二次元は裏切らない
第3話 『異世界ハンター・アンリミテッド』
風呂に入る元気もないまま、自分の部屋に戻る
むしゃくしゃしながらごわごわしたスーツと、息苦しいネクタイを脱ぎ棄てた。
「やってらんねーわ」
独り言をめちゃくちゃ大きく吐く。
布団の上に、シャツとパンツ一丁のまま倒れ込んだ。
「俺、なんでいっつもこんなモテないんだろ……」
枯れたはずの涙が、また溢れだしてきた。
「ダメだ、もう忘れろ!」
カビ臭い枕で涙を拭いて、ありったけの大声を布団で押し殺す。
やはり大声を出すのはいい。少し落ち着いてきた気持ちを抱えたまま仰向けになり、ぼんやりと本棚を眺めた。
すると、古いゲーム機が目に入った。
最近ヲタク仲間に無理やり買わされた、「3DL」という携帯ゲーム機の中古品だ。
「そういえば、カセットも買ったよな」
3DLを手に取ってみると、中にソフトが挿入されたままだ。
何気なくスイッチを入れ、起動する。すると、『異世界ハンター・アンリミテッド』という文字が浮かびあがってきた。
一応説明しておくと、『異世界ハンター』というのはシリーズ物のアクションゲームだ。最大四人の仲間達で協力しながら、モンスターハントが出来ることで人気になった。
大学時代はヲタク友達とひがな一日、プレイに興じたものだ。
だが社会人になってからは流石に忙しく、ハンター生活からは遠のいていた。
――数週間前のことだ。
久々に会ったヲタ友、「夏木」が強引にこれを勧めてきた。
「異世界ハンターの新作、『異世界ハンター・アンリミテッド』がマジで神と話題ですぞ!」
夏木はゲーム店の店長をやっている。
営業の一環として、度々新作を勧めてくるのが常だった。
しかし正直迷惑な話だ。
なぜなら俺はブラック勤め、そんなに暇じゃない。
「もうそんな歳じゃねえし、仕事で忙しいし、いらんわ」
「まあそう言わずに。新しい機能がついたのです、デュフフ。オヌシもぜひ試したまえ」
夏木が揉み手をして営業トークに入る。
聞き慣れたいつものトークだが、俺も元ヲタクの端くれだ。
新機能と言われると、少し興味が湧く。
「新しい機能ってなんだよ?」
「デュフフ、今回の異世界ハンターはな、主人公の容姿を完璧にカスタマイズできるのだお!」
はぁ? どこが新機能なんだ。
今時この手のアクションゲーなら、主人公カスタマイズなど珍しくもない。
異世界ハンターも例にもれず、随分前から主人公の髪型や肌色、顔立ちを選ぶことが出来る。
夏木め、早くも焼きが回ったか。
「いや、今までもそうだったし」
「オヌシよ、話は最後まで聞くのだゾ。カスタマイズというのはな、その、ボインとか、プリリンとかもなのだゾ」
「は?」
「だから! 胸やお尻の大きさもカスタマイズ出来るのだ!」
「マジか!」
それは初耳だ。
そんな要素、歴代の異世界ハンターシリーズでも聞いたことが無い。
どちらかというと硬派な世界観のゲームだったはずなのに、一体全体どうしたってんだ?
「それだけじゃないゾ。その自分好みのボディをだな、こころゆくまで愛でられるプレビュー機能がついたのだ」
おいおい、なんだよそれ。どこのギャルゲーだよ。
「デュフフ。女主人公ならな、好みの美少女を隅から隅まで眺め放題なのダ!」
「異世界ハンターって、いつから美少女ゲーになったんだ?」
「あえて言おう、遜色ない内容であると」
「……でも俺、自分の3DL失くしちまったし」
大学卒業以来ぱったり触らなくなったゲーム機は、散らかった部屋の彼方へ消えていた。
新しい機体を買ってまで、ゲームをしたいとは思わない。
いつも使う、体の良い断り方だ。
さあ、この話はお終いだ。そろそろ夏木には諦めてもらおう。
「ホホホ、オヌシはそう言うと思ってな。良い話を持ってきた」
「良い、話?」
「ちょうどウチの店で、中古の3DLを入荷したところなのだよ。ソフトを買ってくれるなら、タダで付けてもいいゾ」
「た、タダだと……?」
今日の夏木は一味違う。
俺とてそんな話を持ってこられたら、再考せずにはいられない。
「実は本体に、ちょっと変な印が入っていてな。買い取りの時は気がつかなかったんだが……」
「要は売り物にならないということだな」
「どうだ、悪くない話だろう?」
「そこまで言われたらアリだな……それにボインカスタマイズは魅力的だし」
「驚くのはそれだけでない、今回は主人公が喋る」
「は!?」
「しかもボイスは有名声優揃い踏み!」
「嘘だろ!」
「君好みの声優もガッツリ入ってるお!」
「マジかよ買った!」
「お買い上げありがとうございます、だお!」
というわけで、久しぶりに新しいタイトルを買ってしまった。そこから意外にも俺は、沼のようにゲームにのめり込み、夢中で主人公をカスタマイズしまくった。
え? 勿論主人公の性別は女を選んだぞ。そんなの、一択だろ。
夏木がニヤつきながら、俺のゲーム画面を覗きこむ。
「デュフ、凝っておるな」
「これ……凄いな! 無限に造形出来るじゃん!」
「拙者の言う通りであったろう? ちなみに吾輩はな、勿論究極のロリ巨乳を創造したぞゾ」
「ホント夏木は好きだよな~」
「ロリ巨乳こそ至高!」
「かもな」
俺は他人の趣味に口出ししない。
それは最低限のマナーだと、思っている。
人生は千差万別、ならば女の好みも千差万別。
お互いそれを尊重し合うのが、大人の男というもんだろ?
とはいえ、俺にも持論がある。
勿論これは俺の勝手な価値観だと、先に前置きしておく。
君の好みを、決して否定しているわけではないんだぞ。
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