第26話 これが朝チュンというヤツですか?

 気がつくと、そこはキャンプエリアのベッドだった。

 

 身体の痛みは消え、体力も戻っている。

 どうやら救護班が治療を施してくれたらしい。

 上身を起こして辺りを見回すが、既に彼らの姿は無く、飛行船もはるか上空に戻っていた。


「んん……うん……」

 

 隣で少女の淡い声がする。

 フィーリアが目を覚ましたようだ。


 ゆっくり起き上がり、ほっそりした白い手を口にあて、あくびをする。


「ふわぁ。マスター、生きてますかぁ」

「おかげさまでな」


「良かったですぅ……フィーはなんだか、とっても気分スッキリさんですぅ」

「お、おう。そうか……」

 

 スッキリって……、まさか、いわゆる朝チュン気分ってヤツか!?

 史上最高にかき乱された俺の心拍数は、急上昇していた。


 いや、そんなことはない。

 小僧ならともかく、俺は紳士だし、エロスのプロだし、立派なおっさんだ。


 あの程度のことで……小娘相手にドキドキする訳ない!

 

 おっさんが内なる葛藤に冷や汗を流している傍らで、フィーリアは瞼をこすりながら、不思議そうに呟いた。


「でもフィー、何があったかあんまり覚えてなくて……。マスターを助けようとしたところまでは記憶があるんですけど。マスターは?」

 

 嘘だろ覚えてないってマジかよ! 

 おバカにも程があるぞ。

 

 しかしこれは、チャンスとも言える。

 咄嗟に、照れ隠しの言葉が口をついた。


「俺もよくわかんねぇ。モンスターから逃げ切ったから、気持ちよく……じゃなかった、気持ちスッキリになったんじゃねえの?」

「そっかぁ~」  

 

 フィーリアは納得したのか、笑顔であくびをした。


 やっぱりお嬢さまは違う。

 人を疑うことを知らない、規格外の育ちの良さだ。


 まぁでも、俺的には助かった。

 おっさんが汗を拭いながら胸を撫で下ろしている傍らで、彼女は自分の身なりを見るなり、驚いた声を上げた。


「うわぁ、ドングリ装備さん、ボロボロになっちゃいましたぁ」


 というのも、彼女のドングリアーマーはラプトルに何十回も砕かれて、見るも無残な姿になっていたからである。

 ブラもパンツも、肌ももろ見えだ……エロい。

 

 とはいえ、あれだけの攻撃を耐えたのだ。上出来だろう。


 だが、問題は俺の装備だ。

 二発しか攻撃を食らってないのに、デッカイ穴が開いてしまっている。


「マスターの装備さん、もっと大変ですぅ!」

「なんだよこの差、バグか?」

「さぁ、フィーにもわかりませんですぅ」


『異世界ハンター』では基本的に、攻撃されても装備は無傷のままで残る。だからこそ一度瀕死でキャンプに戻っても、再び繰り出せるのだが……。


 ゲームプレイと、実際に戦うのでは勝手が違うらしい。


「このままじゃ、さっきのとこに戻れねぇな」


 だがここで装備を直す手段を俺は知らないし、思いつかない。

 こうなってしまった以上、クエストを続行するのは無理だ。


「ってことはリタイアしかないな。でもこの世界でリタイアってどうするんだ?」


 フィーリアは首を横に振る。

 とすれば、知っていそうなのはあの虎男だ。

 

 連絡手段といえばハンターコンパスだが、何をやってもウントもスンとも言わない。飛行船は空の彼方、直接話すことも出来ない。


 仕方なく納品箱に半身だけ突っ込んで現実に戻り、3DL上でリタイアの操作をする羽目になった。


 ダサい……クソダサい。

 俺の思い描いてた異世界転移じゃない。

 

 そうこうしている内に、飛行船が迎えに来る。

 コチラではプレイ画面と違って、ちゃんと飛行船に乗らないと帰れないらしい。ったく、イチイチ面倒だ。


 甲板で出迎えた虎男は俺達を見るなり、目をまんまるにした。


「なんや、リタイアかいなぁ。わぁ、防具が滅茶苦茶やな」

「そうなんだよ。だから直したいんだ、出来るか?」


「俺には無理や、そういうことは鍛冶屋に言ってもらわんと」

「鍛冶屋?」


「村にカザドというのがおる。腕のええ職人やから、すぐ直してくれるで」

「金はかかるのか?」

「さぁ、それは応相談ちゃうか。せやけど気をつけや、かなりの頑固者やで」

 

 虎男は笑いながら飛行船の操作のため、その場を離れていった。


 腕のいい鍛冶職人で、頑固者だと? 

 テンプレの偏屈ジジイじゃねえか。

 金の無い俺達の装備を、そんなキャラが直してくれるのだろうか。

 

 一抹の不安を抱えつつ村に戻った俺たちを、猫娘が首を長くして待ち構えていた。


「お帰りなさいニャ! どうニャ、成功だったニャ?」

「ダメだ、ワラビは見つけたがモンスターに邪魔された。それに防具も壊れっちまったから、リベンジ出来ない」


「えええ! ミーは縛り猫どころか釜茹で猫になっちゃうニャ!」

「だから装備を直しに鍛冶屋に行く、案内してくれ」


「鍛冶屋ニャ? 確かに優秀な工房ニャが、あそこの職人は気難しいニャよ」

「それは聞いてる。でも取り合えず交渉してみないとな」


「もう出発ですかぁ!? フィーお腹空いちゃった」

「ミーが油揚げ猫になってもいいニャか!」

「わ、わかりましたぁ」

 

 空きっ腹を抱えたまま、猫娘の先導で鍛冶屋に赴いた。

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