお前は。
綺麗に整頓された机に、天ぷらと塩、そして冷えた麦茶を運んだ。
それを待ちかまえるように、フィーリアもチンと自分の定位置に座る(そんなもの指定した覚えはないが)。
さあ、せっかく手間暇かけた作品だ。
こういう時のための「トッテオキ」を、冷蔵庫から取り出した。
「おっしゃ、俺は飲むぞフィーリア!」
長缶のお高いビールを二本、ちゃぶ台に出した。
キンキンに冷えてやがるソイツらは、最高に飲みごろである。
「ふぁああっ、これはお酒さんですかぁ!?」
初めて見るであろうビール缶を、上から下まで眺めまわす。
「ああそうか、フィーリアはまだ飲めないのか」
こういう時、無理強いは良くない。俺が大嫌いなアルハラだ。
飲めない子に酒を強要するなんて愚の骨頂である。
俺は紳士だし、な。
「こちらにもビールがあるですかぁ、こんな容れ物初めて見たですぅ」
「しかもな、コレはお高い、ちゃんとしたビールだ」
「ふわわ~」
「だがフィーリアは無理すんな、麦茶もある。酒は飲めるヤツが飲んだらいい」
「でも……」
フィーリアが何か言いかけた。
だが、そんなことはどうでもいい。
もう俺は今すぐにでも、プシュッとしてキューッといってプハーッってしたいんだ!
早速キンキンに冷えた缶ビールに手を伸ばし、プシュッと栓を開ける。
グラスに注ぐと、高いビール特有の薫りと美しい泡が溢れ出た。
これだよコレ!
勢い余ってこぼしそうになりながら、グッと乾いた咽喉に流し込む。
「くっか~ぁああああ!」
朝から汗水流して働いた甲斐があるといものだ!
アルコールが疲れた身体に、急速に巡る。
ふわっとした、心地の良い感覚が全身を包んだ。
「ウマ! やっぱ安酒とは違うな!」
やはりおっさんたるもの良い酒を飲まないとな、と思わせるような深い味だ。
口も潤ったところで、ワラビの天ぷらの軸にキッチンペーパーを巻いて掴みあげた。フィーリアも俺の真似をして麦茶をグイッと一気飲みし、後に続く。
にしても、ぶっといワラビだ。太いアスパラみたいな太さだ。
塩茹での時も驚くような旨さだったが、果たして……?
熱々のワラビを頬張った瞬間、サクッという音が歯を伝って聞こえた。
小細工が少しは効いたのか、まずまずの仕上がりだ。
そしてゆっくりと、ワラビを咀嚼する。
「!?」
これは……世界で一番ウマいのは、もしかするとワラビ天ではないだろうか。
ワラビ特有の風味と山菜らしい野趣を、油がコッテリと包みこんでいる。
ワラビの旨味たっぷりのネバネバに、カリッとした感触が合わさって楽しい歯ごたえだ。
それに塩茹ででは気になったアクも、消えていた。
良かった、灰汁抜き成功だ。
そのせいで……次から次へと、食べれてしまう!
ヤバい、この癖に無さはもはやスナック感覚だ!
塩をつけると、さらにヤめられないトまらない。
俺は一本目を、ジャガリクォの如く吸いこむように食べた。
口の中が油っぽくなったところで、もう一口ビールを流し込む。
こんなもん、無限ループじゃねえか!
二本目に手を伸ばしたところでフィーリアを見ると、口に一本、右手に一本、左手に一本とワラビを掴んで貪り食っている。
ちょっとちょっと、流石にヤリすぎじゃありませんか!?
「コラ!」
「ふぇっ!?」
「なんて行儀が悪いんだ、お前一応お嬢さまだろ!」
「わ~ん、ごめんなさいですぅ!」
「ったく、どんな躾されて来たんだ。誰も盗らないから、取り合えずそこ置け」
指摘されてようやく羞恥心が戻ってきたのか、フィーリアは顔を真っ赤にした。この娘は、こと食い物に関してだけ、どうしてこうなってしまうのか。
「それにそんなに一気にいったら、腹壊すぞ」
「ふにゅ、恥ずかしいですぅ」
「俺の分、フィーリアに分けてやるから。落ち着いて食え」
「ま、マスターはなんて優しいですかぁ」
何度も言うが、俺はちゃんとしたおっさんだ。
こういう時に、年下に(だけど年上でもある、ややこしい)食い物を譲ってやれなくて、何がオトナだ。
といってもこのワラビは、そんな俺のささやかな見栄すら打ち砕きそうな一品である。俺の内なる葛藤を知ってか知らずか、フィーリアはモジモジと切りだした。
「あの……ワラビさんも嬉しいですが……その……」
「なんだよ」
「お、おビールさんもいただけませんかぁ?」
「はぁ?」
おい、飲めないんじゃなかったのか?
「大丈夫なのか?」
「エルフはフィーぐらいの歳なら誰でも、嗜みますぅ……」
フィーリアは言い淀んだ。
エルフの年齢制限に引っかからないなら、飲めばいいではないか、飲めば。
何をモジモジしているのかは不明だが、これは祝い酒だ。
フィーリアの要望に答え、グラスに美しい泡立ちのビールを注いでやった。
「うわぁ、綺麗ですぅ」
そういって、彼女は舌先でぺロリと泡を味わう。
そして口をグラスに恐る恐るつけ、今度は一口コクンと飲みこんだ。
「わぁ! 美味しいですね、おビール!」
「それは良かった」
「ふ、ふわわ……」
アルコールが回ったのか、フィーリアの動きが急に緩慢になってくる。
そりゃあんだけ動いたんだ、疲れた身体に染みるだろう。
「お、美味しい……ですですですですですですっ!」
「へ!?」
突然フィーリアの口調が早口になり、顔が真っ赤になった。
そして急に立ち上がり、ビール片手に大声で野次り始めた。
「やってらんねぇのですですっ、ハンターなんかぁですですですっ!」
おいおいビール一口でキャラ変わり過ぎだろ!?
酒は飲んでも飲まれるな。
フィーリアがモジモジしていた理由が解った。
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