第39話

 ―王都、ハンターギルド―


 ハンターギルドの奥にある、狩猟と繁栄の神ヴリトラムの大神像が見守る静謐な広間に男女六人の姿があった。


 尖角凶竜ゼインロングを討伐したことにより、イェスタの辺境の狩猟者フロンティア・ハンターは、三部ランクの月間の最優秀猟団に選出され、猟団のメンバー全員とハンターギルドの大広間にある神殿に来ていたのだ。


「いやーローランドさん。素晴らしい成果を出されてますな。王都も辺境の狩猟者フロンティア・ハンターの話で持ち切りですぞ」


 大広間の静寂を破って現れたのは、ハンターギルドの統括部長ファルマ、その人であった。


「これはファルマさん。すべて、イェスタ猟団長とメンバーたちの頑張りで、ワシは特に何もしておらぬのですよ」


 ファルマは額の汗をハンカチで拭いながらも笑みを浮かべ、イェスタたち一行に応対していた。


 だが、そのファルマはどこか落ち着きがなく、イェスタたちに向ける笑顔の中に逡巡している様子がチラホラと見受けられた。


「あ、あの……三部の月間最優秀猟団として本日はお呼びしているのですが……実は……」


 何か隠しているのか、ファルマはとても言いにくそうにして、視線をローランドたちに合わせないようにしていた。

 

 明らかに何か隠しているのだが、ローランドたちはファルマの様子がおかしいと気づいた。


「ファルマ殿? 何か別件の用事でもありましたかな?」


 ローランドがファルマに水を向けるように喋りかけると、意を決したファルマが声を潜めて喋り出した。


「実は、今回の呼び出しは、テルジアン家の新当主ハビエル殿からの辺境の狩猟者フロンティア・ハンターの運営資金に関する重大な疑義があるとの報告を受けましてな。統括部長として真相を確認せねばとお呼び立てしたのです」


「ワシらの猟団の運営資金ですか? 今季が始まる前に新しいスポンサーから資金提供を受けて、資金は充足しておりますとご報告申し上げたではないですか」


 ローランドは、呼び出された理由が猟団の月間最優秀表彰だと思っていたため、ファルマの質問に驚いてしまっていた。


 新規のスポンサーから、三部の最高狩猟成績を取ることを条件に出資こそ受けていたが、それが王都の大商会テルジアン家の当主から突かれるいわれが全く理解できないでいたのだ。


 ローランドの驚いた様子を見たファルマは、イェスタに大広間の説明を受けている、彼の猟団のメンバーたちに聞こえないように、ローランドの耳元で囁くことにした。


「実は、お宅の猟団に流れた新規スポンサー料。実は前テルジアン商会会頭だったロシェ氏が、商会の資産から不正に融資していた資金らしいのですよ。その件で現会頭のハビエル氏からハンターギルドに問い合わせが入りましてね。今回、こうして貴方がたをお呼びしているのです。本来なら、ローランド殿だけ呼んで聞けばよろしいんですが、実はマルセロ殿から全員呼べと通達がありまして。私としても、よく事態が把握できていないのですよ」


「なんですと!? た、たしかに聞いた事のない商会がうちに新規出資金として五億ガルドを出してくれていますが……。そのようなお金だったとは、聞いておりませぬ。それに出資をしてくれた商会はテルジアン家とは取引がなかったはず」


「ローランド? 何かトラブルか? このあと受賞のレセプションあるんだろ? 俺たちは先に行っておこうか?」


「あ、ああ。そうだな。そうして――」


 猟団がとんでもない事態に巻き込まれていると悟ったローランドは、イェスタたちに余計な心配をかけさせまいと、この場から遠ざけようとした。

 

 だが、その目論見も大広間に入ってきた男によってもろくも崩れ去っていく。


「ローランド殿、それには及ばんよ。久しいなイェスタ」


 大広間に入ってきたのは、華麗なる獅子王スプレンディッド・ライオンキングの猟団長で、イェスタの師匠であるマルセロであった。


 希少な生地で仕立てられた服を着た髭の生えた凛々しい壮年が、イェスタを厳しくも温かな感情のこもった視線で見ていた。


 その目は、イェスタが幼少の時から、常に自分に向けられている狩猟者ハンターとしての師匠の視線であり、育ての親の視線でもあった。


 師匠と対面したイェスタは、ハンターギルドでの一件を忘れたかのように姿勢を正して一礼をする。


 自らが猟団長となり、メンバーを成長させていく役目を負ったことで、自分がどれだけ師匠であるマルセロに期待と心配をされ、そして、甘やかされていたのかをイェスタは、猟団長になったことで感じ取り始めていたのだ。


 そのため、数年前に自分を猟団から追放したマルセロが、伝えたかったことの一部が見えて来てもいた。


 それは、イェスタ自身に人を育てる力が備わっていることを、師匠であるマルセロは見抜いており、手足を失い、自らが第一線で狩猟をできなくても、仲間とともにであれば、今まで以上の結果を出せるのだと気付かされていた。


「マルセロ師匠、ご無沙汰しております。この前のハンターギルドでの発言は申し訳ありませんでした。アレは俺の弱い心が張った虚栄心から出た言葉です」


「お前らしくないな。あれだけわしに噛みついたのだから、キッチリと結果を残せ。そういえば、弟子を取ったらしいな。お前みたいな半端な師匠を持つと弟子が苦労するだろうが、わしの教えたことの半分でもいいからキチンと伝えろ。それが、馬鹿弟子の務めだからな」


「はい、マルセロ師匠の教え、キッチリと俺の弟子のヴォルフに受け継がせます」


 イェスタはマルセロの前に進み出ると、師に対する礼として跪いて拝礼を行った。


 その様子を見ていたヴォルフもイェスタの後ろに同じように跪き、拝礼を行う。


「君がヴォルフ君か。例のガル・ラーシャンの時の子供だと聞いて、わしも驚いている。至らぬ弟子であるイェスタを師とするなら、苦労が多いだろうが、しっかりとやってくれ。頼むぞ」


「は、はい。イェスタ師匠とマルセロ大師匠の恥にならぬよう誠心誠意頑張らさせてもらいます」


 マルセロはヴォルフの前に歩み寄ると、その頭を優しく撫でていく。


「時にイェスタ。お前もいい歳だし嫁取りをする気はあるか?」


 マルセロの唐突な発言に、大広間にいた者たちからざわめきが拡がっていった。


「マルセロ師匠! 言ってる意味が分からないのですが!? 嫁とか」


「じゃあ、質問を変える。ルイーズを嫁にする気はあるか?」


「なんでそこでルイーズが出てくるんですか? 彼女とは別に何も」


「実は、ルイーズが無理矢理、嫁に出されかけて――」


 マルセロがルイーズのことを言いかけた瞬間、イェスタが大広間から飛び出していった。


 そのあまりの素早さに、その場にいた皆が呆気に取られ、誰一人、イェスタの後を追う者がいなかった。

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