5-3. 値ぶみと思惑
メドロートは黙ったまま、穴があくほど真剣にリアナを見下ろしている。あまりに身体が大きく、無口なので、冬山の精かなにかかと思えるほどだ。
見かねたのか、デイミオンが横から補足した。
「メドロート公は、あなたのお母上の叔父に当たる方だ」
メドロートは呟くように言った。「これが、エリサの隠した子がい。めんげなぃ」
「隠した?」メドロートの言葉には、なぜか聞き取れない部分もあったが、その部分には思わず眉をひそめた。「わたしの母が?」
養父はあまり母のことを話そうとしなかった。王だったことはおろか、
が、壮年の男はそれにはまったく答えず、フィルを冷たく見た。「なして〈
「デイミオン卿と、
まただわ、とリアナは思った。ケイエのときと同じだ。誰もがフィルを
もしわたしが王になったら、なにがあろうと、フィルにこんな口を聞かせたりしない、と思い、すぐにあわてて、(わたしは王になんかならない)と思いなおした。
(デイミオンが、せめてなんとか言ってくれたら……)
ケイエのときのように、デイミオンが一喝するかと思ったが、彼は口を閉じたままだ。リアナはフィルのほうをうかがいたかったが、立場上、背後を振りかえるのははばかられた。
「殿下の居場所を正確に知っているのは、俺だけでしたから」フィルが静かに答えた。
「〈
「ですが、それがもっとも安全でもある」
グウィナ卿のはつらつとした軽やかな声が割って入った。「南部にはデーグルモールが出没しているとか。殿下の御身を守るのに、戦時の英雄、〈ウルムノキアの
アイスブルーの瞳でリアナをしっかりと見つめながら、彼女は念を押した。どうやら、フィルの味方が一人はいるようで、リアナはほっとした。
「わたくしなら、フィルバート卿の忠誠を手に入れられるのであれば、古竜以上の価値があると思いますわ。殿下」
「はい」リアナは微笑む。「もう証明してくれました」
グウィナもにっこりした。
その場でひとりだけ、口を開いていなかった〈若獅子〉エサル公を、リアナはこっそりと横目で見た。彼は広大な
(『もし』なんて、あったかどうか、もうわからないけれど)
日にあせた金髪を、南部風に短く整えている。デイミオンと似た威圧的な男性貴族の雰囲気だが、漆黒のイメージが強い彼と違い、エサルのほうは赤と黒の派手な
背後の古竜は、松明の火を反射して鱗が紅玉の色に輝く。赤い竜なのだ。
(どの竜も大きい)
竜たちを見比べながら、リアナは思う。(でも、アーダルより大きな竜はいないわ)
注目が自分に集まっているのを察したのか、金髪の男は腕を組んだまま口を開いた。
「北の領主家は、高貴なお血筋が多くてうらやましいですな。われわれ南の氏族は、蛮族どもと戦に明け暮れる日々だが」
声に皮肉げな響きがある。竜族らしい美男子だが、口調はやや粗野でもあり、そこがデイミオンやメドロートと違うようだ。南部はオンブリアのなかで田舎なので、そう感じるのかもしれない。
「王を選ぶのは竜祖ですよ」アーシャがやんわりと言った。
「〈血の
「ササン領、フロンテラ領の竜族たちは、先の戦争でも人間たちの侵攻を防いだ」
デイミオンの声にはとりなすような色がある。「リアナ殿下は南部、国境の隠れ里のご出身だ。卿らの武勲の大きさはよく感じておられるだろう」
「南には南の、北には北の役割がある」メドロート卿がそっけなく言った。「卿らは国土を保ち、我々は種を保つ」
「ノーザンの冷凍庫ね。ありがたい小麦の種はいつも出し渋られるが」
どうやら、竜の王国を統治する諸侯たちは、一枚岩ではないらしい、とリアナはこっそり思った。
「各々の役割は大切だが、国難にあっては互いの働きに無知であっていいとは思いません」デイミオンは渋い顔をしている。「われわれは互いを尊重し、強い鎖とならねば」
そのとき、食事の
彼らについて行こうとしたとき、フィルが耳元にささやいた。
「これからしばらく、俺は側で守れなくなるかもしれない。気をつけてください。城内で信じていいのは、デイミオンとハダルクだけだ……覚えておいて」
思わず、青年の顔を見上げる。フィルはいつもの柔和な笑顔を消していた。
「……もう行ってください。俺にはあまりかまわないで」
背中を押され、リアナは歩いていく。
歓迎の声が遠く聞こえた。
「
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