3-9. 計画に変更あり

 食堂では出来たての朝食が用意されていた。とろけるバターと熱い糖蜜がかかったスコーンの山。まだ湯気を立てているベーコンとソーセージからは、食欲をそそる香辛料の匂いがただよってくる。ピッチャーには新鮮なミルクと水が入っていた。


 夕食をあまり食べていなかったので、空腹だった。リアナは皿の上にスコーンとベーコンを山盛りに乗せ、ミルクを注いで席に座った。フィルと食べはじめていると、竜騎手ライダーたちがやってきて、口々にリアナにあいさつしながら同席してきた。

「よい騎乗でした、殿下。……セズー号はお行儀よくしていましたか?」

 レランと呼ばれていた若い騎手が、にこやかに尋ねた。

「はい。ありがとう、レランさん」スコーンを割って、バターに浸す手を止めて、リアナは答えた。「きれいな縞の飛竜ですね」

「レラン卿、です」隣に座っているフィルが、リアナにだけ聞こえるようにこっそりと言った。「竜騎手ライダーたちは全員、領土を持つ領主貴族ですから、『卿』とつけて呼ばないと」

 しまった。リアナはおのれを罵った。礼儀を知らない田舎者と思われたに違いない。


 が、まだ少年の域を脱していないような若い貴族は、リアナの無礼には気づかない様子でしゃべりつづける。

「あの模様は、彼の母方の血筋なんですよ。気質も穏やかで乗りやすいし、体力があって疲れにくい個体なんです。本当は僕も古竜を持ちたいんですが、うちの古竜は叔父が先に相続したので、まだ……」

 目を輝かせて竜のことを語るのが、里の若衆みたいでほほえましい。


「皆さんの竜は、どれもとても立派ですね」

竜騎手ライダーと古竜はオンブリアの誇りですから。……もっとも、アーダルと比べるとどうしても、見劣りしてしまいますが」

「アーダルって、デイミオン……卿……の竜?」

「はい。血統も能力も、オンブリア一の名竜ですよ。母はレヘリーン王の玉竜ウルヴェア、あの血統の漆黒の鱗はすばらしいの一言ですよね。体格は巨大で目方は同じ年齢の雄竜の二倍近く。気質は荒々しくて自信に満ちていて、男性的。デイミオン卿にしか乗りこなせないんです」

 レランは我がことのように誇らしげに言い、分厚いベーコンを口に運んだ。そのまま、隣の騎手とまた竜の飼育法について熱心に話しはじめる。


(そのデイミオンはどこ?)

 リアナは食堂を見まわした。温かいスコーンを口に運んでいると、当の本人が靴音も高く食堂に入ってきた。彼があらわれると、その場にいた全員に緊張感が走る。それほど、圧倒的な存在感があった。体格のいい騎手たちのなかでもとりわけ長身で、紺色の長衣ルクヴァは生まれた時から着ていたようにしっくりと似合う。

 ハダルクと呼ばれていた銀髪の竜騎手ライダーも隣にいる。年齢や態度からして、デイミオンの副官なのだろう。


「集まっているな?」

 デイミオンは、リアナたちのいる一番大きな長机の前まで来ると、「計画に変更がある。食べながら聞け」と命じた。

「ケイエにもう一泊する予定だったが、なしだ。朝食後ただちに出発する」


 竜騎手ライダーたちは何事かと顔を見合わせながらざわめいている。

「しかし、殿下の旅装を整える予定では?」短い銀髪の竜騎手ライダーが尋ねた。「明日の夜の予定だったトーレンの館に今夜逗留とうりゅうするとなれば、あちらもまだ、王位継承者をもてなす準備はできておりますまいし」


(もてなし!?)

 リアナは怒りを通りこして、内心あきれた。生まれ育った隠れ里を襲撃され、彼女をのぞく住民全員を殺害されたのは昨日のことなのだ。もてなしがどうだろうと誰も気にしないし、そもそも悠長に準備をしている暇があるものか。

 まさか全員、頭にお花の咲いた貴族たちなのか、と観察する。フィルはなんの感情も見せていない。デイミオンは露骨に苛立っている。

「昨日、隠れ里を襲撃したと思われるデーグルモールの集団を国境警備兵が探しているが、見つからない」デイミオンが言った。「ケイエの山中に、まだ潜んでいる可能性がある」


 沈黙。竜騎手たちがつばを飲み込む音が聞こえるようだ。

「王都まで二日の旅程とはいえ、こちらには竜の扱いに不慣れな子どももいて、不利だ。早急に出発するほかない。やつらの腹持ちのいい間食スナックになりたいというなら話は別だが」

 デーグルモールは、竜族を捕食すると言われている。それはリアナのような田舎生まれの子どもでも聞かされている夜のお伽話のようなものだった。

「殿下の竜はどうするのですか?」レランが聞いた。「竜騎手団には予備の竜はいませんし、お借りしようにも領主のエサル公もご不在ですし……」


「レース用の飛竜を一頭借りてある、問題ない。……質問は以上だな?」

 デイミオンは有無を言わさぬ調子で切り上げた。「では四半刻後に竜舎の前に集合するように。解散」

 そして、あっけにとられた竜騎手ライダーたちを一顧だにすることなく、食堂を出ていった。



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