1-7. 里長と、管理官のつぶやき

「リア」ウルカの渋い声が聞こえたが、かまわず続ける。

「ライダーには、竜とのあいだに絆があって、呼ばれる感覚がわかるんでしょ? わたしのも、それだと思うんです。それに、竜に乗るのにも役立つわ。遠いところまで行っても、タマリスから見てどちらかわかるから……」

「ほう」

 役人は目をきらめかせた。「リア……と言ったね? 王都の方角がわかると?」

「はい。磁石も地図もなくても、天気が良くても悪くても、関係なく、わかります」

「どのように、わかるのかね?」


「それは、えーと」すこし考える。

「糸みたいな感じです。お腹のこのあたり……」と指さし、「このあたりから糸が出て、タマリスのほうとつながってるんです。いつも、ちょっとだけ引っ張られてるんです。慣れてしまって、気がつかないときもあるんですけど……」


「ちょっと、やってごらん」

 うながされ、リアナはうなずいて指を動かし、王都のほうを指さそうとした。朝、セインの前でやったことと同じだ。いつもなら、簡単なことだった。それこそ、お腹についた糸は休む間もなくいつでも彼女を引っぱっているからだ。糸のは強いときも弱いときもあって、ときには何日も、糸の存在をほとんど感じないこともあった。けれども、普段なら、ちょっと意識を向ければすぐにわかるはずの方角だ。だが。


「……あれ?」リアナは首をひねった。

 ――引っぱられる感覚が、ない。

 思いつくかぎり、人生ではじめて、糸のつながりを感じなかった。

「わからなくなっちゃった……」

 リアナは間抜けな顔でウルカを見た。ウルカは、あきれたような、ほっとしたようなため息をついた。「そらみろ」

「でも、どうして?」

 せっかく、ウルカに認めてもらうチャンスだったのに。しかも、お役人の前で。恥ずかしさと怒りで耳が熱くなる。

 


「……失礼しました。カイレニ殿」

 ウルカが管理官に向かって言う。「ライダーに憧れるあまり、夢見がちなことを言う癖のある娘なのです。子どもの言うことです、ご放念ください」

「今日かね?」

 ウルカを一顧いっこだにせず、カイレニと呼ばれた役人が立ちあがった。リアナに一歩近づく。

「え?」

「タマリスとのつながりを感じなかったのは、今日が初めてなのか、と聞いたのだ」

 男はリアナの肩をつかみ、妙に平板な声で問う。わずかに恐怖をおぼえながら、彼女はうなずいた。「はじめてです」

「カイレニ殿……?」ウルカがいぶかしげに呼びかける。


 役人はリアナから離れ、何ごとかぶつぶつと呟きながら部屋のなかを歩きはじめた。

「もし、王の〈血の呼ばい〉なら?……陛下の容態は、予断を許さぬと……だが、フロンテラで? だ……」

 役人の様子が怖くなったリアナは、ウルカの袖を引いた。「あの……やっぱり、いけなかった?」

「済んだことは仕方がない」

 ウルカは小さな声で言った。「これはおまえの、というよりは、イニと私の責任だ。……だが今夜は、もう帰りなさい。明日のことは、ちゃんと考えておくから」


「……ごめんなさい」

 自分なりによく考えての行動ではあったが、ウルカに心配(と、おそらくは迷惑)をかけてしまったのは間違いなさそうだ。部屋を出る前に、リアナはしおらしく謝った。

 が、ウルカはあきれたように首を振る。年少の子どもたちを叱るときと同じ目つきで、

「うちのバカ息子に通じるからといって、私も同じようにおまえに甘いと思ったら、大間違いだからな」と言った。


(でも結局、怒らなかった)

 同じくらい甘いんじゃないかなぁ、と思い、少し元気が出て、リアナは笑顔で館を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る