5-2. 五公たちの歓迎

 話しながらも、高度はさらに下がっていく。黒い点はしだいに、小山のような古竜の姿へと姿を変える。そのわきにいる人影の数は……全部で五人。


「それは……」

 フィルが口を開きかけたのを、リアナは身ぶりでとどめた。

「その話は、後でじっくり聞かせてもらうわ。あなたがどこにも逃げられないときを見はからって行くから」

「それは楽しみだな」

「茶化さないで」

「まさか」

 背後の男は、笑いをかみころす声だ。「でも、そんな間にも、もう着きますね。……残念ながら」

 なにが残念なのか、と、聞く暇もなさそうだった。


 巨大松明を目印に着陸したとたん、フィルがひらりと跳びおりて、降りる姿勢のリアナにうやうやしく手を貸した。見慣れない場所に、自分の二倍ほども体の大きい古竜たちがずらりと並んでいても、ピーウィは臆することなく堂々としている。それを横目で見ながら歩いていく。

 五人の人物はみな竜族の正装姿で、礼をとる姿勢で彼女を出迎えた。まっさきに近づいてきたのはデイミオンだった。


「――殿下」と、聞いたこともないような穏やかな声音で呼びかけられ、一礼される。

「ご無事の到着はなによりの喜びです」

 道中のトラブルなどなかったかのような涼しい顔に、リアナは少しだけむっとする。が、ともかく顔に出したのは一瞬だけだった。

「ありがとうございます、デイミオン卿」

 負けないように、つんとして答える。

 礼から身を起こしたデイミオンが、「託宣を受け、殿下のご到着をお待ちしていたものたちです」と、その場にいた人物を紹介した。


 金髪を短く刈った筋骨隆々とした男は、〈フロンテラの若獅子〉こと、エサル卿。見あげるほどに大きく、峻厳しゅんげんな雰囲気を漂わせているのは北方領ノーザンの領主、メドロート卿。輝くような白い肌と赤毛の優美な女性は、グウィナ卿。それぞれの背後に、立派な古竜を従えていた。


「デイミオン卿と合わせて、オンブリアの五公と呼ばれる方々です」フィルがそっと教えてくれた。リアナは見えないようにかすかにうなずいた。この場に四人。そして、一人はここにはいない。領地が遠いのか、それとも、ほかの理由があるのか。ともかく、あとでもっと詳しい情報を教えてもらうまでは、名前だけでも覚えておかなくては。


 いつまでも若々しく美しい竜族だけに、容貌では年齢をはかりがたい。服装や髪形の意匠で見分ける必要があるので、リアナは気づかれないように念入りに彼らを観察した。


 デイミオンは続けて、「五公ではありませんが」といって、ふたりの人物を紹介した。美貌の男女がならぶなかでは地味な中年男性は、ヤズディンと名乗った。竜騎手の正装ではなく、ゆったりしたサフラン色のローブを身に着けている。リアナは学者か神官だろうと予想したがその通りで、アエディクラの学舎にも留学経験のある高名な学者だという。王位継承者、つまりリアナの家庭教師を兼ねるらしい。


 もうひとりの女性も、きわめて美しい女性で、こちらはさらに色の薄い、ほとんど白髪に見える銀髪を花のような形に結い上げていた。ヤズディンが学者だったので、こちらは神官だろうかとリアナは思う。


「飛竜をお連れなのね」

 紹介される前に、その女性が口を開いた。里では聞いたこともないような、優雅な発音に聞こえる。「かわいいわ」


「こちらはアーシャ姫」デイミオンが紹介した。「先代の斎宮で、現在は還俗しておられる。……いまはご不在だが、五公の一人、エンガス卿の義理のご息女でもある」

「そして、デイミオン卿の婚約者でもあります」アーシャ姫があでやかにほほ笑んだ。

「個人的な人間関係については、またいずれ」デイミオンがそっけなく言った。

 ヤズディンとアーシャ姫は古竜を従えていないようだ、とリアナは観察した。

 

 その場にいた全員をリアナに紹介し終わってから、デイミオンはついに彼女の紹介をした。彼女がこの場でもっとも地位の高い女性であることを、そのことが示している。


「先々代の竜王であられるエリサ陛下の娘、リアナ殿下――託宣によって、また我が〈血のばい〉によって、疑いなく次代の竜王となるべき方だ」

 デイミオンが堂々と本音を隠せる人間であることは、旅のあいだにもうわかっていたが、それでもすこし驚いた。彼はリアナが王となることにあまり賛成していないようだったから。ともあれ、リアナも疑問を顔に出さないようにつとめた。


「エリサ陛下のご息女であられる」ヤズディンの声は確認するものだった。かれはメドロート卿のほうを向いた。

「ということは、ゼンデン家の血筋ということになりますね」

 メドロート卿がうなずいた。デイミオンさえ見下ろすほどの長身を、真っ白な長衣ルクヴァに包み、岩に彫ったような厳しい顔だちに、栗色の髪をしている。背後に控える古竜は雪のように白い。レーデルルと同じ、白い竜だ。骨格からすると、メスか、非常に若いオスの個体だろう。


「ゼンデンはふるい家系だべ。我がカールゼンデン家の本筋にあたる」そう言うと、リアナをじっと見おろした。「……エリサの目をしとる」


 リアナはどきっとした。メドロート卿の口ぶりは、自分の母のことを知っているものだったからだ。少なくとも、この場にいる人間のなかでもっとも自分の親戚に近い人であるのは間違いない。

 自分は金髪で、目の色は紫。目の前の男性と似ている部分はあまりない。母はわたしに似ていたのだろうか?


「はじめてお目にかかります、メドロート公。……母のことをご存じなのですね」

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