1-6. リアナ、里長に直談判する
遅い時間だったので、寝ている家人もいるかもしれない。リアナはためらいながら取り次ぎを頼んだ。飾り布のようなものを手にあらわれたのは、セインだった。ツイている。
「なんだリア、こんな時間に。どうした?」
「ウルカさんに話があって……明日の儀式のことで。ちょっとでいいんだけど」出だしは控えめに頼んでみる。
「そっか。でも厳しいな。ちょうど都からお役人が来てるみたいなんだ。親父はその対応してて」
「もう夜なのに?」
「ああ。税収の報告はもう済んでるし、なんだろな、こんな時期に」
セインは話しながら男衆のほうへ歩いていき、布を手渡してなにごとか短く話し合った。明日の打ち合わせの一部なのだろう。リアナも
「遠いところからわざわざ来てるんだ、あっちもすぐには帰らねぇだろ。親父に話なら、明日にしたほうがいいぜ」
「でも、成人の儀は明日じゃないの!」
リアナは詰め寄った。「明日じゃ間に合わないよ。お願いセイン、里長に会わせてよ」
セインは頭を搔きながら、少女を見下ろして苦笑した。このきかん坊が、と顔に書いてある。この青年が自分に甘いのをわかって、あえて押しているのだ。
「……仕方ねぇなぁ」
やれやれと手を振って、中に通してくれる。リアナは内心でガッツポーズをした。
広く片付いた通路を進んでいくと、客間の扉から明かりが漏れているのが見えた。来客の話は本当らしい。セインが軽くノックして、「里長」とあらたまった呼びかけをした。里の人間しかいないときにはめったに口にしない呼び名だ。来客への配慮なのだろう。親子はドアごしに何ごとか会話し、リアナを中に通してくれた。
客間に入ったのは子どものとき以来だったので、リアナは思わずきょろきょろしてしまう。洞窟の中なので広さはそれほどでもないが、アルコーブの形に削ってクッションが置かれた角があり、小さな書架と書架台、書き物机、応接用の椅子とソファがあって、こぎれいで快適そうなしつらえだ。
「リア」ウルカが呼びかけて、リアははっとする。
「里長」
ウルカは応接用の椅子に腰かけて、ゴブレットを手に持っていた。セインと同じ金髪をきっちりと結い、竜族にしてはややいかつい顔立ちだ。だが、年齢を感じさせない若々しい美貌はロッタと共通している。背は息子に追い抜かれたが、いまでも里で一番威厳のある立派な〈
もちろん、リアナもそう思っている。
「見てのとおり、都からお客様をお迎えしているんだ。話がひと段落するまで、セインの部屋で待っていなさい」
置時計のほうへ目をやって、続ける。「三十分ほどで、一度休息をしようと考えているから」
リアナはためらいながらうなずいた。ウルカが時間を示して待つように言うのであれば、それに従うしかないからだ。
「ありがとうございます」ぺこり、と軽くお辞儀をして扉へ向かう。「セインと待ってます」
「待ちなさい」
それまで目に入っていなかった客人から、声がかかった。リアナは驚いて振りかえる。向かって右手側にいた客人は、薄いブルーの高価そうな
「里の娘かね? 母親は?」
リアナは素直に答えようとするが、ウルカが微妙な仕草でとどめたのがわかった。
「姪の子です」
(えっ)
思わず声を出しそうになる。ウルカと自分の間には、もちろん、血のつながりなどないからだ。
「
「お恥ずかしながらわが子とおなじく、人間との混血で。外聞がよくありませんので、あまり、里の外には出していません」
「さようか」
役人の男はうなずきながらも、じっとリアナを観察している。
(どうして、そんな嘘をつくの!?)
里長を問いつめたかったが、さりげなくも強い気配を感じて、思わず口をつぐむ。なぜか理由はわからないが、ウルカは自分のことを、流れ者の竜族の娘だとは知られたくないようなのだ。
(別に、恥ずかしいことじゃないのに……)
「階級は?」
「それは、まだ……成人前の娘ですので」
「おお、では、明日、それがわかるわけだ」
「……そういうことになりますな」
ウルカは妙に慎重に言った。「……リア、もういい。
よくわからないが、なんとなく不穏な空気を感じて、リアナは扉に手をかけた。でも、せっかく成人の儀の話題が出たのに、何も言わずに退出するのはもったいないような気もする。そのためらいを、男は感じ取ったらしい。
「里長。この娘はなにか貴殿に伝えたいようだが。明日は成人の儀なのだろう?」優しい声でリアナに呼びかける。「どうしたのかね? 言ってごらん。私なら気にしないから」
「ドレスのことでしょう。あるいは、ダンスのことか。子どもの言うことをすべて真に受けるわけにはいきません」
ウルカの固い声に、リアナはむっとした。彼女の出自を隠そうとすることといい、なにか意図がありそうだが、自分の知らないところで
「わたし、ライダーになりたいんです。里長も知ってるでしょ?」
思わず、口に出してしまった。ウルカははっとリアナを見つめた。息子そっくりの飴色の瞳が、動揺で見ひらかれている。が、リアナはあえて続けた。
「明日、古竜のイーダと
「なぜ、ライダーになりたいのかね?」男が尋ねた。
「ただ竜に乗るだけなら、飛竜乗りになればよい。
薄い青色の、ガラス玉のような目が、じっとリアナを見つめている。「ライダーである、そのあかしは?」
「ずっと飼育人の勉強をしています」リアナは勢いこんで言った。「世話の仕方もわかるし、言うことだって聞かせられます。今も古竜を一頭、育てています。ルルとは気持ちが通じあってるし、それに……」
里長の様子をうかがい、言おうかどうしようか、一瞬だけ悩む。
ウルカは厳しいし、古い考え方をすることもあるが、情のない男ではない。伝統的な男女の役割といったことだけで、リアナの進路をはばむ人ではないように思う。そんな彼が、あまり彼女の情報を明かしたくないと考えているなら、それに従うほうがいいに違いない。
けれどここ数日リアナは成人の儀についてずっと悩んでいて、養父のイニがいない今、自分の進路を決められるのは自分しかいない、と思うようになっていた。王都から来た役人、とケヴァンは言っていた。都には女性の〈
「わたし、タマリスの方角がわかるんです」リアナは切りだした。
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