3-2. デイミオンの説明
てっきりフィルが説明するかと思ったのに、説明をしだしたのはデイミオンのほうだった。
いわく、自分たちはリアナを迎えに王都からやってきた軍人である。
古竜に乗ったデイミオンが正式な使者で、フィルは先ぶれと様子見を兼ねて先に隠れ里に入る予定だった。里への近道を徒歩で進んでいたところ、彼女が襲われそうになっている場面に出くわしたので、助けた。デイミオンがフィルよりも一歩遅れてやってきていたのは、竜に乗った他国の傭兵の一団に襲われかかったから。
ほとんどそれだけを、簡潔に、淡々と述べた。リアナはそれを聞いても、ぽかんとするしかない。
真偽を確かめる方法もない。
「でも、どうしてですか?」
のんきに尋ねると、フィルは苦笑し、デイミオンは苦虫をかみつぶしたような顔をした。できることなら口に出すのも避けたい、というくらい渋々と、
「おまえが、オンブリアの次の王だからだ」
と言った。
「オンブリアの、つぎのおう」
意味がよくわからず、ただ繰り返した。
「さっきもそんなことを言っていた気がするけど……、どういうことですか?」ふと気がついて首をひねる。「というか……今の王様って、誰なんですか?」
「おまえは自国の王の名も知らんのか!」デイミオンが目をむいた。
「だって、里ではあんまりそういう話しないし……イニもしないし。昔の女王様の話は、よく、してくれるんだけど」
「……話にならん……!」
よほど腹に据えかねたのか、がたっと音をさせて椅子から立ちあがる。「やはり、なにかの間違いだ。こんな子どもが――」
「デイ」フィルが手で制す。
「おまえだってそう思うだろう! 考えてもみろ、なぜ後継者の娘がこんな、南の国境沿いの隠れ里などにいる? 竜王エリサはゼンデン家の出身だぞ。北部にいるのが道理だろう」手をふって続ける。「そもそも、養い親のイニとは誰だ? 諸侯でも騎手でもない。出自もわからぬ流れ者だというじゃないか」
「そんな言いかたって――」リアナもむっとする。直前に、イニから一度聞いたことのある母親の名が出たのも気になったが、とりあえず。
「デイミオン」フィルは口調を強めた。「エリサ陛下の娘がフロンテラで養育されていることも、養父のことも、一年も前に報告していただろう? ゼンデン家は承知していたというし」
「それがおかしいというんだ。なぜ王の娘を手元で育てない? あの
「それはいま関係ない――」
リアナは息を吸った。
胸がひとまわり大きくなるほど。
「二人とも。やめて」
男たちはびくっとして振り向いた。リアナが腹の底から声を出せば、空の上で豆粒くらいにしか見えない飛竜にだって届くのだ。彼らもそれを思い知っただろう。
「リアナ」フィルは薄灰色の目をまんまるに見開いている。
「わたしのことを、二人で勝手にあれこれ言うのはやめて。わたしの頭の上で」
「す、すみません」
フィルは反射的に謝った。デイミオンは無言だが、少なくとも口は閉じた。
「質問はひとまず三つあるわ。フィルがさっき服喪と言ったけど、それは王様が亡くなったので間違いない? 『エリサ陛下の娘』ってわたしのこと? イニのことを二人は知っているの?」
デイミオンがうなずいた。「二日前、現王クローナン陛下が崩御なされた。現在、五公十家と呼ばれる領主貴族たちは大葬の儀のために首都タマリスに集まりはじめている。……オンブリアの王は竜祖によって選ばれる竜の末裔。人間のようにひとつの王家によって統治されるわけではない。それはもちろん知っているな?」
リアナはうなずいた。「オンファレ女王と一緒ね」
青年はけげんな顔をした。「誰だ、それは?」
「オンファレ女王はね、妖精国の〈冬の女王〉なの」目の前の青年の知らないことを自分が知っている、ということがなんだかうれしく、リアナは勢いこんで言った。「冬の妖精王が、次の女王を選んだのよ。オンファレ女王は人間なんだけど、小さい頃に
「くだらん」
せっかく説明してあげたのに、一喝されてしまった。「おとぎ話などしている暇はないんだぞ」
「まあまあ……」フィルが取りなす。「まったく違ってるわけでもないんだし。……王制はあるけど王家はない、という点では一緒だよ」
「そうなんだ……」
リアナは頷いたが、ふと、おかしなことに気がついた。さっきから、例の「引っ張られる感じ」が戻ってきているような気がするのだ。前ほどの強さはないが、身体の中心が紐で引っ張られるような感じはそっくりだ。それに、心に窓が開いているように、どこかとつながっている感じも。
――なんだろう……どこから?
急になくなったのだから、また急に現れても、別におかしくはない。けれど、今?
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