第41話
―王都、マルセロの邸宅―
幼少期からマルセロと共に暮らし、住み慣れた懐かしい家に足を踏み入れていたのだ。
積年の功績で貴族待遇を得ているとはいえ、
「へぇー、ここがイェスタ師匠の育った家なんですね」
「ヴォルフ。そんな、感慨に耽っている暇はねえぞ。通常でも一ヶ月をかけて討伐の準備する豪炎凶竜ヒドゥンヴラドを二週間で狩らないといけないんだぞ。時間が惜しい」
「イェスタ。装備はうちから持ち出していいぞ。祝儀の前払いにしておいてやる。ルイーズはうちの猟団にとっても大事な職員だからな。あの男から必ず取り返せ」
猟団が会議に使う部屋へ先導しているマルセロもハビエルの考えに激高しており、今回の件に関しては完全にバックアップをするつもりであった。
なんなら、ヨシフを貸し出してもいいとまで思っているのである。
それほどまでに、ハビエルの行った行動はマルセロを怒らせていたのだ。
自身で最高の弟子で息子と同じであると認めたイェスタを馬鹿にされ、侮られたことで、師匠であり、養い親でもあるマルセロの怒りは沸点を越えていた。
「何なら、二週間限定でヨシフを貸し出してもいいぞ。ハンターギルドへの手続きはわしがしてやる」
「マルセロ師匠の助力はありがたいけど。さすがにそこまでは――」
「私はいいですよ。二週間限定で
そう言って、会議の場に入ってきたのはヨシフであった。
「マルセロ猟団長が許可をされるなら、是非、イェスタさんの下で戦ってみたい」
イェスタの一番弟子を自認しているヨシフであるため、期間限定とはいえ、憧れのイェスタと戦えると聞いて、乗り気は充分であった。
「確かにありがたいが……。ヨシフが加わるなら、成功率は格段に上がる。マルセロ師匠、ヨシフをお借り出来ますか?」
「豪炎凶竜ヒドゥンヴラドを討伐するためなら、貸し出してやる」
「ありがとうございます。豪炎凶竜ヒドゥンヴラドを必ず討伐してみせます」
マルセロの計らいにより、
「現役
部屋の端で話に耳を澄ませていたレクが、入ってきたヨシフに握手を求めていった。
「君がレク君か。腕は立つらしいね。期待してるよ。豪炎凶竜ヒドゥンヴラドはうちでも簡単には狩れない凶竜だからね」
握手を返したヨシフは、レクを品定めしていく。
纏っている雰囲気でレクの実力を察したヨシフはにこやかに握手を続けていた。
「ヨシフのいいところは盗ませてもらうから、文句は言わないでくれよ」
「是非、盗んでくれればいいさ」
レクの方も前季に全
「時間が欲しいから、とりあえず、情報収集から始めるぞ」
イェスタがそう言うと、豪炎凶竜ヒドゥンヴラド討伐に向けての会議が始まり、マルセロの邸宅には夜遅くまで明かりがともされることになった。
―王都、マルセロの邸宅―
数日後、情報収集に励んでいたイェスタたちの下に、豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの発見の情報がハンターギルドよりもたらされていた。
王都より北西に三日ほど馬車で走った先にあるヴァンベルド山脈の火山にて、活動していると報告がもたらされていた。
火山の溶岩をエネルギー源とする豪炎凶竜ヒドゥンヴラドであるが、常は溶岩に身を浸してジッと動かないことが多いが、成長する際に身に纏っている甲殻を脱皮するため、地上に近い場所に這い出してくるのだ。
今回は、その脱皮の時期にちょうど当たったようで、普段は手を出しにくい豪炎凶竜ヒドゥンヴラドも討伐しやすい場所に出てくれそうであった。
その報告を受けて、イェスタたちも色めき立ち、会議の席に集まってきていた。
「豪炎凶竜ヒドゥンヴラドが火口から出てきている今しか、討伐するチャンスはないぞ。準備に時間を割くことはできぬ」
「けど、準備不足のままいけば、相手はあの豪炎凶竜ヒドゥンヴラドだぜ。一瞬で灰にされる可能性もある」
ローランドとイェスタがハンターギルドからもたらされた情報を元に、討伐するための方策を考えているが、相手は難易度の高い凶竜であるため、味方の被害を抑えるか、時間を優先するかで議論になっていた。
そもそも、豪炎凶竜ヒドゥンヴラドは長大な太い尻尾と、背中に熱を吸収するための多数の鰭を持つ、全長一五
背中の鰭で集められた熱を体内で変換して、口から熱線として吐き出したり、尻尾の裏から滴る液体は、地面に触れて空気と接触すると大爆発を起こす厄介な性質を持った物であるのだ。
そのように凶悪な攻撃を行うため、難度指定が高く、また個体数もさほど多くないため、希少な凶竜とされていた。
「火口から離れてくれているなら、【冷感薬】の携行数も減らせる。それに、【凍結弾】、【凍結矢】はわしの馴染みの武器屋から調達できておるだろう?」
「そうは言っても、相手はあの豪炎凶竜ヒドゥンヴラドですよ。マルセロ師匠」
「確かに攻撃は凶悪であるし、高硬度化した甲殻は中々に刃が通りにくいのは分かる。だが、この機を逃せば再び火口に潜ってしまう」
「マルセロ師匠、ローランドのおっさんが言いたいことは分かる。だが、圧倒的に事前準備が足らなさすぎる。こいつらが死なねえようにも考えないといけないし」
イェスタは、特に狩猟経験の少ないノエルとヴォルフにとって、豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの討伐は荷が重いと思われたのだ。
「イェスタ師匠、僕は大丈夫です。大丈夫だから、ルイーズさんを助けるために豪炎凶竜ヒドゥンヴラドを討伐しましょう」
「そうですよ。私も
ノエルは貴族の娘であり、
「情報ではまだ脱皮してませんから、今から出発すれば脱皮直後の豪炎凶竜ヒドゥンヴラドを襲撃できる可能性が高いですよ」
ヨシフもすでに一頭は豪炎凶竜ヒドゥンヴラドを狩っているため、その敵の手強さを熟知している
その彼から見ても、今回は僥倖に恵まれている事態であると察しており、迷う間もなく、直ぐに出立するべきだと判断していた。
「イェスタの心配もわかるけど、ボクらは
「その通りです。僕も一応は
メンバーたちはイェスタの心配をよそに、初めて戦う豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの情報を精査することに勤しんでいる。
現状の猟団の力を考えれば、ヨシフが加入したことと、討伐対象の豪炎凶竜ヒドゥンヴラドが成長するための脱皮期間であるための能力低下を加味し、なんとか勝利をもぎとれそうな算段は付けられているが、今までみたいに楽勝という訳にはいかなかった。
最悪、死傷者が出てもおかしくない相手であることに変わりはなく、そのことがイェスタを決断させる障害になっていた。
ルイーズの件は自分のわがままであり、猟団のメンバーたちを巻き込んだという気持ちもあり、イェスタとしては死ぬ可能性のある狩猟に巻き込むことへの罪悪感が強いのだ。
そんな、イェスタの気持ちを察した、ローランドとマルセロがイェスタの背をバシンと叩いた。
「いてえ、何を!?」
「迷っている暇がないと、言っておろう。わがままでいい。最善を尽くせ」
「ローランド殿の言う通り」
「……分かった。皆、すまないが俺に力を貸してくれ。危険が無いと言えば嘘になる危ない狩猟だ。しかも、俺自身のわがままに付き合わせている自覚もある。その上で頼む、俺を助けてくれ。頼む」
イェスタは自らの内心を余すことなくさらけ出し、メンバーたちに助けを乞うた。
「師匠をお助けするのは、弟子の仕事ですから、気にしないでください」
「これはイェスタが、ボクのために
「オラもレクとノエルが心配だから手を貸す」
「ひぎぃ! めちゃくちゃ怖いけど、イェスタ猟団長ならきっといい狩猟法を考えてくれると思うから、手伝います」
「みんな、イェスタさんのことは信頼してるみたいですよ。ちなみに私も信頼してますからね」
ヴォルフ以下、メンバー全員が拒否することなく、豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの討伐に参加する意思表明をしてくれていた。
「みんな……すまない。力を借りるぞ」
イェスタもまた自らの力だけでは討伐できないことを知っており、助力を申し出てくれたメンバーたちに感謝の気持ちをいだいていた。
「ならば、早速積み込みを開始せねば、夜には出立しないと時間が足らぬぞ」
ローランドの号令で、慌ただしく豪炎凶竜ヒドゥンヴラド討伐への準備が開始され、予定通り夜には、物資を満載した馬車が王都から北西にあるヴァンベルド山脈の火山に向けて走り出していった。
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