第9話

 ―翌日 ガレシュタット郊外の石切り場―


 翌日、イェスタはガレシュタットの街から数百バルメ離れた場所にある、城壁用の石材を切り出すために整備された石切り場に来ていた。


 最近、この石切り場に小型の凶竜モノニクスの群れが住み着いたことが分かり、街から討伐依頼がローランドのもとに伝えられていたのだ。


 すでに今季狩猟も終盤戦であり、大型凶竜の動きが止まる休眠期はすぐそこまで近づいていた。


 その休眠期までに、都市に所属する猟団が一年間で挙げた狩猟成績によって、王国から都市への開発補助金が決まるのだ。


 しかし、ハンターギルドの公式認定猟団二四チームの中で、ローランドの率いる辺境の狩猟者フロンティア・ハンターは、最低の狩猟成績であり、これによりガレシュタットへの王国の補助金は、来季もまた縮減されることが決定されていた。


 そんな事態にも関わらず、ローランド以外の猟団のメンバー達からは、緊張感というものが全く感じられずにいたのである。


「今日はワシの引退狩猟だ。この狩猟後、ワシは猟団長の座をイェスタ殿に譲る。なので、今日は、イェスタ殿は参戦されずにお主らの実力を査定する方に回るそうだ。来季の構想外にならないようにしっかりと実力をみせておけよ」


 唯一、狩猟への緊張感を持っていたローランドが、メンバーたちに激を飛ばしているが、緊張してガチガチになっているヴォルフ以外、誰一人まともに彼の話を聞いていない様子である。


(こいつら、絶対に狩猟者ハンターの仕事を舐めているだろう。徹底的に、こいつらの実力を査定して来季までに根性叩き直さねえと、クソ師匠に笑われるじゃねえか。くそ)


「あーはいはい。今日はモノニクスの討伐だろ。あいつらは群れてるだけだから、ボクは一人で狩るよ。下手にみんなで組んでやると、背中から矢が生えるからね」


「ま、待て。レク。単独狩りなんて無謀なことするな。キチンとチームで追い込まないとマズいだろ」


「だって、モノニクスだろ? 駆け出しでも狩れる凶竜にチーム組む必要なんてないと思うけど? 何度も言ってるけどボクはかっこよく戦いたいんだ。そう言うことだから。ヨランデ、またあとでボクの武勇伝書いてくれよ」


 ローランドの言葉を聞いていないレクが銀色の髪を弄りながら、単独討伐を主張していた。


 周りにいたヨランデやノエル、ヴォルフは、またレクのわがままが始まったと、肩を竦めて困惑顔を浮かべている。


 けれど、ローランド以外、誰一人として単独狩猟をしようとするレクを、積極的に止めようとする者は居なかった。


(協調性ゼロの奴がエースとか、頭を抱える事案でしかないな。来季はこいつを主力に据えないといけないと思うと、操縦法を早く見出さねえとやばそうだ)


 イェスタがレクの協調性の無さに危惧を覚えているが、今はまだローランドが猟団長なので口出しせずに見守ることにしていた。


 今回討伐の対象のモノニクスは、鶏を巨大化させたような凶竜で、身体に羽毛を纏う体長1バルメ程度の二足小型陸上生物とされ、二〇頭くらいで群れを作り、羽根の代わりに生えている、腕の鋭い鉤爪で獲物である人類を襲い喰らうが、超越者となった狩猟者ハンターであれば、駆け出しでも一対一でなら、余裕で狩れる小型凶竜である。


 だが、油断して群れで襲われれば、熟練の狩猟者ハンターでも生命の危機に陥る可能性もある凶竜であった。


 そんな凶竜に対して、レクは単独の狩猟をすると言い放つと、猟団長であるローランドの指示も待たずに、石切り場に先行して駆け出していた。


「レク! 待たぬか! いつも勝手に狩猟を始めるなと、言うておるだろうが! ヴォルフ、ヨランデ、ノエル。あいつを止めるぞ! すまんなイェスタ殿」


「おいおい、こんななし崩し的に狩猟始めるのかよ。大丈夫か? この猟団」


「すまん!」


 一人突っ走ったレクを追ってメンバーたちが、モノニクスの潜む石切り場に向かって駆け出していく。


 その後をイェスタも自分の武器を担いで、器用に義足の反発力を使いながら、追いかけていった。



 その頃、一人で先発してモノニクスの群れに突撃したレクは、愛用の真っ赤に刀身染めた派手な太刀を抜いて、周りに群がった凶竜たちをけん制していた。


 すでに五頭ほどがレクを発見し囲んでおり、仲間を呼び集める鳴き声によって、続々と周りの石切り場から仲間が集結し始めている。


 そんな状況にレク自身は焦っていないものの、駆け付けた他のメンバーの方が浮足立ち、遠距離で援護できるノエルが、すぐさま矢を番え、レクに近寄ろうとするモノニクスに向け、矢を射こもうとしていた。


 けれど、明らかにノエル当人が緊張している様で、矢を支える引手がプルプルと震えていて狙いがつけられていなかった。


「レクっ! 動かないで当たっちゃうから」


 動き回るモノニクスに対し、レクへの誤射しない済む射線を探すのが絞り切れないノエルは、迷った末に目を閉じて矢を放つ。


「馬鹿っ! ボクの近くにノエルの矢を飛ばすなと言っただろう。ノエル! ボク以外を援護しろって」


 眼を閉じて放たれた矢は、モノニクスと戦闘中だったレクの背中をかすり、近くに居た別のモノニクスに突き刺さったが、一つ間違えば味方への誤射になりかねない危険な射撃でもあった。


「ああっ! ご、ごめん。わざとじゃないわ。どれを狙っていいか分からなかったの。次はレクから外れたのを狙うから」


「ああ、クソ。もう混戦じゃないか。レク、攻撃はヨランデが受けるからお主は一体ずつ斬れ。ワシも数体受け持つ」


「ごめんだね。そんなのはエースの戦い方じゃない。ボクは誰もがカッコいいって、言ってもらえる戦いをする自分に酔いたいんだ」


 レクは猟団長であるローランドの指示を全く聞く気も起こさず、単独で攻撃を避けながら周りに群がるモノニクスを狩っていく。


 集まってきたモノニクスの内、レクを攻撃できない手すきの奴が、ローランドたちの方へ流れてきていた。


 その数は更に増え続けており、レクとローランドだけでは支えきれず最前線を突破され始めている。


 無駄に知性の高いモノニクスは、手強い前衛を突破すると、比較的柔らかい後衛のノエルを狙って包囲網を形成し始めた。


 モノニクスたちの素早い突破の動きに対応できず、ローランドは味方集団から引き放され孤立し、多数のモノニクスに囲まれて四苦八苦していた。


 再びモノニクスが仲間を呼ぶ鳴き声を上げていく。


 石切り場からは、追加で一〇体程度の仲間が飛び出してきて、ローランドたちの方へ向かってきていた。


「ノエル、下がって! オラとヴォルフでここを支えるから、その間に距離を取ってモノニクスの数を減らしてくれ」


 新たな援軍の姿をみたヨランデが、防御力が一番低いため狙われているノエルを離脱させようと、向かって来るモノニクス集団の前に出るが、すでに各メンバーが孤立してしまっているため、連携して行動することが困難であった。


 戦う判断をするタイミングの状況判断が遅いと言わざるを得ない。


 ローランドが集団の中にいた時点で、ヨランデが攻撃を吸収し、その間にローランド主攻撃、ヴォルフが牽制、ノエルが追撃という役割分断をしていれば、こんな状況には陥らずに済んでいたと観戦役に徹していたイェスタは思っていた。


 自分がかつて所属していた猟団であれば、攻撃連携は息をするように簡単にこなす連中と戦っていたことを改めて思い知らされてショックを受けた。


(これが狩猟成績最下位の猟団か……。先が思いやられるぜ……。というか、こいつらよく今まで生きてこられたな)


 イェスタは目の前で繰りひろげられている、猟団のメンバーたちが行うドタバタ狩猟に対し、別の意味で感心していた。


 だが、この狩猟においては、観察者としての立ち位置を崩す気がないイェスタは、苦戦しているメンバーの戦いの観察を続けていく。


 イェスタが傍観貫く中、援軍のモノニクス集団に取り囲まれたヴォルフとヨランデを援護しようと、ノエルが再び矢を番え放つ。


 しかし、乱戦中での不文律である味方に射線の被る敵を狙わない鉄則を忘れているのか、ヨランデの背後に襲いかかり、圧し掛かろうとしていたモノニクスに向けて、細かく狙いも定めずに無造作に矢を放っていた。


「わっ! ノエル! オラに刺さるから! 集団から離れた奴を狙って!」


 ノエルの無造作に放った矢が、ヨランデの鎧に当たり跳ね返る。


 刺さりはしなかったが、矢によって気を逸らされたヨランデが、モノニクスの体当たりを受けて転倒させられてしまう。


 すぐにヴォルフがフォローに入るが、矢を撃った当人のノエルが一番ショックを受けて、せっかく包囲を抜け出せそうだったのに、モノニクスに囲まれているヨランデの方へ駆け寄ろうとしていた。


(なんつう奴だ。はぁ、こんなやつらと狩りをするのかよ。レクの気持ちが少しだけ分かった気がするぞ。余りにお粗末すぎる)


 駆け寄ろうとしたノエルを、なんとか立ち上がったヨランデがを制止した。


「ノエル! そこでオラ以外のモノニクスを狙ってくれ! 頼む!」


「う、うん。わかった。ごめん。頑張るから」


 誤射をされたことで味方の信頼を失ったノエルは、その後、何度も狙いを定めるが、矢を放つことができなくなっていた。


 機能不全に陥ったノエルによって、後衛援護のないまま、モノニクスの集団と戦っていたヨランデであるが、腕としては一般の狩猟者ハンター以上の実力を持ち合わせているようで、モノニクスに囲まれても慌てずに攻撃を逸らし、徐々に周囲から追い払うことに成功し始めている。


 けれども、ヘイト役の基本となる前線で凶竜の攻撃を一身に集めながら、味方に指示を出す能力を見る限り、判断力が低く効果的な攻撃連携を行えるほどの工夫は一切見られなかった。


(ヨランデも前線の指揮者としては判断力がまだ低いし、レクという癖の強い奴を扱い切れてないな。この辺りも修正してやらんと全く機能しなさそうだ)


 後衛からの援護なく、戦っているヨランデを援護しようと、ヴォルフが片手剣を振り回し、モノニクスたちを挑発して攻撃ヘイトを集めていた。


「ヨランデさん。僕がヘイト集めますから! その間に数を減らしてください」


「すまん、助かる。少し待っててくれ。オラもこれだけの数のモノニクスを捌くのには時間がかかる」


 ヨランデを襲っていたモノニクスたちを斬りつけてヘイトを集めたヴォルフが、剣と盾を構え直す。


 ヴォルフは軽装の鎧であるため、ヨランデに比べると軽やかに動き回れそうな装備を着けており、モノニクスの攻撃を避け、動くスピードは目を見張るものがあった。


 切りつけられたモノニクスたちが、怒りを現わす鳴き声を上げると、一斉にヴォルフの方へ向き直り飛びかかっていく。


 一〇頭近くのモノニクスが、ヴォルフに向けて一斉に飛びかかり、鉤爪で引っ掻いたり、噛み付こうとしてきた。


 一瞬、手助けしようかと自分の重弩を構えたイェランであるが、ヴォルフは剣と盾を器用に使い、次々とモノニクスたちの攻撃を捌き切っている。


「こい、お前等の相手は僕だぞ。ほら、こっちだ」


 飛びかかってきたモノニクスの鉤爪を、盾で軽く受け流すと、別のモノニクスの噛み付きを寸前で回避していく。


 襲いかかっていたモノニクスによって、休みなく繰り出される引っ掻きや噛み付きを盾でいなし、剣で捌き切って攻撃をしのいでいた。


(ほぅ、ヴォルフの奴は眼だけいいな。あれは完全にモノニクスの動きが見えてそうだ。だが、あいつはなんで攻撃をしていかない? いくらヘイト集めとはいえ本気の攻撃を一切行わない意図なんだ?)


 群れで人間を襲うモノニクスの知性は高く、素早くて攻撃をかわすヴォルフが攻撃してこないと分かると、囲みを解いてイェスタとノエルの方へ向かい動き始めていた。


「あ!? 待て! そっちへ行くんじゃない! 僕が相手だろ! 待てったら!」


 モノニクスたちのヘイトを集めきれなかったヴォルフが、引っ張られるようにイェスタとノエルの方へ向かった凶竜たちの後を追っていた。


「おいおい。モノニクス討伐にてこずる猟団とか聞いたことねえぞ! ノエル! 近接戦闘できるのか!?」


「ふえええぇ! そんなのしたことないですって! ひゃあああ」


 ヴォルフが取り逃したモノニクスたちが、近寄ってきて飛びかかると、ビックリしてノエルが尻もちを突いた。


 観戦者に徹しようとしていたイェスタであるが、状況がそれを許さないまでに深刻化してきてしまった。


 しょうがなく、イェスタは手にしていた重弩を素早く組み立てると、ノエルに喰いつこうとしたモノニクスのこめかみを重弩で殴打する。


「ヴォルフ! 早く援護しろ! これ以上腑抜けたことやってると仲間が死ぬぞ!」


「は、はい。すみません。すみません」


 追いついたヴォルフが、ノエルの援護に入って再びモノニクスのヘイトを集め直していったため、危機的状況は一旦脱したように思えた。


 しばらくすると、リーダー格らしい体格の大きなモノニクスが大きな鳴き声を上げ、その鳴き声を聞いた他のモノニクスたちが一斉に振り返り、攻撃を止めて石切り場の方へ向けて逃げ出し始めた。


 最前線で孤立していたレクや、味方から引き離されたローランドの周りのモノニクスも同時に引き上げていく。


「レクっ! 深追いするな。これ以上はワシらの手に余る」


「ボクはまだ戦えるのだけれど?」


「馬鹿者! 味方が総崩れになる原因を作ったのはお前だろうが! 待てというのに突っ込んで新手まで現れてしまえば、わしがどれだけバランス取ろうとしても無駄だろうが!」


 石切り場の奥へと逃げ出していったモノニクスを追おうとしていたレクに対して、ローランドが追撃を止めるように引き留めた。


 現状を鑑みれば妥当な判断であるとイェスタは思っている。


 なぜなら、駆け出しの狩猟者ハンターでも苦戦しないモノニクスですら、まともに討伐できないほどのレベルなのであるからだ。


 この猟団に所属する狩猟者ハンターたちは、味方と協力して倒すという基本中の基本が、まったくできていない者たちであることが発覚していた。


(こりゃあ、先が思いやられるな……というか、来季までもつか? この猟団)


 イェスタは問題が山積している猟団の前途を考えると、自分が猟団長を引き受けたことを後悔し始めていた。


 なにせ、猟団全員を動員しての狩猟成果がモノニクス一〇頭に過ぎないのであるからだ。


(モノニクス一〇頭じゃ、赤字だろうな。これじゃあ……討伐依頼も完遂できてねえし。下手したら再討伐と言われるかもしれねえ)


 華麗なる獅子王スプレンディッド・ライオンキングに所属していたイェスタからしてみれば、猟団が凶竜討伐に失敗することなどあってはならないことだとマルセロから教えられ、フリーハンターになってからも確実に成功させられる仕事を厳選して受け続け、失敗をすることは一度もなかった。


 それなのに、目の前の猟団のメンバーはある者は不貞腐れ、ある者はヘラヘラと笑い、ある者は腰を抜かして動けなくなっているという体たらくを見て、怒りを通り越して呆れていた。


 前途の多難さに眩暈を感じていたイェスタであるが、王都でのマルセロのとのやり取りを思い出すと、この自分と同じように使い物にならない狩猟者ハンターを率いて遥かな高みへ向かわねばならぬことを思い知った。


「ローランド……今日は皆の動きをよく観察させてもらえたぜ。おかげでこの猟団の問題点もはっきりと見えたし、それに今季はもうすぐ大型凶竜の休眠期に入る。狩れるとしても、後は小型凶竜だけだろう。だから、今季最下位はほぼ確定だ。しかし来季の猟団長として、俺が就任するからには今まで通りじゃやらせないがいいか?」


「ふぅ、ワシは引退する身だからな……。今後はオーナーとして、猟団には残るが、運営以外の権限はイェスタ殿にお任せする。ヴォルフ、ヨランデ、ノエル、そしてレクを育ててくれ。ワシでは育てきれなんだ」


 引退の記念になる最後の狩猟が、最悪の結果に終わったローランドが、疲れたような顔をして、イェスタに握手を求めて来ていた。


 十数年に渡り、辺境のガレシュタットを守り通してきた男の手は、マメが潰れて固くなり、ゴツゴツとした感触をしていた。


「多分、ローランドはよくやった方だと思うぜ。余りにも問題があり過ぎる奴等だからな。だが、才能が無い奴らではないと思う」


「ワシの勘がピンときた奴等だからな。光る物は持っているはずだぞ。これでも人を見る目に自信があるからな。ガハハ」


「その分癖も強いけどな。まぁ、俺も猟団長なんてのは初めてやるわけだし、適性があるかないかは分からないがな。俺があのクソ師匠から教えてもらったことを、あいつらに叩き込んでやるよ」


「頼む。あいつらが成長して、この地の狩猟者ハンターとならなければ、ガレシュタットは数年のうちに廃棄都市指定されてしまう。ワシはあの街を捨てられぬのだ。イェスタ殿、力を貸してくれ」


 ローランドは自分の後任として、イェスタに全てを託すように強く握りしめ返していた。


 その後、メンバー総出で狩猟成果のモノニクスの素材を剥ぎ取り、体内に生成される魔石も取り出して、散々な結果に終わった石切り場でのモノニクス討伐を終えた。

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