1-3. ライダーになりたい

 しばらく眺めていると、数分もしないうちに発着場に一頭の竜が到着した。ヒョウ、と風を切る音がしたと思ったら、ばさばさと羽の音が大きく聞こえ、眼下からぬっと姿を現す。


「お、リアナじゃん」

 竜の背から若い男の声が降ってくる。「朝からどしたの」

「シマジ」

 リアナは笑顔で答える。「そっちこそ早いね、朝からおつかれさま」


「おう。シマジはそいつの名前だけどな」

 青年が後ろ手に指した飛竜ヒリュウが、大人の背丈にもうひとり子どもを肩車したほどのところにある頭をふり向けた。淡い茶色の身体に、首周りをネックレスのように囲む黄色いしまがチャーミングで、見た目通り茶目っ気のある性格の竜だ。

「うん知ってる、セインもおはよう」

「おれより竜が先なのかよ、知ってるけどな」

 セインと呼ばれた青年が苦笑しながら降りてきた。


「おはようっつか、なんだ。これは昨日着くはずの荷物だったんだけど。検問が厳しくてあっちをつのが半日遅れたんで」

 言いながら、さっさと手綱たづなをはずして杭につなぐ。寒さを防ぐ革の防護服といかついゴーグルが、いかにも竜乗りの格好だ。そこそこの長旅だったらしく、動作のついでに肩や腕をまわしている。居あわせたよしみで、リアナも荷おろしを手伝ってやった。彼女の仕事は繁殖と飼育のほうが主だが、セインのような竜乗りは里の若衆のなかにも数人しかおらず、あこがれの的だ。


「おまえは、ほんといつも発着場にいるよなぁ。……やっぱり、まだ竜乗り目指してんのか?」

 青年が尋ねた。


「『まだ』じゃなくて、現在進行形で、ずっと、よ」

 リアナは口をとがらせた。「それに、わたしがなりたいのは竜騎手ライダー! ただの竜乗りドライバーじゃないんだから」

「何度も言ってるけど、なりたいからってなれるもんじゃないんだぞ、おれたち竜族のは生まれたときから決まってるんだ」

 青年はもったいぶって説明をはじめた。

「……力ある竜、つまりの言葉を聞くことができれば〈聞き手リスナー〉、古竜に命じることができれば〈呼び手コーラー〉。そして、古竜に乗れるものだけが〈乗り手ライダー〉だ。……百人の赤ん坊のなかで、ライダーはたったひとりか、ふたりだっていうぞ?」


「そんなこと、知ってるわ」

 リアナは言いかえした。ライダーがどれくらい希少な才能かはもちろん、竜騎手はさらにそのなかの精鋭だということだって知っている。

「わたしだって竜の言葉がわかるし、言うことだって聞かせられるんだから。すくなくとも、ぜったいに〈呼び手コーラー〉より上よ!」

 主人の言うことがわかったわけでもないだろうが、肩の上の仔竜が「ぴい!」と追随ついずいした。


「竜騎手なぁ……そりゃ、憧れるよな。おれだって、なれるもんならなりたいよ。うわさに聞く黒竜大公なんか、超かっこいいもんな」

 セインは一瞬、目を輝かせたものの、すぐに皮肉げな顔にもどった。「でもな、この里で〈乗り手ライダー〉なのは、うちの親父だけなんだ。ケイエまでいかなきゃ、ほかの〈乗り手ライダー〉にはお目にかかれねぇよ」

「それは、里が狭いからだよ。イニは、わたしのお母さんだって〈乗り手ライダー〉だって言ってたもん。ほかの場所にはもっとたくさんいるんでしょ?」

「うーん……まぁ王都のほうじゃ、女の〈乗り手ライダー〉もめずらしくないっていうけど……」青年は言葉をにごした。


「才能はともかく、このあたりじゃ、仕事にするのはやっぱ危ねぇよ。国境沿いだから、人間たちの飛行船が飛んでるし、デーグルモールだって出るんだぞ?」

 そういうと、手をくちばしのように動かして、恐ろしげな鳴き声を真似してみせる。

「おまえなんか、あのゾンビの群れにかかったら、ひと噛みでぱくり、だ」

 リアナは肩をすくめた。「そんな子どもだまし、怖くないもん。……それにわたし、ほかの才能もあるんだよ。セインも知ってるでしょ?」


「ああ、なんだっけ……あの人間磁石か?」

 セインはいかにも思いだすのに時間がかかったという顔をした。

「違うよ!」リアナは腕をふって否定した。「知ってるくせに、いじわるばっかりいう」

「ほら、じゃ、やってみせな」

 セインは妹をからかう兄のような口調になった。積荷のなかをごそごそとあさって、幅広のリボンを取りだすと、少女の目を覆って後ろで結んだ。おもむろに細い肩を両手でつかんで、くるくるとまわす。

「目が回っちゃう!」リアナが抗議した。

「さあ、未来の竜騎手さん、都はどっちの方角でしょうか?」

 笑いまじりの声が降ってくる。リアナは目隠しのまま、すぐに「あっち」と指をさした。青年はすこし考え、発着場からの方角を検証した。


「正解。……ひさしぶりに見たけど、なかなかすごいよな。平衡感覚みたいなもんなのかな」言いながら、目隠しをはずしてくれる。

「違うってば……ほんとに、北、っていうか、王都タマリスの方角がわかるの。引っぱられるみたいな感じで……」

 言いながら、リアナはふと胸を押さえた。どきどきと速まって、耳の奥でごうっと血の流れる音がする。

(……なに……?)

 


「はいはい、すごいすごい」

 セインは本気にしていない。「ほら、これはやるよ」

「もう。本当のことなのに」リアナはふくれていたが、ラベンダー色のきれいなリボンを見て現金な笑顔になる。「めずらしい、飴じゃないものくれるなんて、セイン太っ腹だね」

「飴ってな、おまえいつまでも子どもじゃねぇんだから……」

 まじまじとリボンを見つめるリアナを、青年は苦笑を浮かべて見下ろした。「あしたが成人の儀だろ? おめでとさん」


 セインが荷を下ろしに飛竜を連れて行ってからも、しばらくの間リアナはその場でイニの竜が見えないか待っていたが、それも飽きてきて結局待つのはやめることにした。イニどころか他の竜も一頭も現れない。セインの言っていた検問のせいかもしれない。岩のでっぱりから腰を上げてスカートを軽くはたくと、きびすを返した。

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