8-3. そしてわたしは……
「本当です」にべもなく答えたのは、デイミオンだ。
「しばらく前からフィルに内偵させていた。ヤズディンは、反逆者マリウス――〈黄金の賢者〉の信奉者だ。自室に嘆願書と遺書が残されていた」
そして、独言のようにつぶやく。「もっとも、表向きはどうあれ、むしろアエディクラとのつながりを疑うべきだろうがな」
「フィル……」
リアナが呼びかける。フィルは倒れた兵士のマントで剣をぬぐい、腰におさめて立ちあがった。
「あなたを危険な目に
「じゃあ……城に着いてから、ずっと?」
「ええ」フィルがうなずく。
「あなたの即位までに、できる限りの危険を取りのぞいておこうと、デイミオンと約束したんです」
「だけど、言ってくれたらよかったのに」
二人して、まるでリアナなどいないもののようにふるまうこともあった。さみしかったのに、と言おうとして、さすがにやめた。
「おまえは顔に出しすぎる。昨日の夕飯に何を食べたかまで分かるぞ」デイミオンが言った。
ひどい。さっきはちょっとときめいたのに。
「――デイミオン
竜騎手たちに連行されながら、アーシャが叫んだ。「あなたなら、わたくしを助けられるはず。婚約者なら――」
「なんという愚かな真似を」デイミオンは彼女には答えず、部下を呼んだ。「ハバート、アーシャ姫を塔の貴人独房へ。縛めも忘れるな」
「あなたのためにやったのに!」アーシャは引きずられていった。
フィルの横を通るとき、元斎姫はさらにわめいた。
「裏切者! 〈竜の心臓〉も持たず、あなたはできそこないよ!」
「いい機会だからお伝えしますが」フィルは場に合わないほど穏やかに声をかけた。「『〈竜の心臓〉の秘密』を知りたがったのは、あなたに合わせたまでだ。……俺は自分自身に満足していますよ」
「〈
呪いのようなアーシャの言葉にも、フィルはただ黙って微笑むのみ。
「口を閉じなさい、アーシャ姫! さもないと、縫い閉じさせるわよ」リアナが一喝した。
「勇ましいね」フィルはくつくつと笑った。
「あなたが怒らないからよ。どうして、フィル? あんなこと、言わせておけないわ」
「俺はかまいませんよ。なにを言われたって。……あなたが知っていてくれるからね」
「あなたのそういうところ――」
「おい」デイミオンがさえぎった。「ケンカは後でやれ。戴冠式がまだ済んでいない」
「デイこそ、典礼服が血まみれだよ。後継者が、みっともない」
「儀礼などクソくらえだ。さっさと済ませて、風呂に入りたい」
場違いだが、この二人の会話を聞いたリアナはほっと安堵するのを感じた。侍女の格好をしたミヤミが近づいてきて、顔に飛びちった血をきれいに
リアナは広間を見まわした。メドロート公とエサル公が、他の領主貴族たちに何事かを命令している。戴冠式の最中に王太子が襲われたなどというのは大惨事だろうが、すでにその場は落ちつきを取りもどしはじめている。竜の治める国では、貴族たちはみな軍人という建前があるから、取り乱した姿を見せたくないというのもあるかもしれないが。
「では、
デイミオンが声をかけるも、大神官は惨劇のショックのせいか気を失っていた。神官たちが慌てふためいて取り囲んでいるのが、なんだか場違いでおかしい。黒竜大公はため息をつき、〈
少年は
「そして、見よ、今ここに
はりきって響くファニーの声を聞きながら、リアナは再びひざまずいた。
すっかり緊張がとけて、口もとには笑みさえ浮かんでいた。
〈血の呼ばい〉という、あいまいな力によって、ここにやってきた。
立ちならぶ五公も、かれらにつらなる十家にも、おなじ力がはたらく。彼らのうちの誰でも王に選ばれる可能性はあったのだ。オンブリアの支配者はかれら領主貴族たちであり、王はその冠にすぎない。
自分は、王冠にふさわしいだろうか?
自分のためにハートレスの兵士が死んだ。そして自分は、あの子どもたちを助けられなかった。
けれど、ケイエであの死んだ兵士に「自分が王だ」と名乗ったのも嘘ではない。ハートレスたちの部隊を再建する決意も本物だ。たとえ見知らぬ力のみちびきであっても、指名されてその責任を負うと宣言すれば、その者は王になるのだろう。
いまのリアナは、そう思う。
ぐっと視線をあげて見わたせば、そこに、すっかりなじんだ男たちの顔があった。自分とおなじく王冠をいただく運命にあるデイと、竜の心臓をもたないフィルと。
ひとりじゃない。支え、助けてくれる人たちがいれば、きっとやれるはずだ。
「汝、ゼンデンのエリサの娘リアナよ――」
〈血の呼ばい〉の運命を超えて。
わたしは、王になっていく。
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