4 森に落ちて

4-1. 落ちたのか、俺たちは?

 ――ガサガサッ……

 

 枝が大量に折れて、葉がこすれる音が聞こえたと思った。予想した衝撃は、しかしはるかに少なかった。夕暮れの薄闇のなかであたりを見まわすと、なにか固いものが下敷きになっている。固いが、適度に弾力があるが苦し気にうめいた。


「――デイミオン!」

 あわてて飛びのくと、青年からまたうめき声が漏れた。長衣ルクヴァや革の鎧も含め、衣服はかわいそうなほどぼろぼろになっていたが、それ以外に目立った外傷は見当たらなかった。デイミオンが下敷きになってくれたおかげとはいえ、リアナのほうは打ち身のひとつもない。二人とも、あの高さから落ちたにしては奇跡といっていいだろう。もっとも……

(落ちる前の、あの感覚)


 まるで頭上に引っぱり上げられるような、あの感覚が、落下のスピードを緩めてくれたような気がする。一瞬のことではっきりとは思い出せないが――

 はっと思いついて、胸もとにしまっていた仔竜をひっぱり出した。あれほどの乱降下があったにもかかわらず、レーデルルはと顔を出すと「ぴい」と元気に鳴いた。まあ、古竜は人間よりも頑丈にはできている。


(まさか、おまえが?……)

 疑問をはっと打ち消す。(デイミオンのほうが先だわ)


 養い親にならった通りに、名前を呼びながら両肩を強く叩いて意識を確認した。意識障害と麻痺がないかの確認だ。デイミオンは、貴族らしからぬ獣のようなうめき声で答えた。意識はあるようだ。


 さらにケガの個所を確認しようとすると、「……おい」と低い声が返ってきた。

「落ちたのか、俺たちは?」

 目は閉じたままだが、声ははっきりしている。リアナはほっとして「うん」と答えた。「どこか痛む?」


荷運び竜ポーターにさんざん踏まれたように痛い」不機嫌きわまりない、といった声が返ってくる。うっすら目を開けると自分の腕に触れ、「おい、骨が折れてるぞ」と文句を言った。骨はともかくとして、頭ははっきりしているようなので、リアナはちょっとだけ安心した。

「アーダルから振り落とされたんだよ。森のほうに戻ってきちゃったみたい。木が多かったから助かったけど……これからどうしよう?」自問自答する調子になる。

「デイミオンは動かせないし。フィルたちが見つけてくれるまで待つのがいいよね」

 話しかけたが、答えは返ってこなかった。


 さっきのデーグルモールたちが森にまぎれ込んでいるかもしれない、と考えると怖くなる。残酷だが、フィルたちが全員を討ち取ってくれていることを祈りたくなってしまう。……が、首を振ってやめにした。最悪のときには、さらに最悪のことを考えなければいけないとイニは言っていた。それに、里の襲撃のあとでは、たとえ考えるだけでも人の死を願いたくはなかった。


(たった二人、しばらく隠れられるはず)

 なんとかそれだけを考えて、近くの茂みまでデイミオンを引きずっていく。昼のはずなのにずいぶん暗いのは、雨が降りかけているせいらしかった。


 リアナは天を仰いだ。アーダルたち古竜の力で、人為的に広範囲の炎を生み出している。そのことが、天候に何らかの影響を及ぼしたのかもしれない。

 薄暗いハリエニシダの茂みのなか、震える手でデイミオンの吐息を確かめた。手の甲に温かい息がかかる。返答がないのは、単に気を失っているだけなのだと確認できた。


(大丈夫、生きてる。熱が出てるのは左腕の骨が折れてるせい。水を飲ませて、添え木をするのよ。イニに習ったとおりに)

 リアナは中腰になり、茂みの外へ這いだした。

(でも、もしもっとひどいケガがあったら? あばら骨が折れて内臓に刺さっていたら、大変なことになる)

 どうしよう。何から手をつけたらいいのかわからない。

 リアナは嗚咽が出そうになるのをこらえて、情けなくデイミオンの元に這い戻った。


 生まれて十六年間をずっと過ごしてきた隠れ里が襲撃され、唯一の生き残りとなったのが昨日の朝だ。それまでの安穏とした生活が奪われ、王だ王太子だなどという理解しがたい別の道へ連れていかれようとしている。

 けれど、そのたった一日でさえ、フィルとデイミオンの助けがなければ生き延びられなかっただろう。たった一人で何かに立ち向かったことなど、一度もなかったことに気がついてしまった。


(それでも、やらなくちゃいけないのに……)

 


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