第54話 ワラビの塩茹で
だが火を起こすのでさえ、この世界では大仕事だ。
火起こしが得意なフィーリアの協力が得られない以上、自分で何とかするしかない。慣れない作業に手こずり、準備に一時間近くかかってしまった。
炎がパチパチと燃える暖炉に鍋を引っ掛け、湯をたっぷり沸かす。
これで必要な用意は整った。
「よし、こっからだな」
さて、ワラビの塩茹でを作るとしてだ。
塩茹でと一口で言っても、どれくらいの塩梅で茹でるのだろうか。
フィーリアは「そのまま」塩茹でにすると言っていたが、果たして本当にアク抜きをしなくていいのだろうか。
日本のワラビなら、きっと食えたもんじゃないだろう。
何せ相手は異世界の食材だ、わからない要素が多すぎる。
だが頼みのフィーリアは、役に立ちそうもない。
「もう知らね、適当だ!」
ヤケクソで塩を一掴みし、鍋に放り込んだ。
「アク抜きもいらんだろ!」
フィーリアが「そのまま」と言ったのだから、不味かったら彼女の所為だ。
試しにワラビを数本、そのまま湯にぶち込んでみた。
時折箸で固さを見ながら、タイミングを見計らう。
――そして数分後。アスパラガス並みの太さを誇る異世界ワラビは、鮮やかな若草色に茹で上がった。
湯から引き上げると、茹でたての枝豆のような旨味の詰まった香りが立ち上る。およそ、クセが強い山菜の匂いとは思えない香りだ。
「何だこれ、メッチャいい感じじゃん!」
その時点で、ふてくされたフィーリアのことなど俺はすっかり忘れてしまった。すぐさま熱々のところを皿に取り、冷たい井戸水をお伴にいただく。
クルクルっとした若芽のところを、ガブッと齧り取った。
「う、ウッマぁ~!」
特産ワラビの、そのあまりの太さから、てっきり固いのかと思っていた。
しかし身は柔らかくて歯切れが良く、しかもワラビ独特のぬめりが楽しめて最高の食感だ。
下の部分に行けば行くほど繊維質になるが、太くて一層食べ応えがある。
味は香り同様、枝豆のようだった。
だが、そんじょそこらの枝豆とはレベルが違う。だだちゃ豆とか、黒大豆とか、そういった高級枝豆のコクと旨味を濃縮したような味だ。
もう少し塩を効かせたら、ビールのお伴に最高だろうに。ミスッった!
夢中で食べていると、不機嫌だったはずのフィーリアが近寄って来た。
匂いに釣られてやってきたか……。
「食うか?」
茹で立てワラビを一本、フィーリアに差し出す。
すると俺の手に握られたままの立派なソレを、フィーリアはハムッと咥え、ポリポリと根元まで頬張った。
「……どうだ?」
「わぁ、すっごい美味しいですぅ!」
先ほどまでの不機嫌が嘘のように、フィーリアは顔をほころばせた。
やっと機嫌を直したフィーリアを見て、俺は胸を撫でおろす。
あんなにピリピリしていた理由は解らない。
しかし、「腹が減っていただけ」という可能性は十分にある。
また腹を空かしてヘソを曲げられても困るので、次から次へと、ワラビをフィーリアの口へ突っ込んだ。
「ふ、ふがふが。マスター、そんなに一気に食べられませんよぉ!」
「いいから食え!」
フィーリアは困った顔をしながらも、モグモグと忙しく口を動かした。
結局フィーリアが食べに食べ、試しに茹でたものは全て平らげてしまった。
「あ~ん、無くなっちゃいましたぁ!」
「あんだけ食えば、そうなるだろ」
ぎゅるぎゅるるるる……。
しこたま食ったはずのフィーリアの腹が、再び鳴り始めた。
「あ~ん、足りませんですぅ!」
「まだ食うのか!?」
「残りのワラビさん全部茹でるですぅ!」
フィーリアはそういうと、残ったワラビの束を丸々、残った湯の中にぶち込もうとする。
「ちょ、ちょ~っとタンマァ!」
急いでフィーリアからワラビを取り上げた。
ったく油断も隙もねぇ。
「ダメなのですかぁ?」
「塩茹でもウマいんだけど、ちょっと物足りねぇんだよな」
「そうですかぁ? あんなに美味しいのに?」
「確かに特産ワラビはアクも少ないし、塩茹ででも十分なんだが……」
俺は咽喉の奥にひっかかる、エグミがどうしても気になった。
きちんと日本流で調理すれば、この違和感は解消出来るはずだ。
そう考えると、試してみたくてたまらなくなってしまった。
残念そうにワラビを見つめるフィーリアをなだめるように、説得する。
「せっかくの極上の山菜だ、せっかくならもっと美味しく食べたいんだよ」
「もっと、美味しく出来るですかぁ?」
「ああ、俺が保証する。でもそれには、フィーリアの協力が不可欠だ」
「マスターは、フィーが必要なのですかぁ?」
「当たり前だろ、フィーリアがいないとダメなんだ」
その一言の何が効いたか不明だが、フィーリアは急に嬉々とし始めた。
ウッキウキで俺に腕を絡め、甘えてくる。
「もうマスターったら、仕方がないお人ですぅ!」
山の天気と女の機嫌は変わりやすいというが、その通りだ。
もう訳が解らん。
全く女ってのは、面倒な生き物である。
俺はフィーリアに翻弄されつつ、ワラビの本格調理に取りかかった。
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