第8話

 ―数日後、プリムローズの酒場の二階―


 王都より帰還したイェスタは、プリムローズの酒場の二階に一室を借りて生活を始めていた。


 すでに今季の狩猟は終盤の時期に入っており、各猟団が来季へ向けての準備を始める期間に差し掛かってきている。


 来季、猟団長として辺境の狩猟者フロンティア・ハンターを率いることになったイェスタは、ローランドから引き継いだメンバーたちの経歴表と、にらめっこして来季の構想を練っている最中であった。


「レク、ワーウルフの二四歳で太刀使い。猟団唯一のBランク狩猟免許保持者か。Bランクの割に狩猟実績が安定しないのは、ムラッ気がかなり強い男かな。酒場でもなんかヘラヘラとしてたし、エースとしての自覚は無さそうだな。だが、こいつの腕は狩猟には必要になってくる。上手く乗らせて主力を担ってもらわないとな」


 イェスタはローランドが渡した資料を一枚めくる。


「ヨランデ・エック、巨人族の二〇歳で槍使い。Cランク狩猟免許だが、巨人族で槍使いなら前衛での攻撃吸収役で狩猟成果が低くなるのも仕方ないな。こいつを前衛起点にレクが攻撃を担うようにすれば、かなりの狩猟成果が出せるはずだがな。なんで、この程度になっているのか理解しかねるぞ。ヨランデにはしっかりと凶竜からのヘイト管理を学ばせるか」


 メンバーの編成に思考を巡らせながら、イェスタは資料を更に一枚めくっていく。


「ノエル・ルメルシェ、人族の一八歳で弓使い。女性狩猟者ハンターのやつだな。Eランク狩猟免許……!? 狩猟者ハンターになってすでに三年経過しているのに、まだ初心者クラスのEランクか……。よく、こんなのを雇ってるな。普通なら解雇クラスの狩猟実績だろ。後衛の主力としてかなり力不足過ぎる。こいつに任せるよりも、俺が後衛で重弩使った方が成果は安定するだろうな。裏を返せば、こいつが育たないと、この猟団の狩猟実績がこれ以上増えるのは難しいぞ」


 問題点を発見したイェスタは、資料に書き込みを入れていくと、最後の一枚をめくる。


「ヴォルフ、人族の一五歳で片手剣使いか。酒場で俺の狩猟免許を拾って、厄介事を持ち込んだ小僧だな。なっ!? 今季公式狩猟成果ゼロだと! 猟団に所属して狩猟に出ているのに、狩猟成果を出せない奴なんて初めて見たぞ。普通は駆け出しでも小型凶竜の一体くらいは、狩るはずなのにゼロとは……。しかも、前衛の片手剣使いなのにゼロだと……。こりゃあ、ノエルの比じゃないほどの問題点だな。完全に存在意義が見出せない奴になり下がっているぞ。ああ、なんだよ。この猟団はお荷物と問題児しかいねえのか……」


 資料に目を通し終えたイェスタが、ベッドの上で頭を掻きむしっている。


 自分がかつて所属していた猟団とは、似ても似つかぬ状況の猟団だということを認識したことで、途方にくれていたのだ。


 所属メンバー質、量ともに、かつての所属猟団とは雲泥の差であることを再認識して、それでも結果を残せるように思考を猛烈に動かし始める。


(レク、ヨランデ、俺のラインで凶竜への主攻撃を担って、実力の劣るヴォルフとノエルは側面支援というのが理想の形だな。欲を言うと、あと二人くらいそれなりの狩猟者ハンターが欲しいが、ローランドの懐の様子を見るに、これ以上のメンバー増員は厳しそうだしな。今いるメンバーを鍛え上げるしかねえか。となると、ヴォルフとノエルの育成は急務だな)


 イェスタがベッドで今後の取り組みを考えていると、部屋のドアがノックされた。


「誰だ?」


「エリスよ。もうお昼だし、おばあちゃんが起こして来いって言ったから呼びに来たの。御飯の準備もしてあるから早くきてね」


 ドアをノックしたのは、ローランドたちの孫娘であるエリスであった。


 ウエイトレス兼猟団の事務を担っているため、イェスタの世話係を買ってでていたのだ。


「ああ、直ぐに行く」


「早く来てね。おばあちゃんはご飯が冷めると機嫌悪くなるからね」


 トトトとエリスが階段を降りていく音が聞こえると、イェスタもベッドから起き出し、衣服を着替えると、さきほどの資料を片手に一階の食堂へと降りていった。



 プリムローズが営む一階の酒場は、昼間は食堂となっており、ガレシュタットの住民たちの憩いの場として繁盛していた。


 ローランドの奥さんであるプリムローズは街の名士でもあり、やり手の商売人でもあるため、猟団の資金はほぼ、このプリムローズの経営する飯屋兼酒場兼宿屋から出資されていた。


 この店の客層は、労働者が大半で、近隣の店の店員や職人などが、昼の休憩がてらにプリムローズの作るご飯を食べに集まって来ていた。


 そんな中、イェスタは資料を手に持ってカウンターの端に座ると、目の前には昼食となる、ふかしたジャガイモとチーズ、パンや肉団子スープといった作りたての食事が次々と並べられていく。


「ご飯喰う時は、何か他ごとするんじゃないよ。食事に失礼だろ。だから、その紙はすぐにしまいな」


 カウンターの奥で忙しそうに料理をしていたプリムローズが、イェスタの姿を見て注意をする。


 飯を食べながら来季の構想を練ろうとしていたイェスタは、彼女の指摘に対し、渋々紙をしまって食事に集中することにした。


「それにしても店はぼろっちいのに、やたらと美味い飯を出すな、ここ。これだけ美味いのは、王都でも中々ないぜ」


「褒めてもタダにはしないからね。きちんとあんたの給料から差っ引いておくつもりだから、しっかりと食べてたっぷりと稼ぎなさいよ」


「そうね。イェスタさんは来季のうちの猟団長だものね。うちの癖のあるメンバーを引き連れて、いっぱい稼いでもらわないとおばあちゃんの店ごと潰れちゃうわ」


 ウエイトレスとして、忙しい店を手伝って、クルクルと忙しそうにテーブルの間を駆けまわっているエリスからも期待を込めた激励が飛ぶ。


 彼女は猟団における雑務全般を請け負っているが、実質運営はローランドがほぼ取り仕切っており、その一部の仕事を手伝っているだけで、大半はプリムローズの店でウエイトレスをしていた。


「稼げるかは微妙なところだな。ローランドからもらった資料には目を通したが、明日の狩猟でメンバーの動きを確認してみてからしか、返答のしようがない。狩猟の成功率は、基本チーム力にかかってくるからな。総合的なチーム力が無かったら結果は残せねえよ」


「そうなの? イェスタさんは狩猟者の栄誉ハンターズ・オナーを五回も受賞した人だから、一人でバシバシ凶竜を狩っちゃう人だと思ってたけど……」


「そんなことができたら、フリーハンターなんてしてねえよ。それに俺はコレだしな」


 イェスタはガル・ラージャン戦で生身を失って、鉄製に変化した右手と右足をエリスに見せていた。


「これに代わってからは、得意の双剣は使えなくなった。今は重弩で狙撃位置から狙うといった後衛専門だ。まぁ、でも前衛でなら、まだレクくらいの仕事をこなす自信はあるぞ」


 イェスタは義手義足なってから、得意武器であった双剣での戦いを諦め、新たな武器を求めて、フリーハンター時代に色々と試した結果、後衛武器である軽弩や弓、そして重弩でなら、手足にハンデを持つ自分でも、大型は無理としても、中型凶竜と戦える自信までは取り戻していた。


 だが、エリスに対して前衛の仕事も出来ると言ったのは、ちょっとしたイェスタの見栄であった。


 利き手、利き足を失っているイェスタの身体能力では、数分間は凶竜の攻撃を捌けたとしても、やがて限界が来て避けられなくなるからだ。


 しかし、後衛であればポジション取りと、凶竜の動きの見極めを使えば、攻撃に晒されることなく、凶竜と対峙できるため、今のイェスタでも十分に戦力になると思われた。


「へぇ、重弩かぁ。あんまりこの街じゃ見かけない武器だよね。この街の狩猟者ハンターって、何だかんだ近接武器好きだもの。おじいちゃんも大剣使いだし」


「というか、辺境の狩猟者フロンティア・ハンターはバランスが悪すぎだぞ。最低構成人数な上に、前衛四人に後衛一人とか何にも考えてないだろ。絶対に」


「おじいちゃんも考えてるんだけどねー。そもそも、この街の狩猟者ハンターが少なすぎるし、ある程度育つと、資金力のある中堅猟団に移籍しちゃうから仕方ないの。レクみたいにBランクまで、この街で狩猟者ハンターしてる人は珍しいのよ。だからこそ、おじいちゃんも目を掛けているんだけどね」


 昼食の混雑が少し解消し始めたので、手の空いたエリスがカウンターにまで来て、食事をしていたイェスタの横に腰を掛けた。


 職員として自分も運営に関わっているため、祖父の猟団の行く末が気になってしょうがないようだ。


「移籍か……まぁ、狩猟者ハンターとしては実績を認めてもらえて、より良い待遇の猟団に移るのも一つの評価だしな。自らの命を賭け金に、日々、凶竜と戦う身であれば、なおさら生活が充実した猟団へ移籍することも止められないだろうさ」


「そうなのよね。うちは資金力ないから、ノエルやヴォルフみたいな子に声かけて維持するしかないのよね」


「すみません、すみません。役に立てなくてすみません」


 スッとエリスの後ろに現れたヴォルフが、先程の二人の話を聞いていて、何度も頭を下げて謝っていた。


(こいつ、いつの間に現れやがった。全然気配を感じられなかったぞ。変な小僧だ)


 イェスタは急にエリスの背後に現れた、ヴォルフを見て驚いていた。


 凶竜へのトラウマから、気配に敏感過ぎると、師匠に言われた感覚を鈍らすために、普段から酒の力を借りて鈍らせていたが、今回は素面なのにイェスタがヴォルフの気配を知覚できなかったのだ。


「あ、ああ。ヴォルフか。今日はローランドに訓練をしてもらう日じゃなかったか?」


「ああ、そ、その。訓練は休憩です。飯食ってこいってローランド猟団長に言われました」


 ヴォルフがモジモジとした感じで答えていると、エリスが思いっきり背中をバシンと叩く。


 同じ年ということもあり、エリスもヴォルフのことを気にかけているようで、二人並んでいると姉弟のようにも見えた。


「ハッキリ喋りなさい。ハッキリ。もごもごしない。ご飯食べに来たんなら、ここに座んなさい」


 エリスが今まで自分が座っていた席をヴォルフに譲った。


 けれど、ヴォルフは譲れた席を見てモジモジとしていたままであった。


「え、あ。イェスタさんがご迷惑なのでは……」


「あ? 別にいいぞ。俺は隣で誰が飯を喰おうが気にしない」


「本当ですか! じゃあ、ここで食べます。プリムローズさん、僕にも同じのを下さい」


 イェスタの隣に座ったヴォルフは緊張している様で、チラチラとイェスタの方へ視線を向けているものの、視線が合いそうになると、眼を逸らしていた。


 飯を食うところをチラ見されているのが、気になったイェスタが、ヴォルフの方に身体を向けて話しかける。


「俺の飯を食うところなんて見て、面白いか?」


「す、すみません。すみません。ちょっとというか、めちゃくちゃ気になるんで……。イェスタさんが来季のうちの猟団長とかって、すごい奇跡かと思ってるんです。生きた伝説と言われた、あのイェスタさんに指導してもらえるなんて僕は幸せです」


 ヴォルフのキラキラとした視線にたじろいだイェスタは、義手と義足をパンパンと叩くと、自嘲気味に喋り出す。


「あいにくと、俺はガキを護って、この手足だ。昔の俺じゃねえよ。今じゃ、大型凶竜を狩れるかも怪しい実力だ。まぁ、だが少なくともお前よりは強いと思うぞ」


 ヴォルフはイェスタの手足を見て、顔を曇らせていた。


 なぜなら、実力絶頂の時に彼の手足を奪う原因となったあの時の子供がヴォルフ自身であったからだ。


 そう、ここにいるヴォルフは、あの雨の日にイェスタがガル・ラーシャンから身を挺して守った子供であった。


 あの日以来、ヴォルフは自分を助けてくれたイェスタを神聖視しており、酒場で出会った時には、胸がはち切れそうなほど喜びで溢れてしまっていた。


 そして、来季はともに同じ猟団で狩猟が出来ることとなって、あの日にイェスタから貰った宝物であるガル・ラーシャンの鱗で作られたお守りに感謝の祈りを捧げ、運命の再会を喜びつつも、彼の輝かしい経歴に終止符を打った自らの存在に憂慮も感じていたのだ。


「そ、そうですよね。駆け出しの僕なんかより全然スゴイと思います。なにせ、僕は今季狩猟実績ゼロなんで……アハハ」


 自分の不甲斐なさを敬愛するイェスタの前で誤魔化そうと、愛想笑いを浮かべたヴォルフに対して、イェスタが鋭い視線を送る。


「お前は何の祈りを狩猟と繁栄の神ヴリトラムに捧げて、超越者たる狩猟者ハンターとして認めてもらった?」


「へ? 祈りですか……。えーっと、この地に凶竜を無くしたいですけど」


「ほう、その祈りはよほど強い祈りだったんだな。けど、今のお前じゃ凶竜はいつまで経っても狩れねえよ。本物の狩猟者ハンターなら一年間、狩猟成果ゼロでヘラヘラと笑っていられるほど落ち着いてねえよ。俺も公式記録はゼロだがフリーとしては、小型凶竜含めても三〇頭は今季狩っているからな」


 ヴォルフは狩猟成果のことをイェスタに指摘されると、途端に勢いを失くしてシュンとした顔になる。


 その様子を見ていたプリムローズやエリスが、すかさずフォローに入った。


「でもヴォルフは凄い足が速くて、凶竜の攻撃を避けるのは得意なのよ。それこそ、避けるだけならレクやおじいちゃんより上手いかも」


「そうだね。うちで怪我しないのは、ヴォルフだけだもんね。あたしもヴォルフの逃げ足だけは評価してあげるわ」


「そんな。たしかに避けるのは得意だけど、全然戦ってない訳じゃないですよー」


 逃げ足を褒められたヴォルフが照れたように後頭部をポリポリと引っ掻く。

 

 しかし、隣にいたイェスタの視線は未だに厳しいままであった。


「そんなことは狩猟成果を上げてから言うべきだな。成果が出てない動きは無駄な動きだ。俺が猟団長になったら、無駄な動きをする奴は容赦なく首を飛ばすつもりだからな。狩猟者ハンターを続けたかったら、明日の狩猟で成果の一つも出しておきやがれ」


「あ、はい。が、頑張ります!」


 イェスタは、恐縮しているヴォルフの頭をワシワシと無遠慮に掻きまわすと、昼食を食べることに集中し始める。


 時を同じくして注文していたヴォルフの食事もやってきて、二人して無言でプリムローズの食事を食べることになった。


 運命の悪戯により、共に戦うことになったイェスタとヴォルフであったが、のちにフォルセ王国最高の師弟と呼ばれる二人になるのを今はまだ誰も知らない――

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