第23話

 ―プリムローズの酒場―


 翌日、中型凶竜の睡冠凶竜インドスクスと、尖角凶竜ゼインロングを狩猟することを、前半戦の優先狩猟と決めたイェスタは、確実な成果を出すため、酒場が営業する前の一階の食堂で、猟団のメンバーたちを集め、それぞれの凶竜の特徴や癖、弱点部位、各装備の立ち回りなどを講義することにした。


 これには、レクも少しばかり興味があったようで、皆と少し離れたカウンター席に座り、イェスタの配った資料に目を通している。


「よし、資料は渡ったな。今から、睡冠凶竜インドスクスと尖角凶竜ゼインロングの攻略法講義を始めるぞー」


 イェスタは、プリムローズの酒場にあった本日のメニューを書くための黒板を、皆の前に引っ張り出してきていた。


 そして、チョークを持つと、黒板に凶竜と思われる絵を描いていくが、どう見ても絵心の無さが前面に押し出され、どちらがどちらなのかは、悪筆で書かれた文字を判別して読まねば理解できなかった。


「イェスタ猟団長、あまりにも絵心が無いですが……。ヨランデに描いてもらいます? 私はそちらにした方が皆が理解できるかと」


 イェスタが書いた絵と文字判別しようと、眼を凝らしていたノエルが、ヨランデに書くように提案をしていた。


「オラが書くから、イェスタ猟団長は説明をよろしく」


 ヨランデもイェスタの絵と悪筆を判別することを諦めたようで、席を立ち、新たなチョークを持つと、凶竜図鑑に載っている睡冠凶竜インドスクスと尖角凶竜ゼインロングの姿形を描いていた。


 巨人族で大柄の体躯の割に器用なヨランデは、凶竜討伐の話を小説にして販売しており、その挿絵も自身で描いてもいるため、こういったことは慣れていたのだ。


「お、おぅ。すまんな。こればっかりは上達しなかった。じゃあ、書くのはヨランデに任せる」


 ヨランデが書き直したことで、かなり二種類の凶竜の判別が分かりやすくなり、イェスタの講義が開始されることになった。


「まずは、睡冠凶竜インドスクス。俊敏な動きと、強力な顎、長い鉤爪で獲物を切り裂き、噛み砕く肉食性の二足歩行凶竜だ。全長は6バルメ程度ということで中型凶竜に分類されているぞ。頭頂部に鶏冠を模した頭骨を持っており、空洞から発せられる音は聞く者に睡眠を催す作用があるからな。身体の鱗は群青色をしており、眼に入った獲物は手当たり次第に襲う習性を持つ」


 イェスタは資料に書かれていた凶竜の概要を読み上げていく。

 

 ここまでは、ハンターギルドで売られている凶竜図鑑に載っている情報なので、狩猟者ハンターであれば、誰でも知っている情報であった。


「さて、ここからが本題だ。睡冠凶竜インドスクスの狩り方を誰か分かる者いるか?」


 レクが面倒臭そうに手をスッと上げる。


 何だかんだで、根は真面目な男であるため、ある程度の凶竜への知識は収集して研究を怠らない男であるのだ。


「睡冠凶竜インドスクスの基本となる狩り方は、真っ先に頭頂部の鶏冠頭骨を破壊することを求められるね。あの頭骨から発せられる音波は人間に眠気を覚えさせる効果がある。眠ったところを、自分自身や周囲に引き連れているモノニクスたちで美味しく頂くという寸法らしい。だから、極力発見される前に鶏冠頭骨を破壊して、眠らされないようにすれば、後は身体が大きいだけで、脅威度で言えばモノニクスとさして変わらないさ」


「さすが、レクだな。ほぼ、満点に近い回答だ。ただし、普通の狩猟者ハンターならな」


「これ以外の攻略法なんてあるのかい? ボクは見たことも聞いたこともないけど?」


 レクは自信満々で答えた解答に、満点が貰えなかったことが不満そうであった。


「睡冠凶竜インドスクスの討伐で、もっとも効率的に狩れる方法は、遠距離から睡眠薬を仕込んだ矢を撃ち込むことだ。あいつは自身が睡眠を誘発させてくるから、睡眠に耐性があると思われがちだが、一般的な凶竜よりも、かなり睡眠に対する抵抗値は低い。これは、俺が何体も狩る際に実験して確かめたことだから、デマ情報じゃないぞ。睡眠でインドスクス寝かして、その間に周りにたむろっているモノニクスを狩り、拘束罠と問題の鶏冠頭骨を吹き飛ばす爆薬をセットすれば、後は集中攻撃で楽に一丁あがりという算段さ」


 イェスタの提示したインドスクスの討伐法にレクを含め、猟団長をしていたローランドも驚きを隠せずにいた。


 一般的に属性攻撃を行う凶竜は、その属性に対して強力な抵抗値を持つというのが、狩猟者ハンター界隈の常識的考え方であり、その例に当てれば睡眠攻撃を行う、インドスクスも睡眠に対して、高い抵抗値を持っているはずという先入観をイェスタの発言は覆していたのだ。


「馬鹿な。そんな話はワシも聞いたことないぞ」


「言う訳ないだろ。これは、俺が見つけた最適な狩猟法だしな。知ってるのは華麗なる獅子王スプレンディッド・ライオンキングの中でも一部の狩猟者ハンターだけだし。特別にお前らには、教えてやってもいいと思って、伝授することにしたんだぞ」


 イェスタの狩猟方法が外部に広まっていない理由は、狩猟成果を競うことで猟団の格が決まることにも起因しており、こういった凶竜の攻略法は各猟団が厳重に秘匿し、外部に広まるのは、知っている者が他の猟団に移籍した時のみであるのだ。


 それほどまでに、各猟団は凶竜の狩猟方法を厳重に管理して拡散しないようにしていた。


「イェスタ猟団長の秘伝の狩猟方法を僕たちに……。凄い、これなら簡単に狩れるんですね」


「ノエルがヘマしなければな。狙撃の腕はボチボチだから、きっとやれると思うが」


「お食事中とかだったら、きっと当てられると思いますわ」


「外したら、もれなく、睡眠音波でみんな仲良く餌になるわけだがな」


「ひぎぃいい! イェスタ猟団長のプレッシャーが半端ないんですけど!」


「信じられない。睡眠攻撃するのに、睡眠に弱いだなんて……」


 新たに提示されたインドスクスの討伐方法に、猟団のメンバーはそれぞれが驚きや疑問、混乱を引き起こしており、営業前の酒場は喧騒に包まれていく。


 そんな中でも喧騒を発生させた当人であるイェスタは、淡々と講義を進めていくようであった。


「あー、うるさいから黙るように。とりあえず、攻略法としてはさっき言った通りにやれば、今の俺たちでもかなり簡単に狩れる。インドスクスは討伐難度★★★だし、鱗や牙、鉤爪もそれなりの値段で引き取ってもらえる。使用する睡眠矢と拘束罠、爆薬の経費を差し引いても結構な儲けが出ると思うぞ。そうだよな? ローランド」


「あ、ああ。狩猟褒賞金と素材売却代でかなりの黒字が出ると思うぞ」


 ハンターギルドは既存の凶竜ごとに討伐難度を認定しており、討伐すると難度に応じた報奨金が猟団に支払われることになっている。


 イェスタは、こうした中型の狩りやすい凶竜を優先して狩り、報奨金と素材売却金を元手に装備を整えて、後半戦に大型凶竜へ挑む予定をしているのだ。


 希少で討伐の難しい大型凶竜は、失敗する確率も高いので、中型凶竜を確実に狩って、狩猟成果を積み上げる猟団も存在しているし、逆に大型のみを狙って、狩猟期の間中、大陸各地を移動して回る猟団も存在していた。


 何を討伐するかは、猟団が自由に決めてよく、猟団が唯一、強制的に参加させられるのは、所属都市の防衛戦だけで、大型凶竜が都市を攻撃すると予測された際は、ハンターギルドから緊急案件として防衛を命じられることになっているのだ。


「まぁ、討伐難度こそ上がるが、レクも言った通り、インドスクスは鶏冠頭骨さえ壊せば、鶏の化け物に似たモノニクスに毛が生えた程度の攻撃だから、レク、ヴォルフ、ヨランデで囲んで、俺とノエルが援護に回れば直ぐに狩れるはずだ。インドスクスの討伐に関して以上。次行くぞ」


「ちょ、ま、待ってくださいよ。それは、私に全責任がぁ」


「あー、異議は認めないからな。さぁ、次は尖角凶竜ゼインロングだ。これの攻略法は分かる者いるかー」


 インドスクスの討伐において、多大な責任を負うことになるノエルが顔を蒼くして震えていた。


 そんな彼女を無視するように、イェスタは次の凶竜の講義を始めていく。


「尖角凶竜ゼインロングって、巨大な馬みたいな体躯に立派な角持った凶竜ですよね。角が確か結構高価な値段で取引されるとか聞いてます」


 渡された資料に、伝授された狩猟法を必死に書き込んでいたヴォルフが、イェスタの問いかけに対し反応して答えた。


「ヴォルフの言う通り、コイツの角は王都で装飾品に使われるから、高値で取引されてる。だが、俺はコイツの攻略法を聞いてるんだぞ。ヴォルフ」


「あ、はい。すみません。でも、こいつらは群れで行動するはずですよね? 攻撃性は低いとかって聞いてますよ。だから、一体ずつおびき出して集中攻撃とかで行けるんじゃないんですか?」


「それをやると、ヴォルフは身体中に尖角凶竜ゼインロングの角で開けられた穴だらけになるな。いいか、よく聞いとけ。彼らは四足歩行の肉食凶竜、体長は約4バルメ、現在ハンターギルドが確認した角凶竜の中で最も古い種だ。腹部に7つの胃石を収め、呑み込んだ草や人間を胃石で磨り潰し栄養にかえていく。あいつらが群れているのは、身内に危機が迫った時にお互いに協力するためだ。だから、一体でも攻撃したら、周り全部が襲いかかってくるぞ」


 穴だらけになると宣告されたヴォルフがグッと息を呑んだ。


 ヴォルフと同じような狩猟を行った猟団が、尖角凶竜ゼインロングの群れによって、壊滅的打撃を受けたことは、ハンターギルドの訓練校の教範本にも載っているほどの禁則事項であるのだ。


「このままだと、俺らの猟団はハンターギルドの教範本に、狩猟の大失敗事例として載ることになるぞー」


「まぁ、馬が巨大化したような凶竜だから、足を奪えばそこまで脅威にならないんじゃないかと、オラは思うぞ」


 黒板に描かれた尖角凶竜ゼインロングの姿を、腕組みして見ていたヨランデが呟いていた。


「それだと半分正解で、半分不正解だな。足を奪う方法は? 肉弾戦挑むか? あいつらの突進はまともに受けると骨もっていかれるぞ」


「地形を使うじゃないか? あいつらは攻撃してきた対象を追いかけてくる。巨大な落とし穴になりそうな地形を近隣で探して、その上を通過させて下に落とす。そうすれば、得意の足も角も封じられるだろ。そうなれば、巨体を持て余した尖角凶竜ゼインロングは起き上がってこれないだろ?」


 カウンター席で考え込んでいたレクが、イェスタに答えを求めるように、自分の考えを喋り始めた。


「ほぅ、正解だ。落とし穴に落としてやれば、あいつらはほぼ完封で勝てる。ただ、地形の選択と、落とし穴の強度だけはしっかりと見極めないと、最悪一緒に墜ちるからな。ちなみに、俺は一度だけ一緒に落とされたぞ。だから、ヴォルフ、頑張れ」


「ええ!? 僕が囮役ですか!?」


「お前以外、誰がいる? 俺はこの足だし、ノエルとヨランデは持久力ないし、レクはトドメ刺す役目とこれば、残る選択肢は……分かるだろ」


 尖角凶竜ゼインロングの攻略法を皆に伝えたイェスタは、ヴォルフの方へ向けて、邪悪そうな笑顔を浮かべていた。


 その笑顔を見たヴォルフが、ガクガクと震えて、左右にいるメンバーたちの顔を覗き込もうとするが、誰一人ヴォルフに目を合わせようとしなかった。


「ひえぇええ! ほ、本気ですか!」


「まぁ、心配するな。仮に一緒に墜ちたら、後から引き上げてやるから安心しろ」


「イェスタ猟団長の言ってることが不穏すぎます。僕はご辞退させて――」


「よーし。尖角凶竜ゼインロング戦のオーダーは、囮がヴォルフ、罠発動が俺とノエル、トドメ役がレクとヨランデなー」


「ちゃんと聞いて下さいよ――」


 このあと、二体の中型凶竜を狩るための細々とした注意点がイェスタから、申し送りされることになったが、睡冠凶竜インドスクス戦で睡眠矢を狙撃する役目のノエルと、尖角凶竜ゼインロング戦で囮として走るヴォルフの二人が、心ここにあらずといった顔で、話を聞いていたのであった。


 数日後、イェスタたちはラッザリ家の三人に見送られて、討伐用の道具を満載した荷馬車を駆り、まずは睡冠凶竜インドスクスの生息地である、五〇バルkmほど東へ行ったスナミ大砂漠へ向かうことにした。

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