5-11.エピファニー
〈継承の儀〉を終えた翌日。
リアナとフィルは、再び〈御座所〉に来ていた。ただし、今回は竜騎手の護衛はなく、公式の訪問でもない。
書庫で出会った少年、ファニーに会いに来たのだった。
前回の訪問で、〈御座所〉に新しい王として認められたその後。
リアナは、王太子という自分の立場をこの少年に打ち明けることにした。王城までやってきたのは、そもそも王になるためではない。目的は自分が育った〈隠れ里〉の襲撃の真相について調べることと、そして自分の出自について知ること、だ。王城では教えてくれそうな人を見つけられなかったし、
幸い、少年は「なるべく貴族扱いをしないでほしい」という彼女の願いを聞いてくれたので、フィルの護衛付きとはいえ、こうやって気軽に訪ねることができるようになった。
「あの水びたし、最初は、アーシャ姫がやったんじゃないかと思ったのよね」
ファニーと名乗った少年を前に、リアナはまず、そう切り出した。
「青の
「嫌がらせされる心当たりが?」
「むっちゃある」
アーシャ姫の父エンガス卿は、五公会でデイミオンとともに彼女の譲位を認める側についていた。アーシャ姫との婚約関係からも、両者の間に政治的つながりがあることは明白だ。
しかも、アーシャ姫にはなぜか個人的にも嫌われている。今朝も今朝とて、「王太子ともなると、お忙しくていらっしゃるのね……まあ、眉の上に吹き出物が」などと地味に腹立たしい指摘をしてきた。なぜ王城にいるのかと尋ねれば、「デイミオン卿と
「……でも、それだとちょっと弱いのよね、『新米の王太子に陰湿な嫌がらせをする姫君』としては。儀式そのものは何事もなくスムーズに終わったし。あれが嫌がらせなら、そもそも間近で見てないと面白くないわけだけど、アーシャ姫はあの場にいなかったし」
リアナが視線を送ると、ファニーは感情の読み取りづらい微笑みを浮かべた。
「そうだよ。儀式の間を水びたしにしたのは、僕」
あっさりと首肯して、「理由は? どう推測した?」と続けた。
「それは……」
リアナは考え考え言った。
「
憶測混じりの推論でしかなかったが、少年は「そうそう」と満足げだ。
「あの部屋にかかっていたのは、君の〈
それほど強い術じゃなかったから、解除するのは難しくないんだけど、術を使ったのを知られたくなかったんだ。この神殿で、黄の
「あなたは、黄の竜騎手……ヤズディン先生も?」
「ヤズディン師も僕も叙任されてないから、ただの〈
人文と天文学を司る、黄の竜術士たち。少しばかり竜術の勉強をした今ではわかるが、オンブリアでは地味な存在と言える。もともと、長命な竜族は知識の伝承に人間ほど熱心ではなく、学術的な研究よりも詩や歌を好む傾向にある。さらに、エリサ王の時代に黄の
冷遇に耐えかねて吟遊詩人や暦読み、占い師などに職替えした文官たちもいるという。そんなふうに、いくらか風通しの良くなった黄の竜術士のなかに、名家の後ろだてもない孤児ながら、めきめきと頭角を現す一人の少年がいた。小柄だが負けん気と知的好奇心の強い彼は、周囲が勝手に名付けた名を拒否して、みずからを〈
「そんなわけでいま、この神殿にいる黄の
まぁ〈知恵の門番〉なんて書庫番をかっこよく言っただけだし、政治的権限のない閑職だけどね、と付けくわえる。
「だから、王位を継ぐ君になんとか接触したかった。青の神官たちと違って、僕たちとしては、しがらみのない君に王になってほしいんだ」
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