第21話

 ―ヴリトラム大神像広間―


 開幕式を終え、大広間では懇親会の準備を進めるハンターギルドの職員たちが、気忙しく立食用のテーブルを設置していた。


 イェスタの周りには、久しぶりに公式狩猟者ハンター、それも三部とはいえ猟団を率いる猟団長として復帰するため、以前から知り合いだった猟団長たちが群がってきていたのだ。


「ほぅ、あの変人イェスタが猟団長をするとはなー。精々、酒飲み過ぎて寝坊して狩猟に遅れるなよー」


「うっせえ。いつの話してやがる。どうせ、雇われ猟団長だからな。今季だけは節制して調整してるさ。退任したら、貯めた金で飲んだくれるぞ」


 一部の華麗なる獅子王スプレンディッド・ライオンキングにイェスタが在籍していた際に、ライバル猟団として、しのぎを削った鋼鉄の軍団スチール・レギオンの猟団長が、冗談半分で冷やかしてきていたが、それほどイェスタの酒癖の悪さは王都で有名になっていたのだ。


「『黒衣双剣』と言われたイェスタが猟団長か。お前らがどんな成果を上げるか楽しみにしてるぞ。しかし、あんまり無茶だけはしない方がいいがな。猟団員と猟団長は、役割が違ってくることを思い知れ。ワハハ」


「相変わらず、無限の歌声インフィニティ・シンギングボイスの猟団長は口うるせえおっさんだな。そんなことは百も承知だっつーの。その辺は元猟団長のローランドに相談しながらやっていくさ」


「そう言えば、マルセロ猟団長には挨拶しに行かないのか? あそこでサワディル王と酒杯を重ねておるぞ」


 イェスタの肩を無遠慮にバンバンと叩く、無限の歌声インフィニティ・シンギングボイスの猟団長は、イェスタの師匠となるマルセロの方を指差してニヤニヤとしていた。


 明らかにハンターギルドの一件を知っている様で、面白半分にイェスタに挨拶を勧めているようにしか見えない様子である。


「うるせい。あのクソ師匠の顔は見たくもねぇ」


 イェスタの視界には、サワディル王と談笑しながら、酒を飲むマルセロの姿が目に入ったが、ハンターギルドでの一件があるため、自分から挨拶しに行くのは、憚られていた。


 そんなイェスタの背中を突いてくる者がいた。


「ん? なんだ?」


「イェスタさん、ご無沙汰してます。ヨシフです」


 背後から背中を突いていたのは、さきほど狩猟者の栄誉ハンターズ・オナーを受けたヨシフ、その人であった。


 ヨシフは狩猟者ハンターとしては線の細い身体なのだが、顔は柔和であり、眼は糸のように細くて、不思議な魅力を持った人物でもあった。


 振り返ったイェスタが、ヨシフに気が付くと、彼に握手を求めていった。


「お前が狩猟者の栄誉ハンターズ・オナーか! あのヘタレのヨシフが立派になったなぁ。まずは、おめでとうと、言わせてもらうぞ」


 久しぶりに会い、急成長した感のある後輩にイェスタは握手を返していた。


「イェスタさんが追放され、私も甘えてられる状況じゃなくなりましたからね。あの後、イェスタさんに教えてもらったことを必死に反芻して、マルセロ猟団長に喰らいついていったおかげです」


「俺なんかの指導が役に立ったとは思えんが、一線級の狩猟者ハンターとして、やれていて安心したぞ。本当、体力なくて狩猟者ハンターが務まるか心配だったからな」


「今でもマルセロ猟団長には、スタミナつけろと言われますよ。私がメインで狩れるのは年に十数回くらいしかできないので」


 線の細いヨシフは、先天的な病気により、狩猟者ハンターとしては致命的なほどスタミナがなく、数多くの狩猟回数をこなせない体質なのだが、それでも大物狩りビッグ・ゲーム・ハンティングを狩猟期に何度か成功させ、狩猟者の栄誉ハンターズ・オナーを勝ち取る成果を上げていたのだ。


 命に直結する病気ではないものの、狩猟者ハンターとして、何度も狩猟の場に立てず、くすぶっていたヨシフに、自らの省力狩猟スタイルを教えたのがイェスタであった。


 この時の指導により、元々、才能はずば抜けていたヨシフは、それまで年に数回しか参加できなかった狩猟への参加率が倍増し、その結果が狩猟者の栄誉ハンターズ・オナーへ繋がっていた。


「まぁ、狩猟技量に関しては、俺よりか断然優れていたしな。回数立てるようになれば、俺以上の成果は出せると思ってたけど、ヨシフが狩猟者の栄誉ハンターズ・オナーか……」


 イェスタは未だに驚きが解けず、ヨシフの顔を見て、首をひねって考え込んでいた。


 そんな、イェスタを見ていたヨシフが不意に質問をしてくる。


「イェスタさんは、辺境の狩猟者フロンティア・ハンターでの任期終えたら、うちに戻ってくるんですよね? 仲間もみんな期待して待ってるし、ルイーズさんとかめちゃくちゃソワソワしてますよ」


 例の話を知らない様子のヨシフの質問に、イェスタの顔が曇る。

 

 ハンターギルドの一件で、マルセロの認める成果が上げられなければ、引退という取引をして猟団長に就任しているのだ。


 なので、ヨシフが求めるような華麗なる獅子王スプレンディッド・ライオンキングへの、イェスタの復帰は無いと断言できた。


「そりゃあないわ。あの猟団長が認める訳がないからな。俺は三部そこそこの成績を残して後任に譲って、またフリーハンターに戻るつもりさ」


「そんな! みんな、イェスタさんの復帰の話を聞いて、期待しているんですよ」


「何の期待だよ。俺は雇われ猟団長をするだけだぞ。しかも、三部の最下位猟団だ」


「イェスタさんは、きっと、みんながあっと驚く結果とともに戻ってきますよ。そうやって、道を切り開いた人だって私は知っていますから」


 ヨシフは疑いを抱かずに、イェスタが元の場所に帰ってくることを信じている様子であった。


 けれど、一度もつれ合った運命の糸は容易に解くことは、非常に困難であると思われ、何よりもイェスタ自身がそれを現時点では望んでいないのである。


「まぁ、勝手に期待しといてくれ。俺は、俺の仕事を淡々とやるだけさ」


 そう言ったイェスタは、自分の下に集まってきた人垣を抜けて、大広間の外へ出ていった。


 その様子をローランドも気を揉みながら見送る。


「すまんな。今年はうちで身柄を預かるが、次はキッチリとお返しできると思う。なにせ、うちも今年は瀬戸際なんでな」


 イェスタを見送っていたヨシフに、ローランドがため息交じりに話しかけていく。


 二人は初対面であったが、イェスタという共通項によって、お互いを認め合う気持ちが湧き上がってきていた。


「ローランドさんでしたね。イェスタさん、ちょっと変わってますけど、腕は超一流ですし、凶竜狩猟の時の思考は、今でも全狩猟者ハンターで一番であると、私は思ってます。正直、マルセロさんの恩義がなければ、貴方の猟団に移籍して、イェスタさんの指導を受けたいと思ってますよ。私はイェスタさんの一番弟子を自認してるつもりなんで……」


「ほぅ、狩猟者の栄誉ハンターズ・オナーを得られた貴方がそう言われるなら、イェスタ殿は、とても素晴らしい指導者でもあるんでしょうな。実際、うちのメンバーは三か月で大いに成長させてもらっているので、その言葉、満更嘘でもなさそうだ」


「彼は、人を見抜く眼と、その能力を最適化させる戦術を持つ人なんで、私はこれから、辺境の狩猟者フロンティア・ハンターが大成果を上げても、ちっとも驚きませんよ」


「それは、過大評価でしょう。うちは三季連続の三部で最下位猟団ですぞ。それが、大成果などと……」


「いや、きっとやってくれるはず。あの人は凶竜を目の前にすると、人が変わりますからね。それに休眠期のトレーニングで見放さなかったなら、相当な素質を持った子たちなのでしょう。あの人は、教えてくれと言ってきた人の中で、キチンと指導を受ける気のある人を見抜いてましたしね」


「ヨシフ殿にそう言ってもらえると、ワシとしても嬉しく思いますなぁ」


 ヨシフからメンバーを褒められたことで、ローランドも嬉しくなり、その後はヨシフと酒を酌み交わし、夜遅くまでハンターギルド主催の立食パーティーは続いていき、狩猟解禁への機運を一気に高めさせて行くこととなった。


 そして、翌日からは早速、大型凶竜の狩猟解禁が、ハンターギルドから告げられ、ここに次の休眠期までに及ぶ、狩猟者ハンターたちの戦い火蓋が切って落とされることになった。

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