日帰り異世界転移
第20話 猫娘の依頼
「ミーのクエストをなんで途中で止めちゃったニャ!」
「ああもう! ハンターは休業したって申し上げてるではないですかぁ!」
フィーリアは喚きながら、身体にしがみついている猫娘を振りほどこうともがく。しかし猫娘はひっしとくっ付いて離れようとしない。
二人の攻防は茶の間中を荒らした。
「ウチの中で喧嘩するな!」
俺は一人と一匹の首根っこを掴み、力づくで引き剥がした。
本日二回目だ、もういい加減にしてくれ。
思いっきり身体を掴まれて我に帰ったのか、猫娘はコチラの世界を驚いた表情で見まわした。
「ここは、ここはどこニャ……?」
猫娘の鼻と耳がヒクヒクと絶え間なく動いて、見たことのない空間に緊張しているのがわかる。
だがそれはコッチのセリフだ。お前は何者だよ?
「……誰だよキミは」
「ヲタクこそ誰ニャ」
キッと猫娘が俺を睨んだ。
ベルベットの毛皮が美しい、ロシアンブルーと人間の女の子をミックスしたような娘だ。アルプスの麓に居そうな民族衣装を、今風に着こなしている。
猫娘が動く度、赤地のミニスカートがピョコピョコと跳ねて愛らしい。
服の上には深い色みの銀髪が流れ、大きな目は蒼く、キョロキョロと動いて周囲をすばしっこく観察した。手足には肉球、尻尾がゆらゆら揺れて、勿論猫耳も搭載。
け、ケモミミじゃねえか!
全然アリだ……めっちゃ可愛い……モフモフしたい……ってそんなことを妄想している場合ではない。
他人に名乗らせる前に自分が名乗れ、とこの猫娘は言いたいのだろう。
至極真っ当である。
「俺は春田光一、ここの住人だけど」
「人間かニャ? ハンターと何の関係があるニャ」
フィーリアが迷惑そうな顔で答えた。
「フィーのマスターですぅ」
「マスターって、何ニャ」
「フィーを操作する方ですぅ」
「操作、ニャと?」
「クエストに出るとき、マスターに従って狩りをするですぅ」
猫娘は信じられないといった感じで、大きな青い目をパチクリさせた。
「そ、そんなヤツがいるニャか?」
「はいですぅ、マスターが狩りをしないと仰る限り、クエストはいたしませんですぅ!」
フィーリアは猫娘の依頼を、「俺に」断らせようとしている。
おいおい、面倒なことさせんじゃねぇ。
「ややこしいこと言うな、お前がやりたくないだけだろ」
「うぇ~ん、マスターぁ! フィー怖いんだもん!」
「むしろこの人間がやると言うニャら、ハンターは出動するニャね」
この猫娘、意外に知恵が回る。
彼女はモフモフな腕で、ガシッと俺の手を握りしめた。
「幻の特産ワラビをもう一度探して欲しいニャ! そうしないとミーは破産ニャ!」
必死の形相で俺に訴える。
猫娘が手に力を込める度、肉球がムニュムニュした。
最高に気持ちいい、絶品だ!
もっと色々なところをムニュムニュして欲しい……とか考えてる場合でもない。
「そんなの、自分で採ってくればいいじゃないですかっ!」
フィーリアが癇癪を起こす。
俺の手を握りながら、猫娘は反論した。
「無理ニャ、あれは白亜林にしか生えないニャ」
「白亜林って、クエストのフィールドか」
「そうにゃ。モンスターが出るから、素人のミーは行けないニャ」
「なるほど、だからハンターに頼んだのか」
「フィーは嫌ですっ!」
「なんでその、特産なんとかが必要なんだ?」
猫娘はその言葉を聞いた途端、ズーンと顔色が悪くなった。
「実は……借金のカタにしたにゃ」
「借金のカタ?」
「ミーは商売人ニャ。村で雑貨屋を開いたニャが、駆けだしの頃に資金が足りなくなって、借金をしたニャ」
「借金したらダメだろ」
「商売人はドドンと仕入れて、ドドンと売る。それが鉄則ニャ。でも……全然儲からなかったニャ」
「そんなの自分の責任じゃねえか」
「ウチの村にハンターが来ると聞いて、ハンター用の商品を大量入荷したのニャ。でも一向に買いに来る気配がニャくて……」
ちょっと待て。
完全に俺が放置した所為じゃねえか!
まさかそんな事態になってるなんて、夢にも思わなかった。
段々と猫娘の息が荒くなり、手がプルプルと震えだす。
「とうとう、借金取りが痺れを切らして怒鳴り込んで来たニャ。でも返せるお金なんてニャい。だけどそんなこと正直に言ったら、縛り猫ニャ」
縛り猫って……。コイツはどんな相手に金借りたんだ?
銀行マンの俺に言わせれば、融資を頼む相手は慎重に選ぶのは常識だ。
もっとも、本当にマトモな相手なら、この猫娘は審査でハネられるか……。
「もうこっちも必死ニャ。気付いた頃には『代わりに特産ワラビを届けるニャ』って言ってしまったニャ。でもそれは危険な地域にある幻の一品。ハンターに頼むしかないのニャ」
なるほど、ワケは飲みこめた。
だが無理に、フィーリアのようなヘタレに頼む必要があるのだろうか。
「他のにもハンターはいるだろ、そっちに頼めないのか?」
「それはヨソの話ニャろ。ウチの集落ではこのハンターしかいないのニャ」
「うーん、そんなもんなのか」
イマイチ、あちらの世界の事情がわからない。
しかし猫娘が言うのだから、彼女がいる村ではフィーリアにしか仕事を頼めないのだろう。猫娘は大きな瞳から、ポロポロと涙をこぼした。
熱い雫が、俺の手の甲に落ちる。
「お願いしますニャ……このままではミーは、ミーは!」
「わかったわかったよ!」
女の涙ってのは苦手だ、このまま泣き続けられても困る。
それに、俺にも一因がある。ならば、おっさんたるものやるしかない。
だがこの決定に、フィーリアは不服のようだ。
「えー!? マスター本気ですかぁ!」
「しょうがねえだろ、俺らがやらねえと死ぬってんだから」
「そんなぁ」
「では早速村に戻るニャ!」
「ちょ、今からか?」
「返済の期限が迫ってるのニャ」
ま、結局やらねばならないなら、今でも後でも変わらない。
本日は朝から早出、おまけに深夜からゲームというデスマーチ。
だが哀しいかな、俺はよく訓練された社畜だ。
これしきのことで根を上げない。
「明日休みだし、久々にプレイするか……あれ?」
そういえばオカンの気配がしない。
ここでやっと、茶の間の床に気を失って倒れているオカンを発見した。
「えええ、またぁあああああ!?」
エルフは許容出来ても、猫娘はダメだったらしい。
オカンの卒倒の基準が、俺にはよく解らない。
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