第29話 そんな装備で大丈夫か?
――俺達は親方の工房の横にある、小さな応接室に通された。
こちらは本来の洞穴らしく、ひんやりとしている。
熔岩の流れをモチーフにした、いぶし銀のテーブルセットが置かれていて、これまた最高にセンスがいい。岩をくりぬいた室内によくマッチしている。
そして見事な職人技を誇るように、壁にはハンター用の装備が所狭しと並べられていた。
「やっぱドワーフってすごいのな。自作だろこれ全部」
こんなカッコイイ部屋、マニアックなRPGでも中々お目にかからない。
感心して見入っていると、グローインが、しかめ面のまま飲み物を運んできた。
「……座れ、飲め」
ぶっきらぼうにそう言うと、テーブルに翡翠色のグラスを並べた。
逆らうとまたハンマーを食らいかねない。
大人しく椅子に腰かけ、飲み物を口に運ぶ。
中に入っていたのは果物の味がする液体だ。
察するに、何かの果汁を水で割ったものだろう。
味は薄いが甘みと酸味が程良く、美味しい。
塩も一つまみ加えているのか、工房の熱波で汗をかいた身体に染みわたった。
「この世界でも、まともな味があるんだな」
「ぷはぁ! もう一杯ですぅ!」
フィーリアがグローインにおかわりを頼む。
このエルフはなんてハートをしているんだ、よくこの状況で頼めるな。
促されたグローインはしかめっ面で、フィーリアのグラスを回収する。
そしてそのまま、俺の空になったグラスにも手をかけた。
「……お前もいるか?」
「ああ、貰います」
「そこの獣人のも、注いでこよう」
結局全員のグラスを回収して、グローインは奥に引っ込んだ。
見た目こそ怖いドワーフだが、案外優しいのかもしれない……。
そんなことを考えていると、部屋の中に親方が入ってきた。
ものものしい作業服から着替えた親方は、さらに小さく感じる。
ピンクのツインテールが颯爽と揺れ、顔は北欧系の美幼女を思わせた。
さながら、歩くドールだ。
だが服装は対照的に、ダボッとしたツナギにトップはビキニという、ラフなもの。少ない布地の間から覗く抜けるような白い肌が、仕事終わりの疲れで桃色に発色していた。
いやらしい……じゃなくて、メッチャ可愛らしい姿である。
「待たせてしまったのじゃ」
と言う割には、全然申し訳なさそうではない。
親方はその小さな身体で堂々と歩き、彼女のものと思しき椅子に手をかけた。
だがそれは、明らかに通常の人間用サイズだ。
おいおい、どう考えても大きさが合ってないだろ……。
「んしょ、んしょ」
俺の心配をよそに、親方は可愛い様子で懸命に登る。
そしてやっとのことで頂上にたどり着き、座席にチョンと座った。
しかし、顔がテーブルに隠れて全く見えない。
「うむ、では話じゃな」
顔が隠れたまま、親方は構わず続けようとする。
ちょっと待て、可愛すぎるだろこのドワーフ!
そんな彼女に、猫娘が商人らしく釘を刺した。
「お顔が見えないニャよ、親方殿。商談はフェイス・トゥ・フェイスが基本ニャ」
「ああ、ボーっとしとったのじゃ。カサ上げが必要じゃのう。キーリ、いつものを」
するとグローインとは違う、若いドワーフが急いで部屋に入ってきた。
両腕いっぱいにクッションの山を抱えている。
「よいしょっと」
親方が椅子から飛び降りると、キーリは素早く座にクッションをうず高く積み上げた。
「よし、よし」
親方は再び椅子に座る。
今度は身体が底上げされて、しっかりと全体が見えた。
親方も満足したらしい、満面の笑みで本題に入る。
「よし、では話じゃな。聞いたぞハンター。おぬしグローインのハンマーをかわしたらしいの」
「おかげ様で、危うく歩けなくなるところでしたよ」
抗議の意味も込めて、俺はワザとキツめに答えた。
「ガハハ! ドワーフのハンマーを受けてタダで済む者はいないのじゃ!」
「笑いごとじゃないでしょ!」
「……すまん」
グローインの呟き声が背後から聞こえた。
彼の気配に全く気がつかなかったので、心臓が飛び出すかと思った。
グローインは黙って、飲み物のおかわり差し出している。
「あ、ありがとう」
素直に受け取ると、彼は親方にも翡翠色の足つきグラス(たぶん彼女専用なのだろう)を渡し、そのまま彼女の足もとに控えた。
親方はドリンクを受け取るなり、豪快に飲み干す。
「ゴクゴクッ、ぷはぁ! 仕事の合間に飲む一杯はまた格別なのじゃ!」
「……何よりです、親方」
親方は口元を小さな手で拭い、俺を品定めするように、ジッと観察した。
「さて、グローインよ。この人間の腕をどう見たのじゃ?」
「……筋は良いかと」
「そうか」
親方はグラスをカンッとテーブルに置くと、勢いよく言い放った。
「ならハンター、合格じゃ!」
「へ?」
グローインと同じようなことを言っている。
ドワーフの合格の基準が、よくわからない。
「あの、俺のどこが良かったんですか?」
「おぬしは筋が良い。この者の攻撃を避けきるなど、中々出来ることではない。ワシはおぬしを気に入ったのじゃ、装備を作ってやろう」
「いいんですか!?」
「ドワーフに二言はないのじゃ」
「うわぁ、流石マスター!」
フィーリアが歓声を上げた。親方はそれを怪訝な眼で見る。
「先ほどから気になっていたのじゃが、なぜここにエルフがいるのじゃ? それに獣人も」
「この猫は俺の依頼人です。俺のっていうか、このエルフのですけど」
「エルフの……とな? ならばハンターは、このエルフということか?」
「そうです、俺はタダの付き添いで」
「ハンターに付き添いじゃと!?」
親方は大口を開けて笑った。
笑いすぎて、危うく小さな胸を隠すビキニがずれそうになる。
幼女のチッパイが、み、見えちまう!
親方は小さなことに頓着しないのか、腹を抱えたまま、笑い悶えている。
「やはりエルフはロクでもないのじゃ! ヘタレにも程がある」
可愛い顔で、結構エグイことを言うドワーフだ。
「しょ、しょぼぼんですぅ」
親方にバシッと口撃されて、フィーリアは落ち込んだ。
流石に少し、可哀想だ。
「そ、そこまで言わなくても……」
「ドワーフのエルフ嫌いは健在ニャねぇ、言い方キツイニャ」
猫娘はやれやれと言った感じで眺めている。
どうやらこの二つの種族は、あまり仲が良くないらしい。
だが俺に言わせれば、親方は少々、フィーリアを勘違いしている。
「確かにヘタレることもありますけど、クエストで俺を守ってくれました」
「だからこの娘にも装備を作れとな?」
「この子がハンターです」
この言葉に、親方は少し考え込んだ。
さて、どうするつもりだろう。
種族間のイザコザを理由に依頼を蹴るのか、もしくは職人として仕事を受けてくれるのか。
しばらく沈黙した後、親方は小さな膝頭をぽんと叩いた。
「良かろう、オヌシの顔も立てねばな。エルフにも作ってやろう」
「マジですか!」
「ドワーフに二言はないのじゃ!」
おっしゃ、交渉成立だ。
「あ、ありがとうございますですぅ!」
「貴様の礼など要らん、ヘタレエルフめ」
親方はプイッとそっぽを向いて毒づいた。
可愛い顔して、結構気難しい。
とはいえ、とりあえずは仕事を受けてくれるというわけだ。
「さて、何を作るかな。素材を集めやすいのは、木材系のモノだが……」
親方は早速、棚から装備の見本を取り出した。
本をめくって楽しそうに計画を練っている。
彼女は心底、この仕事が好きらしい。
だが残念ながら、新しい装備を作るような余裕は、俺達にはない。
「あの、作ってくれなくていいんです。修理していただければ」
「何?」
出鼻をくじかれた親方は怖い顔をした。
俺のボロボロのドングリアーマーを、上から下まで眺める。
「それを直せとな」
「はい、素材集めは理由があって出来なくて……」
経験からしてこのゲームの素材集めは、かなりのクエストをこなさなればならないはずだ。
しかしこれ以上フィーリアにクエストに行けなど、とても言えない。
だから新しい装備をあつらえることなど、不可能なのだ。
とりあえず猫娘の依頼を乗り切るだけの装備があれば、それでいい。
親方はコッチの事情を知る由もないが、気難しい表情で口を開いた。
「……出来ぬ」
「どうしてですか!」
幼女の姿でも頑固だ。
装備をちょちょいと直すだけだというのに、何故出来ないのか。
「おぬし、片手剣を使う気なのじゃろ。これからも飛び道具は使わない気か」
「飛び道具ですか?」
たぶん弓や銃、ボウガンの話をしているのだろう。
あいにく、俺はバスバス敵をぶった切るのが好きな性分だ。
そういった遠距離武器は合わない。
「当分は片手剣で行くつもりです」
「……そうか。おぬしは防具を直せというが、本当にそんな装備で大丈夫か?」
「へ?」
「おぬしの防具、遠距離用じゃぞ」
「マジっすか!?」
雑魚攻撃二発で、瀕死になった理由がわかった。
遠距離武器用の装備は敵から遠い分、ケタ違いに装甲が軽くて薄い。
リーチの短い片手剣を、遠距離防具で戦っただって?
そりゃ死ぬわな。
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