2-6. ふたりの青年
気を失った少女をデイミオンに任せると、フィルは情報収集をして戻ってきた。少女を連れてすぐに王都へ向かわなければならないが、襲撃者のことも気にかかる。ふたりは竜を使って麓まで降りると、目立つ古竜から下り、交易所で
晴れた空に竜の影はなく、惨劇が嘘のように穏やかだった。交易所でも、特に変わったことはなかったという話だった。念のため、隠れ里には近づかないように警告しておいたが、それ以上のことは伏せている。今は目的のために、予測外の行動はどうしても慎まざるを得なかったのだ。
「ケイエがこれほど復興しているとはな」
デイミオンが言った。先の大戦で戦地となったことから、もっと荒れ果てた場所を想像していたらしい。かつて見た焼け焦げた何かの残骸や灰だけが残る空き地は姿を消し、新しい家や店に取って代わられている。青年貴族は興味深そうにあたりを観察していた。
城塞都市ケイエには活気があふれていた。居酒屋や宿屋に加え、時計の工房や武器をあつかう店があるあたり、冶金と工業で知られるこの街らしい。
彼らが進むのはにぎわった広場だった。竜の背から見下ろしても、テーブルにはさまざまな商品が並べられている。鍋やナイフ、地図、山を越えるための毛皮といったものはいかにも国境沿いらしい品物だ。オリーブオイルの瓶や、ナツメヤシの束、竜の鞍下肉……。デイミオンは、上等の装具や武器が見えないように用心して
「撤収が速すぎたから、嫌な予感はしていたんだけど、相手は野盗じゃないな」道すがらにフィルが説明する。
「家や店の中はほとんど荒らされていない。持ち去られているのはおそらく、幼竜と卵だけだ」
フィルの胸に頭をあずけるようにして、少女はまだ気を失ったままだ。フィルのマントでくるんでフードも被せているので、見下ろしても表情はわからない。ただ、身体は冷たくこわばっていた。はやく、温かい寝台で休ませてやりたいのだが。
「そもそも、あの里には竜がなければそう容易には近づけない。襲撃者はデーグルモールたちだ。単なる物盗りでないのは最初からわかっている以上、偽装の必要もないのだろう」
不慣れな
「デイ……」フィルが呆れた声でつぶやいた。「そんなに殺気立つと竜が怯えるよ。あと腹も蹴らないでいい」
本人はもちろん
「古竜の方がいい」デイミオンは端正な顔でつぶやく。「小さい生き物は苦手だ」
「だが、あいつらが捕食以外の目的で同族を襲ったのははじめて見たな」
「竜の捕獲が目的か……? デーグルモールたちなら乗りこなせるし、十分に可能だ。でも、なぜ殲滅する必要が?」フィルは自問自答した。「飼育人の数人くらい、連れて行ってもよさそうなものだ」
孤立した村だから、口封じと時間稼ぎのためだろうか? だが、熟練した飼育人はどこの国でも重宝される希少な専門職人だ。ふつうなら、金になるかならないか見極めるためだけにでも連れて行くだろう。
「あのイニとかいう男を連れて行ったのではないか? その娘の養い親だという……飼育人だったのだろう?」
フィルはうなずいたものの、しばし
何もかもが、この一日に集中していた。デイミオンたちが彼女を迎えに来たのも、隠れ里を狙った襲撃も。そして、養父の帰ってくる日というのも、今日だという。偶然とは考えられなかった。
デイミオンは顎に手をやって思案げになった。
「できれば竜騎手団で調査したいが、無理だろうな」
「フロンテラの領主は関与してくると思うか?」
「当たり前だ、領主の沽券にかかわる。こちらにくちばしを挟ませるつもりはないだろう」
「じゃ、密偵を入れよう」フィルがあっさりと言った。
デイミオンは片方の眉を器用に上げた。賛同しかねるが、やむを得ないというジェスチャーだ。
「おまえに目をつけられる者が不憫に思えるよ。その人当たりの良さで、何人が丸めこまれたんだろうな」
フィルバートは黙って、「これ以上は踏みこませない」という意味の微笑みを浮かべた。
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