5-9. 御座所《おわすところ》
〈
丁重な召喚状だったが、簡潔に言えば、「おまえが王かどうかを
朝からしっとりと雨が降っていて、肌寒く、一日一日と冬の気配を感じる。タマリスは〈隠れ里〉やケイエよりもかなり北にあるから、冬の訪れは早いだろう。
(今日は当たりね)
リアナが思ったのは例の、メドロートの課題のことである。
昨日の夕方、澄みきった秋の空に鱗雲が出たから、今日の天気を予想するのはそれほど難しくなかった。もっとも、この程度の予想なら里の長老に聞くまでもなく、竜に乗る男衆たちにだって簡単に分かるものだ。課題を出した当人は、ときおり帳面をチェックするものの、良いとも悪いとも口に出すことはない。
(天気予報なんかさせて、いったい、なにがしたいんだろう)
白竜の持つ力は、天候や河川の流れに関するものらしい。
教師役のヤズディンからその程度のことは教わったのだが、あとはメドロートに聞けと言われてしまったし、そのメドロートがこんな調子だ。
(まあ、急がなくてもいいのよね)
本当に王になるならいざしらず、デイミオンの露払いのような今の状況なら、白竜の力を披露する必要に迫られることもないだろう。メドロートが言うには、白竜のライダーたちのほとんどが、彼の領地ノーザンに集められて訓練を受けているらしい。黒竜だけでなく、ほかの竜と比較しても数が少なく希少な白竜のライダーゆえに、国とノーザンが手厚く育成しているという。
メドロートは、彼女が望むならばそのノーザンでライダーの訓練を受けさせてくれる、と約束した。もちろん、王位に就かなかったときの話だが、リアナにとっては願ってもない話だった。行方不明中の養父にはあとで事情を説明しなければならないだろうが、もともとライダーになりたいことはずっと訴えていたのだから、分かってくれるだろう。
ものものしい
「リアナ様」
声をかけてきたのは、ローブの長さや装飾からして、その場でもっとも高位の神官らしい。「お越しをお待ちしておりました」
副神官長のテヌーと名乗る男が、彼女を奥へ招き入れた。
「儀式の間までご案内します。
「念話もですか?」
「神聖な場所ですので」
「帯剣は?」
「それはかまいません」
二人はいくらかして合意にいたったようで、ハダルクがほかの竜騎手たちに言い含めた。
「大丈夫?」
「建物内で竜術禁止、といっても、見まわらせている外の兵士もいますし、緊急時には念話も竜術も使うと合意は得ましたから、大丈夫ですよ」ハダルクが安心させるように言う。「それに、フィルバート卿がいますしね」
♢♦♢
細く、薄暗い通路が、どこか隠れ里の洞窟を思わせる建物だ。ただ、生活感がないあたりが神殿らしいといえば、そう言えるかもしれない。外観から中の想像がつきにくいものの、王城に比べればはるかに小さな建物であることは間違いない。
(もしかして、あの力が使えないかな)
誘拐された先の廃城でデイミオンから習得した、足もとの
(竜騎手たちもいるし、心配はないんだろうけど……)
建物の安全を確認したいのは、もはや習い性になっていた。長い通路を歩かされる間の暇つぶしにもなりそうだ。
(空気が
その道を、そっと探す。五感だけでなく、足もとの石材と、さらにその下の地面にも知覚を伸ばしていく。廃城の牢でやったのと、やり方は変わらないが、二回目だから前よりもスムーズだ。
(すこしコツがわかってきたかも)
リアナは嬉しくなった。(流れが大事なんだわ。温度を上げるときの、温まった空気の動き。地面のなかの水の流れ)
これが竜、つまりレーデルルの力によるものなのは間違いないが、黒竜やほかの竜でも同じようなものなのだろうか、とふと思った。少なくともグリッドに関しては、ほぼどのライダーも使えるように見える。
儀式の間に足を踏み入れる頃には、建物の構造がだいたい理解できていた。だが、肝心の儀式とやらのほうはさっぱり予想がつかなかった。どちらにしても、自分ができることは限られているのだし、相手にまかせておくほかないのだが――
「お入りくださ……」
開いた扉に向かって、そう口にしかけた副神官長が絶句した。
「なんだこれは!?」
リアナは神官の影から、部屋のなかを覗いた。
思ったより広くはない。儀式の間というより、応接にでも使われそうな、ごく普通の小部屋に見える。護衛の
だが、それよりも。
「水浸しね」
リアナが口にした通り、部屋のなかはくるぶしまで浸かるかというほどの水で覆われていた。
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