第37話 おっさんは変質者ではありませんっ!
レベッカは出店の算段をするため、そろばんを取り出してパチパチと弾き始める。
「問題は食器の数ニャ。仕入れるにしても場所を取るし、この人手では食器洗いまで手が回らないニャ」
「……だったら、使い捨ての食器はどうだ?」
「そんなのあるニャ?」
なるほど、コチラでは「食器を使い捨てる」という概念は無いようだ。
「アッチの世界では安く紙皿が買えるぞ。それなら洗う手間は無い」
「なんて世界ニャ、恐ろしいニャ」
「問題解決ですぅ」
フィーリアがニコニコ笑った。
確かに、食器に関しては何も問題はない。
だが店は食器だけで回るものではない。
燃料、食料、テーブルセット……、揃えるべきものは山ほどある。
「ヨシ。ではまず燃料調達ニャ。フィーリア、山で薪を拾ってきてほしいニャ」
「わざわざ拾いに行かせるのか?」
「すまんが薪を買うお金は無いニャからね。節約できるところはするニャ」
「暖炉用にいつも採りに行きますので、大丈夫ですぅ」
「頼むニャ。で、光一。ユーはアッチの世界に買い出しに行ってくれニャ」
「光一って……、なんでいきなり名前呼び?」
「そりゃ、もうウィ―達はビジネスパートナーだからニャ。呼び方も対等であるべきニャろ。ユー達も、ミーのことはレベッカと呼ぶニャ」
「なるほど」
「さ、光一。ケチらずに仕入れてくるニャよ。材料はいくらあっても足りないニャからね、ドドンと買うニャ」
「ちょ……仕入れの金はどうするんだよ。ゴールドじゃ払えねえぞ」
「そこは光一のポケットマネーニャ」
「なんで俺が!」
「ミーが焼き猫になってもいいニャか!?」
このガメつい猫め、そうやって自分を人質にしやがる気か?
「き、汚ねぇぞ!」
「ミーの出世払いニャ」
「はあ……もうわかったよ……」
俺も、もういい歳のおっさんだ。
ホットケーキの材料くらい大した額じゃない。
それに、商売人相手にゴネるのも疲れる。
釈然としないが仕方ない、ここは出してやるか。
「ったく、金をドブに捨てる気分だ」
「後悔はさせないニャよ。早速買い出しに行ってくれニャ!」
「いいけど、レベッカはどうするんだよ」
「ミーにはミーの仕事があるニャ。まあプロモーション活動ニャね」
「ぷ、プロモーション?」
「とにかく善は急げニャ。早く出発するニャ!」
こうしてレベッカに追い立てられるようにフィーリアは山へ柴刈りに、俺はスーパーへ買い出しに行かされた。
――コチラの世界はまだ昼前だ。
アチラの世界と往復しているうちに薄々感づいていたが、どうやらコチラの世界は時間の進みが遅いらしい。
アチラでは何時間も経ったはずなのに、オカンはまだ買い物から帰ってきていない。とはいえ、今の俺にとっては好都合だ。
財布をポケットに押し込んで、オカンが普段使わないであろう遠くのスーパーまで出かけた。面倒だが、オカンに見つかる方が困る。
オカンの脅威が無いスーパーにたどり着くと、俺は店にあるホットケーキミックスを根こそぎ買いこんだ。
他にも牛乳、バター、卵……買うべきものは山程ある。
カートはケーキの材料で山盛りだ。
カゴ一杯の材料をいくつも会計に持ち込むと、店員が変な顔をした。
そんな態度を取られると、つい必要のない言い訳が口をつく。
そしてこういう時に限って、店員が好みのタイプだったりする。
「あ、い、家でホームパーティーをやるんです……」
要らないことは言うものではない。
結局店員のお姉さんが苦笑いをしながら会計をするのを、顔を真っ赤にして待つ羽目になった。くっそ、なんでこうなるんだ!
もっと悪かったのは、商品が多い分、会計にかかる時間もべらぼうに長くなってしまったことだ。俺のレジの後ろには長蛇の列である。
ものすごく恥ずかしい思いをした上に万を超す金額を支払い、挙句、子どもに指を刺される。
「ママ見て~。あのおじさんホットケーキ大好きみたい~」
「コラッ、見るんじゃありませんっ!」
これじゃまるで変質者じゃないか。
ケーキ材料を買っているだけなのになんて扱いだ。
おっさんは買い物もしちゃいけないのか!?
「ああ、なんでこんなことしてんだろ……」
俺は背中で泣きながら、山のような商品を袋に詰め込み異世界に搬入した。
もうその頃には、ベルニア村は夕暮れを迎えようとしていた。
真っ赤な太陽が山の谷間に吸い込まれ、残り雪に夕焼けが美しく照り映える。少しずつ蒼い闇が濃くなるにつれ、空気が段々冷たくなり、さらに澄んでいくようだ。呼吸をするだけで、心が洗われる。
「すげえ、絶景だな……」
疲れも恥ずかしさも忘れ、その光景に見入った。
こんな景色は、現実の世界ではまずお目にかかれないだろう。
段々と、嫌なことを忘れていく自分がいた。
「なんだかんだ、来て良かったな」
家の前でゆっくりと山を眺めていた時、山からフィーリアも帰ってきた。
背中に大きな荷物を背負いこんでいる。華奢な身体に似合わない大量の薪だ。
俺は慌ててフィーリアに走り寄った。
「大丈夫か? こんなにいっぱいの薪……重かっただろ」
「エヘヘ、頑張りすぎちゃいました。なんとか日暮れ前に帰ってこれて良かったですぅ」
ぜいぜいと肩で息をするフィーリアは、見るからに辛そうである。
「無理しなくてもいいのに」
「そんな……、フィーでお役に立てることがあれば嬉しいですぅ」
フィーリアは美しい顔に疲れをにじませながら、ニッコリと笑った。
ああ……なんていい子なんだ……。その姿勢に俺は思わず感心してしまった。
フィーリアは天然で食いしん坊でヘタレではあるが、とても人が良く優しい娘だ。そして不器用ながらも、自分の出来ることを一生懸命やる真っ直ぐさがある。
俺の出会ってきた女の中に、こういうタイプはいなかった。
こんな女と出会っていたなら、俺も結婚したいと思えたのだろうか……。
「とにかく荷を下ろせ、手伝うから」
「ありがとうございますぅ、マスター」
大量の薪を代わりに抱えて運び、暖炉の近くにうず高く積み上げた。
これだけあれば、燃料はしばらく大丈夫だろう。
俺が買ってきた材料も一緒に運び、保存する。
作業が終わるころには、もう外はすっかり日が落ち、暗くなっていた。
室内にランプを灯して椅子に腰かけ、やっと一息つく。
「ふぅ。そういえばレベッカさんはどこに行かれたのでしょうかぁ」
確かに、肝心のレベッカが帰ってこない。
「まさかとは思うが、ビビって飛んだんじゃないだろうな……」
「レベッカさんはそんな方じゃありませんよぉ、ふわぁ……」
フィーリアはそう言うなり、ゴロンとベッドに横たわった。
しばらくすると寝息が聞こえ始める。
「え、寝るの早っ! 晩飯食ってないだろ、作ってやるから起きろ」
揺り動かしても一向に起きようとしない上、珍しく夕飯の誘いにも乗ってこない。かなり疲れていたのだろう、天使のような顔でぐっすり眠り込んでいる。
しょうがない、寝かしといてやるか……。
毛布をフィーリアに掛け、自分もベッド脇に腰かけた。
得意なはずの徹夜デスマーチだが、この歳ではもうキツイ。
気がつかない内に、俺もそのまま深い眠りに落ちて行った。
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