3-10.なぜいつも三つなんだ?
「待って、デイミオン!」
リアナは食堂の外へ走って、追いついた。
「なんだ?」ようやく無視されることなく振り向いてはいるが、声はきわめて不機嫌そうだ。おまえの相手をしている暇はない、と顔いっぱいに書いてある。「後にしていただきたいな、殿下」
「また、殿下って呼ぶ。嫌だって言ったのに」
「おまえが気にいるかどうかの話じゃない、継承権保持者に対する礼儀の問題だ」
「その話なんだけど」
「呼び方に不満があるなら、聞いてやらんでもないから、後にしろ」まるきり子どもにでも言い聞かせるような口調に、リアナはむっとした。
「そうじゃなくて、継承権保持者っていうところなんだけど」
「……?」
はじめて、デイミオンの顔に疑問符が浮かぶ。「疑わしいのはわかるが、昨晩説明しただろう?」
「そうじゃなくて!」リアナは声をあらげた。
「王位を継ぐかどうか、わたしの意向を聞いていないでしょ!」
「継承権第一位だぞ!?おまえの意向を確認する必要がどこにある!?」リアナにつられたのか、デイミオンの声も大きくなった。「まさか、王になるのが嫌だとでもいうんじゃないだろうな?」
「嫌に決まってるでしょ!」リアナは叫んだ。「わたしはライダーになるの。王様になるなんて予定図はないわよ!」
「なにを馬鹿なことを……」デイミオンは首を振った。「どうしていまになって、そんな話をするんだ?これから出発しようという段になって……」
「わたしの話を聞かなかった、あなたが悪いんじゃない」リアナがぐっと詰めよった。「朝起きてからずっと言おうとしてたのに」
「知るか」
デイミオンは苦い顔をした。「まさか、昨晩勝手に部屋を抜け出して館内をうろついていたのも、それが原因か? タマリスに行かないつもりなのか?」
ここまで自分に手をかけさせておいて、と顔に書いてある。
「ねえ……正直に話しましょうよ。わたしみたいな里育ちの娘が、今日から竜王さまですなんて言われても、なんにもできないわよ。あなただって別にわたしに王になってほしいと思っていないんでしょ?」
リアナは手を振ってジェスチャーをした。「わたしは見つからなかったって報告するわけにはいかないの? そしたら、わたしはここで家族を待てるし、あなたは〈万年王子様〉なんて呼ばれずにすむし……」
「待て」青年の端正な顔がひきつった。「誰が〈万年王子様〉だ? そんな呼び方をされた覚えはないぞ」
「ちょっと違ったかな」リアナはけろりとしている。「ともかく、お互いに悪い話じゃないでしょって言いたかったんだけど」
「……表現は気に食わないが、おまえの言い分にも一理はある」眉間を指でおさえながら、しぶしぶと言う。
「私とて、やる気も能力もない子どもを王にすることが最善だと思っているわけではない。おまえにその気があるなしにかかわらず、いずれ王位を譲り受けるつもりがあったことは認める。能力のない竜王が退位したことについては前例もあるしな」
「なら……」
「だが、おまえをタマリスに連れていく方針は変わりはない。理由は二つある」青年がさえぎった。
「まず、王権の辞退や譲位には〈五公会〉と
「ふむ」
確かに、この男なら朝食を食べながら政敵の首をきゅっとひねるくらいのことはできそうだ。
「もう一つは、おまえが譲位したとして、新しく立つ王太子が誰になるのかによっては、私の政治的立場がおびやかされる可能性がある。今回に限らず、タマリスでは王より王太子が年上というのも珍しくないんだ。五公十家の貴族たちのなかには、王太子などという権力を持たせたくない政敵が山ほどいる。……おまえが王で、私が王太子という立場なら、少なくともそういった駆け引きとは無縁だからな」
要は、扱いやすい小娘だと言われているわけだ。腹を立てていい場面だろうが、リアナは妙に納得してしまう。
イニは、駆け引きは常に相手を選ぶべし、最善の布陣で臨み、交渉の時点ですでに勝敗は決していると思うべし、と教えてくれたけれど……
今のリアナには、相手を選んだり、自分の有利に運ぶような画策をしておく余裕はない。
切り札はたったひとつだけ。王位継承権を持った、扱いやすい田舎出の小娘、という餌だけなのだ。
イニならきっと、そのひとつで十分だ、というだろう。
「あなたとフィルと一緒に、タマリスまで行ってもいい。条件が三つあるわ」
〈摂政王子〉の端正な顔が、抑えきれぬ権力欲に歪むのを、リアナはゆっくりと観察した。
「タマリスにいるあいだに、わたしの養父、イニを探してほしい。見つかったらわたしは帰るから。それから、〈隠れ里〉でほんとうは何が起こったかについても、ちゃんと調査すると約束して。あと……全部が終わったら、みんなのお墓と石碑も作りたい」
リアナの申し出が自分の不利益にならないかをとっくり考える間を置いてから、デイミオンはもったいぶってうなずいた。
「いいだろう。交渉成立だ。タマリスでは余計なことはせず、おとなしくしているんだぞ」
満足して立ち去ろうとした王子様が、ふと振り返って尋ねた。
「ところで、なぜいつも三つなんだ? 質問も三つ、条件も三つ」
「そうしろってイニに習ったの。いつも、『三つある』って言ってから考えるのよ」
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