5-5. デイミオンのたくらみ

 竜騎手ライダーに先導されて、長い廊下を歩いていく。


 広い廊下で誰かとすれ違いそうになるたび、さっと両側によけて深々と頭を下げられる。国境沿いから見つけだされた王位継承者。前々王の娘。すでに、そう聞かされているのだろう。

(だけど、自分が何者であるかを、みんな知っているんだろうか)とリアナは疑問に思った。しだいに廊下は狭く、装飾は豪奢になっていき、目の前に大きな扉があらわれた。大人の背の高さほどの竜が五柱並ぶように、紋様が浮き彫りにされている。二人の衛兵が両側を守り、双子のようにぴったりと動きをそろえて、儀礼的な仕草で剣を下ろし、二人を中に導いた。

 扉の大きさを考えれば、なかは小さな部屋だった。窓がなく、明かりが少ないので、目が慣れるまでぼんやりとしか見えない。

 

 薄明りのなか、その場にいる全員の視線が自分に注がれているのを、リアナは感じた。

「五公会へようこそ、リアナ殿下」

 静かで、よくとおる声だ。他人に命令しなれている者の声だと思った。

 明かりを反射してなにかがきらりと光り、動いた。立ち上がった人物の眼鏡だと、遅れて気がつく。昨日は見かけなかったこの老人が、おそらく五公の最後の一人、エンガス卿だろうとリアナは見当をつける。その隣のデイミオンが意味深なアイコンタクトを送って寄こした。〈ばい〉など使うまでもなく、「余計なことはするな」と顔に大きく書いてある。端正な顔が今日も無駄づかいされている。


 儀礼的な堅苦しい挨拶が五人分続き、それを終えるとエンガス卿が、「王位を辞退したいとのお考えがあると、さきほど、デイミオン卿より伺いましたが」と切りだした。

 自分のいないところで、すでに権力者たちは打ちあわせ済み、というわけだ。「殿下」だなどとうやうやしく呼ばれているが、辺境から連れてこられた得体のしれない小娘など、しょせんはその程度の扱いということだろう。

「はい」リアナは内心を隠してうなずいた。

「王位を望まれないと?」

「はい」

 長くしゃべるとボロが出そうな気がして、ついぶっきらぼうな返答になってしまった。

「理由をお尋ねしても?」

「ほかにやるべきことがあるんです。やりたいことも」

 そして、デイミオンの方をちらりと見る。「ふさわしい方もほかにおられるでしょうし」

 その答えは彼の自尊心を満足させたらしく、笑みが深まった。


「わかりました。殿下のお気持ちを尊重するのがよろしいでしょう」

 内心でどう思っているかはわからないが、少なくともエンガス卿の口調は丁寧で、「気持ちを尊重する」という言葉に嘘はなさそうに響いた。


「待たれよ」

 それまで黙っていた金髪の若領主、エサルが制止をかけた。

「殿下は竜騎手ライダーとしての教えもまだ受けていない、成人したばかりのお年だ。周囲まわりの声に流されて、ご自分の意向をお持ちでないのでは?」

 暗に、「おまえが譲位を迫ったんだろうが」とデイミオンに言っているのは間違いない。


「心外だな」あてこすられた本人はしらじらしく目を見開いた。「殿下は聡明なお方だ。

(よくもまぁ……)これはリアナの内心の声。


「いかがお考えか? リアナ殿下」

 エンガス卿の問いに、リアナは一瞬答えに詰まった。まさにその通りですとも言えない。しかたなく、「見ての通りの若輩ですので、年長の方々のご意見を伺いたく思います」と、せいぜいしおらしく聞こえるように言った。

 その場にいる年長者、つまりリアナ以外の全員が、お互いに探るようなまなざしを交わした。


「よろしい」

 効果的な間を置いて、エンガス卿が告げた。

「このような場合は、五公の総意で決めるのがよかろう。リアナ殿下の王位辞退を認めるか? それとも、われわれがお支えし、王の座に就いていただくべきか? お考えいただきたい」

 どちらが自分の得になるかを、と、言わずともその目が暗に語っていた。


 ♢♦♢


 デイミオンはゆったり構えて、口端に笑みさえ浮かべていた。ものごとは自分の予想通りに動いている。

(リアナに王権を持たせておいても、害はないだろうが――情勢が変わった)

 王城に到着してすぐ、デイミオンはそのことに気がついた。兄であるクローナン王をうしなったエンガス卿が、これまでどおりの権勢を保つため、デイミオンに接近してきたのだ。王位を狙う青年にとってはまさに渡りに船だった。大急ぎで婚約の形を整えたのは言うまでもない。


(あいつには肩すかしだろうが、まあ構うまい。白竜公を後見につけてやって、ライダーの訓練でもさせてやれば、本人も望みがかなって満足だろう)

 リアナが入室する前に、デイミオンはほかの四人に向かって、彼女の情報を簡単に、そして自分に都合よく、開示した。


 オンブリアの王政は、身もふたもなく言ってしまえば、五公十家の持ちまわり制だ。王家がないのは、子どもの生まれにくい竜族におけるいわば必要悪と考えられているが、『王権の正統性を確保できるのが、次の王太子の存在だけ』というのが、最大の欠点と言える。

 現在のところ、リアナが王であるという根拠は、デイミオンの〈血のばい〉だけ。彼自身はその正当性を知っているが、諸侯からすれば、デイミオンが扱いやすい小娘を適当に王に仕立て上げている可能性も考えられるだろう。エサルあたりがそれに言及するのではないかと思ったが(そしてその対策も用意していたが)、意外にも諸侯はすんなりと王位継承者の存在を認めた。つまり、それに連なって、自分にも継承権があることが認められたということになる。完全に、予定どおり。


 ここまでくれば、あとは容易たやすい。リアナを退しりぞければ、自動的に自分が王となる。

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