終章 戴冠式
8-1. リアナ入場
リアナが歩くそばから、足もとには花が投げられ、あちこちの戸口や階段からは、名前を呼ぶ歓喜の声がそれに続く。すでに、ケイエでの彼女の活躍が広まっているものとみえた。デーグルモールの出現については
リアナ・ゼンデンは王として迎えいれられようとしている。
自分がそれを望んでいるかはわからないが。
「あの兵士の家族は見つかった?」歩きながら、リアナが問う。
「いや」デイミオンは小声で答える。
そのあとは念話に切りかえた。聴かれたくない内容なのだろう。
〔ケイエ付近に、やつらが使っていたと思われる廃屋を発見した。が、
リアナはうなずく。おおかた、予想されていたことではあった。
〔本拠地については、まだぜんぜん情報はないのよね?〕
デイミオンは、顔に笑みを貼りつけたままかすかに首を振る。
〔何十年も探してきて見つからないのだから、すぐにとは行くまい。……だが、あの兵士の情報は貴重だった〕
〔その貴重な情報のために一人の兵士が死に、ケイエは四分の一が燃えたのよ〕
〔……あまり自分を責めるな〕
見下ろしてくる青い目に
「ケイエの復興予算についてだけど、今年度の予算審議に間に合うかな?」
「特別費として計上させている。審議会を通す必要はない」
「せっかくこれだけの貴族たちが集まっているんだから、今日、見舞金を
「それはいいが――おい、顔をしかめたままにするな。領主たちが不振がっているぞ」
顔を近づけてささやかれ、耳が赤くなるのを感じた。
「……こ……」
「こ?」
「こんなときに笑えないわ。あなたと違って慣れてないもの。……それに、王になる準備だってまだ出来てない。国内は問題が山積みだし……デーグルモールのこともあるし……」
「今は忘れろ」デイミオンは、ふいに作りものではない本物の笑みを浮かべた。「準備のいかんはともかく、おまえが王になることに異論のあるものはいないだろう」
「あなたがそんなこと言うなんて、驚きだわ。いつもの皮肉屋はどこにいったの?」
「もう疑ってはいない。おまえは王にふさわしい」
それは、そっけないが、確信のこもった口調だった。
この青年の皮肉抜きの言葉にも、笑顔にも、まだ慣れていない。リアナは赤くなった顔を隠すようにうつむいた。濃紺の
〈王の間〉の入り口にさしかかると、お仕着せの従僕がふたり頭を下げて、扉をあけ放った。
一瞬、屋外かと見まごうのは、天井がないからだ。領主たちのすべての古竜が王に拝謁できる広間は、すり鉢を伏せた形に高く空に向かって開かれている。高い岩場に、二十柱近い古竜が
そしてそれよりも高い位置に、白竜シーリアがいる。彼女と、そのあるじメドロート公の力によって、この戴冠式はまばゆいばかりの冬の晴天となっていた。
気温は低いが、高所とは思えないほど風はおだやかで、松明だけでも肌寒さは感じない。
青空を切り裂く高い柱に、五公十家の
すべての家は、白竜の王を示す白で染め抜かれていた。青と白の、その鮮やかな光景に一陣の風が吹くと、撒かれた花びらがぶわりと舞いあがった。
デイミオンはさっと会場内を見まわし、異常がないかを確認する。
人影が割れると、二人は次々に下げられる頭のあいだを歩いて行った。
デイミオンは腕をゆるめ、リアナの隣から一歩下がって一礼した。リアナはちらっと彼を見あげ、それからすっと背筋を伸ばして玉座へと進んでいった。大きなループ模様の入った白いサテンのドレスに、金の縁取りをした装飾的な白いケープが彼女に続く。そして、肩のうえから腕に尻尾を
壇の両側には、神官たちが白いローブを着て居並んでいる。
リアナが玉座の前に立つと、列のなかから大神官が進み出た。
(結局、ファニーを大神官にはしてあげられなかった)
けれど……
大神官は、三日月の装飾のついた銀の杖を隣の神官に渡した。そして別の神官から羊皮紙の巻物を受け取ると、くるくると開いて、力強い声で読みはじめた。
ファニーにそっと目くばせをしてから、リアナは王冠を受けるためにひざまずいた。
「そして、見よ、今ここに
汝、ゼンデンのエリサの娘リアナは、この王冠を受け、王となり、竜の子らを守り導くことを誓うか?」
「わたし、ゼンデンのエリサの娘リアナは――」
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