6-2. 願いと取引

 殿下、と声をかけてきたのは、くすんだ金髪に、金茶の瞳。幼なじみのセインと同じ色合いをした兵士だ。


「どうしてこんな場所におられるんです? 護衛は?」

 兵士は、フィルそっくりの質問をすると、背後を抜け目なく観察した。竜騎手たちが控えているのを確認すると、いくらか緊張をほどいた。


 竜騎手ライダーにして王太子のリアナ。そして〈ハートレス〉の兵士。二人は、短い旅の間に顔見知りになっていた。

「テオバール・ギューデン」

 リアナは呼びかけた。「森では、助けてくれてありがとう」

「……仕事ですから」

 名を呼ばれた兵士は露骨に目をそらした。テオことテオバール・ギューデンは、廃城での救出作戦でフィルとともにリアナとデイを救った功労者こうろうしゃだ。だからもちろん、顔も名前も覚えている。

「デーグルモールとの戦いで、わたしたちを助けて亡くなった〈ハートレス〉の兵士がいたと聞いて、来たんだけど……」

 冷たい態度にくじけそうになる気持ちを奮い立たせて、リアナは切り出した。

「あの……勲章くんしょうさずける竜騎手は? 表彰があるはずだと思ったんだけど……」

 リアナの記憶が正しければ、その兵士は、王太子を守った功績によって勲章と恩賞の栄誉に預かったはずだった。

「竜騎手が葬式に? ありがたいと拝むべきですかね?」

 テオの口調にも表情にも、侮蔑ぶべつの色が混じっていた。

「まぁ勲章と金はもらっておきます。家族にゃ必要でしょうしね」

 ぽっと出の、田舎娘の名ばかり王太子。自分でもそう思っているから、年長者に邪険じゃけんにされるのはあきらめがついている。でも、テオの口調には、それだけではない反感が感じられた。


「あなたたちは、すべて〈ハートレス〉だと聞いたわ。かつては、同じひとつの隊に所属していた」

 棺について歩きながら、リアナは小声で言った。竜騎手たちには離れているよう頼んだが、白竜を連れた身なりのいい少女の姿は目立つ。歓迎されていない空気を感じた。


「王国第二十一連隊。すべて〈ハートレス〉だけで構成された特殊部隊。その連隊長が、フィルだった」

 兵士は黙ったままだが、リアナはつづけた。「ヴァデックの撤退てったい戦、ウルムノキアの城攻しろぜめ、れ谷の奇襲など数々の功績をなした。第二十一連隊はオンブリアの長い歴史においてさえもっとも多い犠牲者と、もっとも多い勲章とで名を残し、〈恐れ知らずフィアレス〉とたたえられた」

「へえ。歴史家ってのはいいところばっかり書き残すんですね。吟遊詩人と一緒か」

 テオは顔をゆがめて笑った。

「そう思うなら、公文書を残すべきだわ。隊員たちに聞き取り調査をして……」

「そりゃ名案だ。あんたがやってくださいよ。……もっとも、残り少ない隊員だ。早くやっちまわないと証人もいなくなっちまうと思いますけどね」

「残り少ないって……」

「ケイエを出立しゅったつするときに、元隊員たちを見たでしょう? あれが残り1/3ってとこかな」

 交代勤務でしたからね、と何事もないかのように続けたが、リアナは悲鳴のように叫んだ。「たった六人だったじゃないの!」

「そうですよ。そしてこれからも減っていく」

 セインよりは年上だろうが、まだ青年といっていいくらいの兵士は呟いた。「カロスのやつ、耳がよくて危険を察知するのが早かった。逃げ足も速くて。長生きするだろうとよく仲間内でからかわれていたんですが、あっけないもんですね」

 その顔は穏やかといっていいほどで、いったいどれほどの死を、彼は見たことがあるのだろう、と思わされた。そして、なぜか不思議なほどフィルに似て見えた。血のつながった兄のデイミオンよりも、よほど。

「あなたたちは……」

 リアナはためらいがちに切り出した。「……みんな、こんなところに住んでいるの?」

 竜騎手たちとの待遇がこれほどまでに違うなら、見過ごせない。言外にそういう意味を込めている。

「連隊長なんかは大領主の家に生まれたので、貴族として扱われていますが、そうですね……不遇ふぐうに暮らしている者もいますよ。

 名のある家ほど、〈ハートレス〉が生まれたことを恥だと思う傾向にある。でも、スラムでさえ、〈ハートレス〉と知れば叩きだされることもある。俺たちにとって、安住の地を探すのは、いつだって容易じゃない」

 その言葉を聞いてすぐに考えたのは、フィルのことだった。デイミオンと父母を同じくする兄弟だと言うなら、彼のハウスネームは、デイミオンと同じエクハリトスか、母方のトレバリカ姓のはずだった。

 諸々もろもろの事情を考え合わせると、おそらくフィルバートは養子に出されたのだろう。〈ハートレス〉であることを理由として。


「そういう人たちが、兵士になるの?」

 テオバールは読めない微笑みを浮かべた。「――だとしたら?」

「あなたの隊の仲間なのに、どうして、フィルは参列していないの? フィルは連隊長だったのに?」

 テオの質問がはぐらかしだと読んで、リアナは聞きたかったことを直球で尋ねた。

「さぁね。知りませんよ。こんないい夜、葬式なんかで過ごすのはばかげてる」テオは自虐じぎゃく的とも取れる口ぶりで言った。

「案外、どっかのご婦人の寝台ベッドに上がりこんで、思いでもしてるんじゃないですかね」

 あの人あれでかなりモテますからね、などと言って笑う。

 リアナの知るフィルはいつでも穏やかで柔和だが、優しいだけの青年ではないことはもうわかっていた。〈ハートレス〉のことは、もしかして、彼にとってこれ以上踏みこまれたくない領域なのかもしれない。


 ♢♦♢

 

 墓地は街の境にあり、すぐ近くに街道が見えた。さえぎるものがなく、風が冷たい。数人、あきらかにテオと同じような兵士と思われる青年の姿があったが、リアナの姿を見て近寄ってこようとはしなかった。

 カロスの祖父かと思われる年齢の老人に、リアナは声をかけた。

「棺を開けて、顔を見てもかまいませんか?」

 老人の許可を得て、似た顔の若い男が蓋を開けた。テオが隣でもの言いたそうにしていることに気づいたが、そのまま棺をのぞきこんだ。

 思ったよりも穏やかな顔で眠っているカロスの、その顔を見下ろしながら、自分のうなじに手をやってペンダントをはずした。里を出てから、服を替えてもはずさなかったものだ。

 ――セインがのこした、〈竜の心臓〉のペンダント。

 模造もぞう品だが、リアナにとっては代えがたい形見の品だった。それを、兵士の遺体の胸元に置いた。

「〈竜の心臓〉だ!」

 少女がけ寄ってきて、カロスの胸元をのぞきこんだ。「これ、〈竜の心臓〉でしょう、白竜のお姫さま?」

「そうよ」リアナは少女に向かってにっこりした。

「よかったぁ」葬儀の意味もよくわかっていないような少女は、屈託くったくない笑みを浮かべた。

「これで、お兄ちゃんもわたしたちと一緒だもん。ね?」

「……ええ」

「お姫さまは、〈乗り手ライダー〉なんでしょう?」

「そうよ」

「じゃ、お兄ちゃんもきっと、次は〈乗り手ライダー〉になれるね。ありがとう」

 そして、あいまいな顔つきをした大人たちのなかへ駆け戻っていった。


 ♢♦♢



 葬儀が終わるのを見送ると、竜車が待つ通りまで送る、とテオが申し出て、二人は少しの間並んで歩いた。

「よかったんですか?」

 何気ない顔でそう尋ねる。「〈隠れ里〉は全滅したと聞きました――あんたが里から持ち出せたものは、少ししかないでしょうに」

「いいの」

 通りを抜ける風に夜の匂いが混じる。メドロートが貸してくれた外套がいとうは彼女には大きすぎたが、それでもありがたい暖かさだった。リアナはえりもとをかき合わせた。

「あんたが王になれば、もっと大勢の兵士の死に立ちあうでしょう。そのたびに、大事なものを手放すわけにはいきませんよ」

「――王様に向いてないって言いたいんでしょ。いいわよ。自分が一番わかってるんだから」

 テオの言っていることは正しい。彼の口調に、ここにはいないフィルバートが重なる。なんとなく、彼も同じことを言いそうな気がした――あるいは、彼が言いそうなことをテオがあえて代わりに言っているようにも思えた。

 きっと、今日ここに彼女が来ることも、彼は望んでいなかっただろう。

(フィル、どこにいるの?……たとえそうでも、フィルの口から聞いて確かめたいよ)

 

「あなたにお願いがあるのよ、テオバール・ギューデン」

 もっと信頼を得てから切りだすべきだろうと思ったが、その時間がない。

 目の前の兵士となにひとつ通い合うものが生まれてはいなかったが、タイミングが今しかない。

「そのためのパフォーマンスですか? あわれみ深い王太子を印象付けるための?」

 否定するつもりはリアナにはなかった。テオは捕食ほしょく者のような顔で笑い、「まあ、聞くだけ聞きましょうか」と言った。

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