第10話

  ―数日後、酒場にて―


 夜の帳が降りて、仕事を終えた鉱山労働者や職人たちが、仕事後の一杯を楽しむために集まって酒盛り行い、客でごった返しているプリムローズの酒場では、レク以外の辺境の狩猟者フロンティア・ハンターたちが沈痛な面持ちで酒杯を呷っていた。 


 酒杯を呷っているメンバーたちは、散々な結果に終わったモノニクス討伐後、来季の新猟団長が放った言葉にレク以外のメンバーたちが戦々恐々としているのだ。


 新猟団長になるイェスタは討伐終了後に来季に向けて、自分たちを徹底的に鍛え直すと宣言しており、狩猟期が終わり、大型凶竜が休眠期に入る時期を利用して訓練を科すと宣言していた。


 今まではローランドの方針により、厳しい訓練を科されることはほとんどなく、休眠期はメンバーたちがそれぞれの自主性に任せられていた。


「はぁ、最悪。絶対に私は来季でクビよね。はぁ~困ったわ。フリーハンターで食べていける自信ないわぁ~。ヨランデ、あの人絶対に私のこと首にしようとしてるよね? ね? 味方に誤射する後衛なんて最悪だよね? ね? おババ様に占ってもらっても、来季は劇的に変化するとか言われるし、絶対に首だよね」


「ノエルは下級とはいえ実家は貴族だろ。首になったら、実家に戻って結婚相手見つければいいじゃないか?」


「ダメ! 家は捨てたもの。家には帰らないから! 家を捨ててまでみんなを護るために狩猟者ハンターになったんだから、絶対に帰らない」


「ノエルさん飲み過ぎですって」


 モノニクス討伐において、一番戦力として役に立たなかったノエルが、四人の中で一番多くの酒杯を空けていた。


 ノエルが荒れているのは、討伐後に行われたイェスタ主導の反省会で、討伐失敗の槍玉に挙げられていて、来季の狩猟期の前に猛特訓を科されることが決定しているからだ。


「まぁ、ボクはノエルの矢さえ飛んで来なきゃ、安心してソロでも戦えるからね。後ろからの援護があると逆にソワソワしちゃうよ」


「レク! それは言い過ぎだろ?」


「ヨランデもそう思っているんじゃないのか? 何度か矢が刺さったこともあったよね? あの猟団長はいけ好かない野郎だけど、言ってることはあながち間違ってないさ。あの野郎が指摘したことはボクの事以外は大概当たってるからね」


「オラの身体は丈夫だし、ノエルの矢が刺さるくらい別にどうとも思ってない」


「ヨランデ~! 酷いよ~! 刺さるのが前提って、どういうこと~」


 ノエルがヨランデの肩をポカポカと叩いていた。


 すでにかなりの量の酒を飲んでおり、言動は怪しく、酔っ払いと化しているのをヴォルフが心配していた。


 ここにいるメンバーではヴォルフ以外が、ノエルほどではないものの、来季の猟団長となるイェスタに対して反感を抱いているのには違いなかった。


 狩猟後の反省会は、彼等の未熟な所を的確に見抜いたイェスタの独演会であったのだ。


 レクは協調性の皆無なのを指摘されて不貞腐れているし、ヨランデは前線での戦闘指揮の不味さを指摘されて傷づいている。


 その他にもノエルは後衛として基礎が全く出来てないとまで言われ、へこみまくっているし、ヴォルフに至っては避けるだけで全く役に立たないとまで酷評されていたのだ。


 イェスタの開いた反省会は狩猟者ハンターとしての彼らのプライドを散々に打ち砕いていたのだ。


 そして、イェスタが反省会の最後に放った『この猟団はなるべくして最下位になった』という言葉に衝撃を受けてもいた。


 その言葉を言われた時に、彼らの中には『装備と資金と人手さえあればそんなことはない』という思いがよぎっていたのだ。


 新任の猟団長になるイェスタは、辺境の狩猟者フロンティア・ハンターの状況を全く理解してないのだとも思っている。


 猟団を資金的にバックアップしてくれる大きなスポンサーもなく、武器の更新に使う金も、討伐の消耗品に掛ける金も、新しい狩猟者ハンター増やす金もないことを理解してないに違いないと思っていたのだ。


 資金力=猟団の実力だと思っているメンバーたちからしてみれば、イェスタの言うことは間違っているのだ。


 イェスタの放ったその言葉で、自分たちが資金難に喘ぐ猟団で、頑張って凶竜を狩ってきた自分たちを否定されたため、メンバー全員の酒量も増えていた。

 

「で、でも僕は、イェスタ猟団長の言うことも一理あると思うんです。きっと僕たちが協力して戦うなら、もっと強い凶竜だって狩れると思うんですよ。ち、違いますかね?」


「凶竜狩りは強い奴をどれだけ集められるかだよ。それはオラが断言するさ。金が無いうちの猟団は三部の端っこに引っ掛かってなんとか公式猟団の体面を維持するのがやっと。ヴォルフやノエルたちはまだ伸びしろがあると思うけど、オラがこれ以上成長するとは思えない。無理せずに現状を維持すればいいと思う」


「ヨランデ~、でもそれじゃあ私は来季で解雇されちゃうからぁ~。うううぅ」


「話が堂々巡りしてるようだね。まぁ、ボクには関係ないけどね。ここが潰れたらローランドとフリーで組んでやるし」


 メンバーたちが来季に向けて話を酒の肴にしているテーブルに、酒場のオーナーであるプリムローズが食事をもって近づいてきた。


 どうやら、先程の話が耳に入って気になったようである。


 テーブルにつまみの鹿肉のジャーキーをドンと置くと、近くの席から椅子を持ってきてドカリと座った。


「あんたらは本当におめでたい子たちだね。ローランドのやつが甘やかしていたのが悪いのだけどさ。で、あんたらは強くなる努力をしないのかね? 少しは強くなりたいとか思わないの? さっきから聞いてたら、やれ首になるだ。猟団に金が無いだ。伸びしろが無いだ。フリーでもやれるだとか言いたいこと言ってるけど、誰一人、成長してあの猟団長を見返してやろうと言う子がいないのが気になったわ。あたしが若い頃は――」


「あーはいはい。プリムローズの武勇伝は何度も聞いて耳にタコができた。だから、ボクは聞かないよ」


 レクはピンと立っていた耳を、バタリと閉じて、差し入れされた鹿肉のジャーキーを頬張りながら酒を胃の中に落とし込んでいった。


 その様子を見ていた他のメンバーも、これまで散々聞かされたプリローズの武勇伝を、再び聞きたくないようで、テーブルに置かれた鹿肉のジャーキーを無言で食べ酒杯を呷っていた。


「ったく。どうして、うちの子たちは人の話を聞かないのかねぇ。でも、これはチャンスと捉えた子はきっと成長すると思うわよ。腐っても相手は、あの狩猟者の栄誉ハンターズ・オナーを五回連続で受賞した男だからね。あの身体だけど知識、技術は超一流なものをもっているはず。それを少しでも盗めば、とんでもなく成長できると思うんだけどね。あんたらに、そんな気なさそうだからローランドには悪いけど来季でうちも終りかもね」


 誰一人、自分の話に興味を示さなかったことで、プリムローズは肩を竦めてカウンターの方へもどっていった。


 彼女が去ったあとのテーブルには沈黙と重い空気が漂っている。


「来季で解散かぁ……それもありえるね。今季みたいな成績だと……。ローランドさんも引退だしね」


 ノエルがヨランデの肩に寄りかかりながら、ぼそりと呟いた言葉が、テーブルにいたメンバーたちの空気をさらに重い物にしていった。

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