第40話

 ―王都、テルジアン家―


 王都の大商会であるテルジアン家は、大きな敷地の邸宅を構え、門には体躯の良い守衛二人が常時立って、テルジアン家に害を為そうとする者が無いよう眼を光らせていた。


「当主に会わせろ! 俺は辺境の狩猟者フロンティア・ハンターの猟団長のイェスタだ!」


 守衛が屋敷に突入しようとしているイェスタに、追いかけてきたマルセロを含む猟団のメンバーたちを押さえ込む。


「イェスタ師匠! 抑えて下さい。ここで暴れると、ハンターギルドから資格停止処分がでますよ」


 守衛に喰ってかかっているイェスタを、必死で引き剥がそうとするヴォルフであった。


 だが、イェスタの力は強く、マルセロと二人がかりでようやく押さえ込むことに成功していた。


「馬鹿者。慌てるな。お前ひとりが先走ってどうする。この件はわしもルイーズから頼まれておるから、お前の力になってやるから、落ち着け」


「けど、ルイーズが!?」


「すまん。うちの弟子が騒いで申し訳ない。ご当主のハビエル殿にマルセロが会いに来たと伝えてくれぬか?」


 イェスタを引き剥がしたマルセロは、守衛の方へ向くと、当主であるハビエルに面会を求めた。


 マルセロの名を聞いた守衛は、すぐさま門の奥へ入り、しばらくすると全員通すようにハビエルから言われたと言い、一行はテルジアン家の屋敷の中へ守衛の先導で入っていた。



「ふぇええ! さすが、大商会……調度品もオラの家とは比べ物にならんなぁ」


「ヨランデ、あれって数百万ガルドはする壺よね?」


「んんっ! 二人とも貴族の端くれの癖に庶民じみているよ。見ているボクの方が恥ずかしくなる」


 高価そうな調度品が品よく並べられ、柔らかい毛で織られた絨毯は、自然に歩く者の音を消して、屋敷の中に静謐さをもたらしていた。


「こちらでございます」


 玄関で守衛から先導を引き継いだ執事の一人が、応接間と思しき場所で立ち止まると、ドアを開けていた。


「これは、マルセロ殿と辺境の狩猟者フロンティア・ハンターの皆様方、ちょうどこちらからご招待しようと思っていた所なのですよ。どうぞ、おかけください」


 応接間の中にはすでにハビエルとルイーズが待っており、入室してきた者たちへ席を勧めていた。


「すまぬが、単刀直入に言わせてもらうぞ。ハビエル殿、ルイーズの婚約は取り消して欲しい。そして、わが養子にする予定のイェスタの嫁として縁組をさせてもらえぬであろうか?」


 席を勧められたマルセロは間髪入れずに、イェスタとルイーズの縁組を申し出ていた。


 しかも、イェスタを自らの養子にするとまで表明しているのだ。


 不意を突かれたハビエルとルイーズ、そしてイェスタや辺境の狩猟者フロンティア・ハンターのメンバーたちまでが呆気に取られた顔をしている。


「マ、マルセロ殿。気でも狂われたか? そのイェスタは貴方自身が追放した厄介者のはず、それを養子とは……。それに、そのイェスタに我が家のルイーズを嫁がせろと申されるか?」


 怜悧さのみが強調され、およそ人としての感情を表に出さないハビエルも、マルセロの言葉にはさすがに驚きを隠せないでいた。


 王都の大商会テルジアン家の令嬢が、猟団長をしているとはいえ、一介の狩猟者ハンターの嫁になるなど、ハビエルの頭の中には一切考えの及ばない提案であったのだ。


「マルセロ師匠……」


「イェスタは黙っておれ。これは親としてわしがやるべき案件だ」


「マルセロ猟団長……」


 普段の質素な営業の服とは違い、貴族の令嬢らしく豪奢なドレスで着飾っていたルイーズもマルセロの言葉に涙を浮かべて震えていた。


「それは、できませぬ。すでにルイーズの輿入れは決まっておりますので、その約束を反故にするわけにはいきませぬぞ。商人は信義が大切なのです。それよりも私はローランド氏にお尋ねしたいことがありましてな」


 一瞬驚いたハビエルであったが、マルセロの提案を無視するように、自らの目的を遂行するための質問を優先していた。


「ワシですか? はぁ?」


 急にハビエルから指名されたローランドがポカンとした顔で答える。


「ええ、実はこのルイーズが亡き父上を介して、我が商会の資金を貴殿の猟団に出資しておられたのだが、そのことを知っておられたのかお聞きしたい」


「ん? ルイーズ殿からの出資ですか? 我が猟団への出資は頂いておりませんが……」


 ローランドはルイーズの方を向いて、顔を確認しているが、心当たりがないようで、首をひねっていた。


「では、クライスト商会という名に記憶はありますかな?」


 ハビエルが呟いた商会の名を聞いたローランドの顔がピクリと動く。


「ほぅ、その反応。記憶にあるようですな」


「わが猟団の新規スポンサー様ですが……」


「実は、調査したところその商会へ父上から資金が流れておりましてな。資金額は五億ガルド、そしてその出資金の担保者に我が妹のルイーズの名が書かれていたのですよ」


 ハビエルが辺境の狩猟者フロンティア・ハンターに流れた資金がルイーズとロシェを通じて出資されたものであると断言していた。


「ルイーズ。それは本当なのか?」


 イェスタが事実を確かめるためにルイーズの方へ視線を向けた。


「ごめんなさい……。イェスタがせっかく公式猟団に戻ってくれたのに、ローランドさんの猟団の財務は一季もちそうにないほど悪化していたから……。父上にお願いをして……こんなことになるなんて思わなかったの」


 マルセロの猟団で財務担当者として、辣腕を発揮しているルイーズにしては、お粗末すぎる結果になっているのだが、常に冷静に商談を重ねてきていたルイーズの判断力を曇らせたのは、きっとイェスタの存在であった。


 彼をマルセロの猟団に戻すためには、最低でも一年は猟団長を続けてもらい、その結果で復帰を後押しできればと思ったのだ。


 実際、ルイーズの資金援助がなければ、イェスタが今月あげた成績による報奨金も借金返済で消費され、元金が減らないまま、途中で資金が枯渇するのが目に見えていたのである。


「ローランド。本当なのか……うちがヤバイのは?」


 財務状態が良くないのは気にしていたが、そこまで悪化していたとは気付かなかったイェスタが、ローランドの顔を見て確認している。


「あ、ああ。シーズン前にスポンサー集めに奔走してクライスト商会から打診があった時は、かなり追い込まれていたのだ。ワシがためこんだツケが膨れ上がって猟団の資金は火の車だったのは事実だ」


 三人のやり取りを見ていたハビエルが唐突に拍手をし始めた。


「残念ながら、今回のルイーズの輿入れは、その五億ガルドの損失補填だ。担保主でもあるからな。それとも、イェスタ君が私に五億ガルドを返済してくれるかね?」


 ハビエルは、自分が優位に立ったことを察すると見下したように周りの者を見回している。


 五億ガルドとなれば、王都でトップクラスの猟団長であるマルセロですら、個人では用意するのは、厳しい額であり、イェスタに至っては財産と呼べるようなものは何一つ持ち合わせていないのである。


「五億ガルドの損失補填だと……自分の妹だろ」


「妹だからこそ、商品価値があるのだよ。ルイーズ自身が査定している額であるしな」


「ごめん……イェスタ……」


 自らの失態にイェスタの顔を直視できないルイーズは床に目を落としていた。


 その場にいた皆が沈黙する。


 ハビエルはしてやったりと思い、薄ら笑いを顔に貼り付けて、意気消沈する皆を見ていた。


 そして、自らの目標達成を感じ取ったのか、嬲るような口調で軽口を飛ばしてきた。 


「フフフ、そうだな。イェスタ君の猟団が豪炎凶竜ヒドゥンヴラドを討伐して、その逆燐を進呈してくれるというなら、ルイーズの件を再考してもいいが。まぁ、君等の猟団では狩れぬ凶竜であったな。すまん、聞き流してくれたまえ」


「いいよ。豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの逆燐の納品依頼承った。ボクらが狩ってハビエルさんに進呈すれば、イェスタの想い人のルイーズさんを解放してくれるんだろ。だったらやるさ。そうだろ? イェスタ猟団長!!」


 話を黙って聞いていたレクが、ハビエルが口にした軽口を真に受けて、猟団への納品依頼として受け取っていた。


「な!? レク! お前馬鹿か! 俺たちの猟団が豪炎凶竜ヒドゥンヴラドなんて狩れるわけねえだろ! 実力を考えろ」


 ハビエルが提案した突拍子もない提案に対して応じたレクに、イェスタは焦り、返答を聞いたハビエルが笑い始めた。


「ハハハ、面白いことを言ってくれる。三部の最下位だった猟団が、マルセロ殿の猟団でも手こずる豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの希少素材を持ってくることなどできるはずが……」


「やってみなければ、分からないだろう。それにダメだったら、そのままルイーズさんを身売りすればいい。どっちに転んでもハビエルさんには損はないと思うけど?」


 レクの言葉にハビエルの眉がピクリと動く。


 商売人であるハビエルにとって、リスクの低い取引は、一考に値する提案に思えていたのだ。


 実質、イェスタに嫁に出すにしても、南部の貴族の正室に出すにしても、テルジアン家からの追放になると算段して、食指が動いている様子であった。


「豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの逆燐か……確かに相場で捌けば七億ガルドは固い。期限を切れば、リスク回避もできるな……」


「無茶よ。そんなことしたら、死人が出るわ。やめて!」

 

 兄が提案した無茶な納品依頼に対し、ルイーズが叫ぶように制止する。


「僕はイェスタ師匠の決断に従いますよ」


「まぁ、オラもそれでいい。危なそうなら逃げるけど」


「ひぎぃい! 怖いけど、それ以上に女性を家の道具にするなんて許せない」


 巻き込まれただけの三人も、ハビエルの態度に反感を感じているようで、豪炎凶竜ヒドゥンヴラド討伐を支持しているようにも思えた。


「お前ら、自分たちが何を言っているのか理解してるのか? 相手は豪炎凶竜ヒドゥンヴラドだぞ!」


 イェスタは豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの討伐に参加したことがあり、その困難さを理解しているため、メンバーの無謀さを制止する側に回っていた。

 

「面白い! ならば期限は今より二週間。それまでに私の下に豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの逆燐を納品すれば、ルイーズをくれてやろう」


「待て、俺はそんなこと言ってな――」


「よし。みんな、準備に入ろうか。ボクの名もこれで上がるよ。この大物狩りビック・ゲーム・ハンティングを成功させてみるさ」


 レクは腕をグルグルと回しながら、やる気に漲った顔をして、今にも部屋を出ていきそうになっていた。


「よし、わかった。装備一式はわしの方で貸し出してやる。あとでキチンと請求書は送るがな。一級のものを用意してやるぞ。任せておけ」


「マルセロ師匠!」


 すでにマルセロも豪炎凶竜ヒドゥンヴラド討伐の助力をしようと部屋を飛び出そうとしている。


「イェスタ、本当にやるのか? ワシは是非ともやってもらいたいが……死なないよな?」


「んなの。俺が分かるか! だぁあああああああ!! 分かったよ! やればいいんだろうが! くそ、死ぬ目に合っても恨むなよ! ハビエル! お前はその約束違えるなよ! 二週間以内にキッチリと豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの逆燐を納品してやるから、楽しみに待っていろ!」


「イェスタ……無理よ。絶対に死んじゃうわ……お願いやめて……お願いだから」


 豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの討伐の大変さを知っているルイーズは、イェスタの猟団の実力ではマルセロの猟団から装備を借りたとしても討伐は不可能に近いと判断していた。


 下手をすれば、全滅して全員が死亡する可能性もある無茶な討伐であるのだ。


「ルイーズ! 俺は絶対に迎えに来るから、待ってろ! お前を他の誰にも渡さねえから、少しの間だけ我慢してくれ」


「雑魚猟団が吠えてくれるわ。お前らは豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの討伐に成功することなど、万に一つもあるまい。とっとと尻尾巻いて逃げればよいものを」


「ハビエル。俺を舐めるんじゃねえぞ。狩猟者の栄誉ハンターズ・オナーの授与者の力を見せてやるよ。それに、俺には最高の猟団員たちがいるからな。チームの力ってのは、いくらでも強くなるんだぜ」


 狩猟を決断したイェスタは、ハビエルに指を突き付けると、納品依頼を達成すると大見得を切った。

 

 難度★★★★★の豪炎凶竜ヒドゥンヴラドを討伐できる保証はどこにもないが、イェスタは自分の持つ知識と経験、そして猟団の仲間の持つ力を最大限に引き出して、未踏の領域の狩猟を成功させようと燃え立った。


「吠えるのだけは一人前だな。楽しみにしておくぞ」


「イェスタ……」


「直ぐに会議するぞ。マルセロ師匠、自宅貸して下さい」


 イェスタたちは、すぐさま討伐の準備に入るために、テルジアン家を出ると、マルセロの自宅に向かった。

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