第20話

 ―王都のハンターギルド本部―


 身を切るような北からの冷たい風が、春の暖かさを伴った南風に変わり吹き始めると、イェスタが猟団長に就任し、三か月が過ぎ去っていた。


 大陸全土に春が訪れると、定期観測を行っている大型凶竜たちの休眠期が明けそうだとの連絡が、頻繁に王都に入り始め、今季もまた狩猟期の開幕が近づいてきている。


 そして、来たるべく、大型凶竜との戦いの始まりを前に、ハンターギルドが主催して例年開催される、開幕式に公式猟団長になったイェスタと、オーナーのローランドは招待されていた。


 就任三か月はあっという間に去り、日夜訓練と、休眠期に入らない中小型の凶竜を狩猟することに費やされ、不振に陥っているレク以外のメンバーは、大いにその才能を伸ばし、前季の時とは見違える動きを見せるようになっている。


 心配された運営面も、ローランドが新たなスポンサーから工面した運営資金により、一年通しての狩猟に必要な資金確保の目処が立ったと聞かされ、開幕式に参加したイェスタの顔は、予定していたよりも良い状態で開幕を迎えられ、心なしかニヤついていた。


「んんっ! イェスタ殿。猟団長なんで、威厳を見せてくれぬか。馬鹿面を下げていると、ライバル猟団にコケにされるぞ」


 にやけていたイェスタの様子を見ていたローランドが、咳払いをして、久しぶりに参加する彼に対し、開幕式の式典に集中するように声を掛けた。


 イェスタにとっても数年ぶりに参加する開幕式であり、あの日以来、自分がこの場に立てるとは思っていなかったため、王都に入る前日から気分が昂揚して寝られていなかったのだ。


「ああ、すまん。久しぶりに参加する開幕式なんでな。ちょっと、昂った。それにしても、懐かしいなぁ、この空気」


 大広間の最後部で、開幕式に参加しているイェスタたちであったが、最後尾であったにせよ、神聖な儀式の始まるのを待っていた他の人たちから、『静かにしろと』と言いたげな視線を向けられていた。


 二人が厳しい視線にさらされた理由は、ハンターギルド本部の受付の奥にある、狩猟と繁栄の神ヴリトラムの大神像を祭った大広間にて、フォルセ王国サワディル王臨席の下、すべての公式猟団のオーナーと、猟団長、更に選ばれた猟団員が一同に会し、今季の狩猟が上手くいくよう、狩猟と繁栄の神ヴリトラムに祈りを捧げる開幕式を始めようとするところであったからだ。


 この開幕式は、一年通してのフォルセ王国の繁栄と安寧の祈願と、狩猟者ハンターたちが多くの凶竜を討ち取る誓い立てるための大切な儀式である。


 国王であるサワディル王が祭司を取り仕切り、ヴリトラムの大神像の前に組み上げられた祭壇にて、前年の狩猟成果で、最大級の魔石を砕き、祭壇に設えられた炉に供物として捧げ、炉内で金属と溶かし合わせていた。


「ヴリトラム様に捧げるは、凶竜の源。この源を砕き、地より取れたる金属と溶かし合わせ、貴女への供物とせん。捧げし供物によりて、フォルセ王国に更なる繁栄を!!」


 サワディル王が、祭壇の炉に魔石の粉末を入れ終えると、溶かされていた金属を目の前の鋳型に流し込んでいく。


 すると、金属を流し込まれた鋳型が光を帯び始める。


 王が炉内の金属を鋳型に全て注ぎ終えると、光の波長は更に眩さを増していた。


 その姿を、参列している皆が息を呑み、真剣な表情で凝視している。


 鋳型が放つ光が収まれば、この開幕式における一番重要な儀式である狩猟者の栄誉ハンターズ・オナーの授与が始まる予定だからだ。


 この儀式の時までに、狩猟者の栄誉ハンターズ・オナーが授与される者の名を知っているのは、この世に二人しかいない。


 一人は、フォルセ王国の王、そして、もう一人がハンターギルドの総ギルド長という二人だけなのだ。


 なので、この開幕式には、一定以上の成績を上げた狩猟者ハンターは、狩猟者の栄誉ハンターズ・オナー候補者として、参列することを許されている。


 しかし、イェスタの猟団からは、狩猟成績不足ため、誰一人として呼ばれていなかった。


 やがて、鋳型を包む光が薄まっていくと、サワディル王は祭壇に捧げられていた羊皮紙を開き、広間に居並ぶ候補者の方へ向き直り、厳かに羊皮紙に書かれた指名を読み上げていった。

 

「此度の狩猟者の栄誉ハンターズ・オナー授与者は……。華麗なる獅子王スプレンディッド・ライオンキングの猟団員、ヨシフ・サージェス!!」


 サワディル王の発表に、大広間に居た人間たちから、感嘆と賞賛をないまぜにした空気のざわめきが拡がる。


「ヨシフだと!? おい、マジ――」


「馬鹿者、声がデカいぞ。知り合いか?」


 急に大きな声を上げたイェスタに、驚いたローランドが咄嗟に口を塞ぐ。


 神聖な儀式の最中に大きな声を上げることは、非常に悪目立ちし、元々悪い猟団の印象が更に悪くなることは受け合いであるからだ。


「すまん。俺が華麗なる獅子王スプレンディッド・ライオンキングに居た際に、色々と助言して面倒を見てたやつなんだ……。あいつが今季の狩猟者の栄誉ハンターズ・オナーを授与されるほどになっていたのか」


「ヨシフ殿は最近、急成長してる狩猟者ハンターであったし、毒鎧凶竜ボレアロペルタの最大クラスを更新するやつを狩ったそうだ」


「ボレアロペルタ……あのヘタレのヨシフがか? 俺には信じられんな」


「周りの援護もあったと思うが、最近ではエースと呼ばれる活躍をしておるそうだ。一部ではイェスタ殿の記録を抜くかも知れぬと言われておるぞ」


 イェスタが追放され、フリーハンターをしていた数年の間に、急成長した後輩の姿を間近に見て、自分が酒に溺れているうちに世間から取り残されていたことを改めて気付かされた。


「そうか……ヨシフがな……」


 イェスタが驚きの顔を隠さないままでいると、光の収まった鋳型から、サワディル王が狩猟者の栄誉ハンターズ・オナーとなった金属の徽章を取り出していく。


 すでに収束した光とともに熱も冷めているようで、王が取り出した徽章は、イェスタが狩猟免許手帳の表紙につけていた、竜の牙を模した意匠の飾りと同じ物が手にされていた。


 狩猟者の栄誉ハンターズ・オナー授与者のみに与えられるSランクを示す竜の牙の徽章。


 この徽章を求め、幾多の狩猟者ハンターたちが、自らの命と叡智の限りを尽くして凶竜に挑む。


 竜の牙の徽章は、狩猟者ハンターとしての最高の栄誉であり、人類を守護する者にとって最高の地位であった。


 その最高栄誉は授与された者に、富貴栄耀を与え、人々からの尊崇を受けることになる。


 全狩猟者ハンターが垂涎してやまない地位を認められ、名を呼ばれたヨシフが、サワディル王の前に出て跪く。


「毒鎧凶竜ボレアロペルタの討伐を含め、数多くの狩猟成果により、汝を狩猟者の栄誉ハンターズ・オナーとして認め、ここにその地位を認める徽章を授ける」


 サワディル王は、跪くヨシフの両肩に徽章を触れさせると、徽章が微かな燐光を発していく。


「「おぉ」」


 この燐光は、狩猟と繁栄の神ヴリトラムが授与を承認したという反応であると伝えられており、この一〇〇〇年の間に、数度だけ燐光が発せられず、授与者の変更がなされたこともあるため、この燐光をもって狩猟者の栄誉ハンターズ・オナーの正式な授与者として認められることになっていた。


「栄誉に浴し、更なる精進と狩猟成果をもって、この徽章に恥じぬ狩猟者ハンターとなります」


 押し抱くように、燐光を発す徽章をサワディル王から受け取ったヨシフの顔は緊張しており、広間に集まっている人々も息を呑んで、その光景を見守っていた。


 ヨシフに竜の牙の徽章を授与したサワディル王が厳かに宣言をする。


「今季も人類の繁栄のために、知力、体力、精神力を極限まで使い、仲間とともに多くの凶竜を狩るのだ!!」


「「おぉおおおお!!」」


 イェスタもサワディル王の呼びかけに呼応して、参列者が鬨の声を上げる。


 大広間に参列した人々は鬨の声を上げ、今季の狩猟の開幕を告げる式典は終わりを告げると、大広間は参加者による歓談の時間へと変わっていった。

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