5-3. 値ぶみと思惑

 メドロートは黙ったまま、穴があくほど真剣にリアナを見下ろしている。あまりに身体が大きく、無口なので、冬山の精かなにかかと思えるほどだ。


 見かねたのか、デイミオンが横から補足した。

「メドロート公は、あなたのお母上の叔父に当たる方だ」

 メドロートは呟くように言った。「が、エリサの隠した子がい。めんげなぃ」

?」メドロートの言葉には、なぜか聞き取れない部分もあったが、その部分には思わず眉をひそめた。「わたしの母が?」

 養父はあまり母のことを話そうとしなかった。王だったことはおろか、竜騎手ライダーだったことすら、デイミオンに聞くまで知らなかったのだ。


 が、壮年の男はそれにはまったく答えず、フィルを冷たく見た。「なして〈竜殺しスレイヤー〉がここにいる?」

「デイミオン卿と、竜騎手ライダーたちがお迎えに行った、と聞きましたが」

 まただわ、とリアナは思った。ケイエのときと同じだ。誰もがフィルをうとんじ、恐れながら遠ざけるようなことを言う。

 もしわたしが王になったら、なにがあろうと、フィルにこんな口を聞かせたりしない、と思い、すぐにあわてて、(わたしは王になんかならない)と思いなおした。

(デイミオンが、せめてなんとか言ってくれたら……)


 ケイエのときのように、デイミオンが一喝するかと思ったが、彼は口を閉じたままだ。リアナはフィルのほうをうかがいたかったが、立場上、背後を振りかえるのははばかられた。

「殿下の居場所を正確に知っているのは、俺だけでしたから」フィルが静かに答えた。

「〈竜殺しスレイヤー〉は王位継承者の側にいるべきではねぇ」メドロートは古竜のように低くうなった。


「ですが、それがもっとも安全でもある」

 グウィナ卿のはつらつとした軽やかな声が割って入った。「南部にはデーグルモールが出没しているとか。殿下の御身を守るのに、戦時の英雄、〈ウルムノキアの救世主セイヴィア〉以上の適任者はいないかと思いますが」

 アイスブルーの瞳でリアナをしっかりと見つめながら、彼女は念を押した。どうやら、フィルの味方が一人はいるようで、リアナはほっとした。

「わたくしなら、フィルバート卿の忠誠を手に入れられるのであれば、古竜以上の価値があると思いますわ。殿下」

「はい」リアナは微笑む。「もう証明してくれました」

 グウィナもにっこりした。

 

 その場でひとりだけ、口を開いていなかった〈若獅子〉エサル公を、リアナはこっそりと横目で見た。彼は広大な南部の国境地帯フロンテラを治める領主だ。そのなかには隠れ里も、旅の始点だったケイエも含まれている。もし、里になにも起こらなければ、彼女はエサルを「領主さま」と呼ぶ立場だったのだ。


(『もし』なんて、あったかどうか、もうわからないけれど)

 日にあせた金髪を、南部風に短く整えている。デイミオンと似た威圧的な男性貴族の雰囲気だが、漆黒のイメージが強い彼と違い、エサルのほうは赤と黒の派手な長衣ルクヴァ姿だ。飾り帯の長さや意匠から、デイミオンよりかなり年上らしいことがうかがえた。

 背後の古竜は、松明の火を反射して鱗が紅玉の色に輝く。赤い竜なのだ。

(どの竜も大きい)

 竜たちを見比べながら、リアナは思う。(でも、アーダルより大きな竜はいないわ)

 

 注目が自分に集まっているのを察したのか、金髪の男は腕を組んだまま口を開いた。

「北の領主家は、高貴なお血筋が多くてうらやましいですな。われわれ南の氏族は、蛮族どもと戦に明け暮れる日々だが」

 声に皮肉げな響きがある。竜族らしい美男子だが、口調はやや粗野でもあり、そこがデイミオンやメドロートと違うようだ。南部はオンブリアのなかで田舎なので、そう感じるのかもしれない。

「王を選ぶのは竜祖ですよ」アーシャがやんわりと言った。

「〈血のばい〉は尊重しますが、なぜいつも竜王は北の領主家から選ばれるんです? われわれフロンテラや、エンガス卿のササン領ではなく?」エサルはなおも言った。


「ササン領、フロンテラ領の竜族たちは、先の戦争でも人間たちの侵攻を防いだ」

 デイミオンの声にはとりなすような色がある。「リアナ殿下は南部、国境の隠れ里のご出身だ。卿らの武勲の大きさはよく感じておられるだろう」

「南には南の、北には北の役割がある」メドロート卿がそっけなく言った。「卿らは国土を保ち、我々は種を保つ」

「ノーザンの冷凍庫ね。ありがたい小麦の種はいつも出し渋られるが」

 どうやら、竜の王国を統治する諸侯たちは、一枚岩ではないらしい、とリアナはこっそり思った。

「各々の役割は大切だが、国難にあっては互いの働きに無知であっていいとは思いません」デイミオンは渋い顔をしている。「われわれは互いを尊重し、強い鎖とならねば」


 そのとき、食事の支度したくが整ったことを知らせる使いが来て、険悪な雰囲気になりつつあるのを中断した。デイミオンがかすかに嘆息したのにリアナは気づいた。ほっとしたのかもしれない。

 彼らについて行こうとしたとき、フィルが耳元にささやいた。

「これからしばらく、俺は側で守れなくなるかもしれない。気をつけてください。城内で信じていいのは、デイミオンとハダルクだけだ……覚えておいて」

 思わず、青年の顔を見上げる。フィルはいつもの柔和な笑顔を消していた。

「……もう行ってください。俺にはあまりかまわないで」

 背中を押され、リアナは歩いていく。

 歓迎の声が遠く聞こえた。

 

王城キープへようこそ、リアナ殿下」

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