5-6. あなたには、レッスンが必要だと思うわ

 リアナの王位辞退について、まず、もちろん自分が賛成の一票を投じる。そして、ほかの諸侯だが――

 エンガス卿は、リアナの譲位に賛成する。デイミオンが即位したのちは、アーシャと結婚させ、王権への影響力を確保するという目的がかなうからだ。


 グウィナ卿は、自分の叔母だ。甥の考えに反対するわけがない。

 メドロート卿は、おそらく身内であるリアナに付くだろう。血族意識の固い男なので、これは仕方ない。だが、北部領主家は後継者不足に悩んでおり、譲位したリアナが領主家に戻れば心強いはずだ、ということはしっかり念を押しておいた。

 エサル卿も、デイミオンの権力を強化したくないという目的から、リアナに付く可能性が高い。


 だが、メドロートとエサルがどう動こうが、自分も一票を持っている以上、残りの二票を確保した時点で賛成はくつがえらない。朝食に卵を調理するほどに簡単な話だった。


「では、採決を行う。リアナ殿下の王位辞退を認めるか? 認める方は、挙手を」

 エンガスが告げた。

 デイミオンは真っ先に手を挙げ、諸侯の一人一人にを利かせた。彼に続き、涼やかな顔でエンガス卿が挙手した。だが、そのあとに続く者がいなかった。メドロートは身じろぎもしない。エサルは逡巡しゅんじゅんする様子を見せたが、やはり手を挙げようとはしなかった。そして、デイミオンの計算外だったことに、叔母グウィナが彼の視線を受け流してにっこりと微笑んだのだ。手をひざの上に置いたまま。

(どういうことだ!?)青年は青い目を見開いた。


「よろしい」

 王権を通じての同盟、という計画が崩れかけているにもかかわらず、エンガスはさすがに老獪ろうかいな政治家らしく、ゆったりとうなずいた。

「五公会は、リアナ殿下に王位継承を求める……もしなおも辞退を望まれるのであれば、時期を見て今回のように五公会にはかっていただけばよろしい。いかがかな、殿下?」


「けっこうです」

 リアナがうなずくのを見て、デイミオンは苦虫を嚙み潰したような顔をさらすしかない。〔おい、リアナ――〕

 余計なことを言うなよと念を押すつもりだったのに、少女は彼の〈ばい〉をきれいに無視した。


「王位に就く、ということであれば、五公の方々にお願いが」

〔なんだ? 何を言うつもりだ?〕

「未熟な身ゆえ、エサル公に王佐としてわたしを補佐してくださるよう、お願いしたいのですが。採決にかけていただけますか?」

 この提案には、デイミオンだけでなく、さすがの老獪ろうかいなエンガス卿も目を見開いた。「? メドロート公ではなく?」

 リアナは意味ありげに五公を見わたした。「わたしは辺境の育ちですし、同じフロンテラの領主であるエサル卿なら、よいご指導をいただけるのではないかと」

 その言葉を聞いたエサルの満足げな表情から、デイミオンはこの取引がすでに五公会の前に行われていたことを知った。


 

 票の獲得に動いたのは、自分だけではなかったということだ。しかし――


〔どういうことだ!?〕

 声に出せば、とどろいて聞こえるほどの強さで、そうぶつける。

〔王にはならないと、そうケイエで主張したのは嘘だったのか!?〕

〔嘘じゃないわ〕

〔ではなぜ――〕

〔だってあなた、自分が王位にいたら、わたしのこと適当にあしらってここを追い出すつもりでしょ〕

〔……!〕

〔王になりたいわけじゃないけど、イニを探さなきゃいけないし、里でなにがあったか本当のことを知りたいし、王都ここまで来たら自分の両親のことだって知りたいわ〕

〔それは取引に入っていただろう!〕

〔でも、あなたが約束を守るとは限らない〕

 うろんな目がデイミオンを見つめて動く。そんなことは断じてない、とは言いきれない男は、顔をしかめて言葉を呑んだ。

 王位を譲ってしまえば、彼女はデイミオンに対して影響力を行使することができなくなる。要するに、タマリスにいる間は、切り札を確保しておきたい、ということだろう。


 ――やられた。


 青年は敗北を苦く噛みしめた。


  ♢♦♢


 結局、エサル卿の王佐就任は賛成三票で認められた。

「あなたは俺のがわにいるものと思っていましたよ」

 帰り支度じたくをはじめた叔母に、デイミオンは不快な顔を隠さなかった。「とんだ計算違いだ」

 そう、もう一つの計算違い。完全に当てにしきっていた、グウィナの反対票だ。


「わたくしはいつでも、あなたのために動くけれど……」

 立ちあがって、見事な赤毛によく合うエッグブルーのドレスを撫でつけ、グウィナは言葉を選びながら言った。「それは必ずしも、あなたの『思い通りに』動く、ということではないのよ、かわいいデイ」

「叔母上……」

「わたくしにはもう一人、甥がいるのを忘れていないでしょう?」

「フィルバートに頼まれたと?」青年のまなざしが鋭くなる。

 グウィナは穏やかに首を振った。「そうではないけれど、フィルは彼女のことを大切にしているみたいじゃなくて? ……わたくしは、あなた同様、あの子のこともいつも考えているわ。当たり前でしょう?」

 そうだった。この叔母だけは昔から、自分とフィルバートとを差別しなかった。〈乗り手ライダー〉である自分と、〈ハートレス〉である弟とを。実の母親でさえフィルをうとんでいたというのに、彼女だけがいつも平等に彼ら兄弟に接していた。

 それを読めていなかった自分のけなのか。ため息をつくデイミオンに、グウィナは優しいボディタッチと、「それにね、あなたにはレッスンが必要だと思うわ」という言葉を残して去っていった。

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