第55話 「アク抜き」って、漢字でどう書く?

「さて、まずはワラビのアク抜きだ。フィーリア、早速出番だぞ」

「フィー、何するですかぁ?」


「灰を用意してくれ、たっぷりとな」

「ハイ、ですか?」


「ああ。アッチの世界じゃな、アク抜きは『灰汁抜き』と書くんだよ」

「はわわ、初めて聞いたですぅ」


「ま、それはどうでもいい。新しい湯が沢山いるから、井戸水汲んでくるわ」

「はいですぅ、マスター」


 フィーリアは灰かき棒で白く燃え残った木を崩して、灰を作り始めた。

 こういう作業をするフィーリアは、とても繊細な仕事をする。

 細かく良質な灰を作ろうと頑張るフィーリアの横で、やかんに井戸水を流し込み、湯を沸かした。


「マスター、このくらいでいいですかぁ」


 フィーリアがバケツ一杯に灰を入れ、差し出してくる。 

 燃え残りのなく、上等だ。


「いい仕事すんなぁ」

「えへへ」


 フィーリアが集めに集めたたっぷりの灰を受け取ると、そのままワラビの上にぶちまけた。綺麗だったワラビの翠は忽ち、真っ黒に塗りつぶされる。


「えええ! こんなことしたら食べられなくなっちゃいますぅ!」

「大丈夫だよ。さ、火傷しないようにそこどいてろ」


 灰塗れになったワラビが浸かるまで、慎重に熱々の湯を注いでいく。

 ムラが出来ないよう箸で良くかき混ぜ、フタと重しの石を置いた。


「これで下処理は終了だ」

「こ、これで終わりですかぁ?」


「俺の世界のワラビなら、最低でも半日は漬けて置きたいところだな」

「は、半日!?」


「でもこの特産ワラビはアクが少ないし、少しで大丈夫だと思う」

「ふぇぇ。マスターの世界では、日頃からお召し上がりになるのですかぁ?」


「まさか。まぁ山菜のアク抜きなんて、普通のおっさんはやらんわな」

「マスター物知りさんですぅ」


「ガキの頃行った自然体験キャンプで、やったことあるだけだよ」

「ふわわ、キャンプですかぁ! フィーも行ってみたいですぅ!」


「行ったことないのか?」

「お屋敷から出たら、怒られちゃいましたから……」

 

 そう言いながら、フィーリアはニコニコ顔でキャンプの妄想を始めた。

 目を閉じて釣りの真似ごとをしたり、テントを立てたり、獣を追ったりしている。


 まるで子どもだな……。


 フィーリアは世間知らずであるが故に滅茶苦茶だが、こういうところは可愛らしい。そう思いながら、微笑ましく彼女を眺めた。すると、


 ぎゅるぎゅるぎゅる……。

 またもフィーリアの腹が文句を言い始めた。


「ふわ~ん、マスター!」 


 フィーリアが恥ずかしそうに叫ぶ。

 ったく、満腹中枢どうなってんだよこのエルフは。


 出来るだけ早く料理してフィーリアを満たしてやらねばならない。

 だが心配は無用だ。


 俺は既に、妙案を考えだしている。


「よし、フィーリア。アッチの世界に行くぞ!」

「ふぇえ、コッチでお料理しないのですかぁ?」


「俺にいいアイデアがある。アッチのキッチンを使うから、何も持たなくていいぞ」

「はいですぅ。ではワラビさんも持っていかないと……」


「ワラビは置いてけ」

「ふぇ!?」

「いいから!」


 灰と熱湯に付け込んだワラビを放置したまま、フィーリアをハンターボックスの中に突っ込んだ。

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