第47話
―王都ウリバルド―
王都の目抜き通りにあるテルジアン家の大邸宅の前に一台の馬車が止まると、中からは全身が煤けて真っ黒になった男女六人組が転がり降りてくる。
全員がフラフラの足取りで今にも倒れそうであったが、お互いに肩を貸し合い、何とかテルジアン家の邸宅の入り口の門に到達した。
「ハビエルのクソ野郎に面会させろ! イェスタが来たと伝えれば通じる」
黒く煤けた六人の男女は、ルイーズの立て替えた借金五億ガルドの返済対価として、ハビエルから指定された豪炎凶竜ヒドゥンヴラド討伐依頼を果たしたイェスタたちであった。
皆、着ている装備は煤けている上に、一部溶けているような箇所も見られ、戦いの激しさが感じ取れる格好になっていた。
そんな状態のイェスタたちを迎えたテルジアン家の使用人たちは慌てており、邸宅の主であるハビエルを呼びに行く者や、謹慎しているルイーズの下へ注進に走り去る者も見受けられ、ハチの巣を突いたような喧騒に包まれていった。
しばらくすると、執務をしていたと思われるハビエルが使用人に先導され、庭園で待つイェスタたちの前に現れた。
「不調法者め。これだから
「うるせえ! 依頼された通り、豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの逆鱗を剥ぎ取ってきてやったぞ」
胡乱気にイェスタを見据えていたハビエルの前に、依頼品である逆鱗を叩き付けるように投げ捨てる。
「これで、ルイーズは自由の身になるんだろ! 早く、この家から出しやがれ!」
ハビエルはイェスタが足元に叩きつけたヒドゥンヴラドの逆鱗に一瞥もくれずに冷酷な笑みを浮かべていた。
「何を言ってる。この依頼はお前ら
「イェスタ、ボクは耳がおかしくなったのかな? このおっさんが、ルイーズさんは自由にしないと言っているように聞こえるんだが?」
鎧の肩当てが千切れ飛んで無くなったレクが、ハビエルの言葉を信じられないっといった顔で聞いていた。
「ハビエルさんは、オラたちの前で『依頼を達成したら、ルイーズさんの身柄は自由にする』と言っていたはずだ」
ヨランデもハビエルの言葉に憤りを覚えているようで、珍しく怒りを露わにしている。
「最低な人ですね。商人の信義はどこにあるのですか!」
ノエルはあからさまに侮蔑の視線をハビエルに送り続けている。
「イェスタ師匠……」
「ハビエル、てめえふざけて――」
メンバーたちに無理をさせて、やっとの思いで討伐し、ルイーズを解放することができると思っていたイェスタが、約束を違えたハビエルに殴りかかろうとすると、背後から厳しい口調の声が掛かった。
「イェスタ! 手を出すな! それは
イェスタを制止した声の主は、彼の師匠であり、養父であるマルセロであった。
「マ、マルセロ師匠!! けど、こいつが約束を反故に!!」
「馬鹿者! 手を出したら
ハンターギルドからの報告で、討伐を成功させたイェスタたちが、テルジアン家の邸宅に向かったと通報があり、よもやトラブルになりかねないと察して駆け付けていたのだ。
そのマルセロの想像通り、ハビエルは事前にイェスタと取り交わした約束を反故にして、借金の清算だけでお茶を濁そうとしていた。
「ハビエル殿。わが弟子が無礼を働きました。ここは、わしの顔に免じて許されよ」
「いや、この件はハンターギルドに通報させてもらう。彼らは不法侵入もしているからな。私は彼らを招いた覚えはないので」
「ハビエル! てめえ、いい加減にしやがれ!」
「イェスタ! 控えろ!」
殴りかかろうとしたイェスタの前に出たマルセロは、ふぅと深いため息をつくと、懐から一枚の書状を取り出し、ハビエルに見えるように広げていく。
「ご尊父が亡くなる前に、わし宛てに出していた遺言書だ。実は昨日受け取っていた物である。きっと、こうなることを予見されておったのだろうな。ハビエル殿には中身のご確認を願いたい。キチンと署名捺印もされた正式な物だ。なんなら、わしが読み上げようか」
「そ、そんなものが存在するわけが……」
「ハビエル殿は読めないようだから、わしが代読させてもらう。一つ、商会の全権は長男ハビエルにすべて譲る。一つ、テルジアン家の当主はハビエルに譲る。一つ、自身の財産は子に均等に分ける。但し、この遺言書は末娘ルイーズをテルジアン家より追放した場合のみ有効する。それがなされない場合は、テルジアン家、商会のすべての資産をハンターギルドへ寄付することとする」
「嘘だ! そんなことを父上が言うわけが」
遺言書の内容を知ったハビエルが、マルセロからひったくるように取り上げると、書かれている内容を眼で追っていく。
追っていくうちにカタカタと震え出したハビエルが、遺言書を破こうとする――
だが、それを制するようにマルセロは重々しく発言した。
「それは二通作ってあってな。もう一通はギルド長が持っているぞ」
マルセロの言葉にハビエルの手が止まる。
「ぐぬぬぬ」
「そういった訳なので、ルイーズをテルジアン家から追放してもらえぬだろうか? それをしなければ、ハビエル殿が当主となることは永遠に来ないぞ」
遺言状とマルセロを交互に見ながら、ハビエルは打算を巡らすように考え込む。
やがて、ルイーズの追放は不可避と判断したようであった。
「ふん、ならば勝手に連れていけばいいだろう。あいつはこのテルジアン家から追放する。これで良いのであろう」
遺言状を受け取ったハビエルは吐き捨てるように、ルイーズの追放を認めると邸宅の中に消えていった。
その様子をポカンとした顔で見ていたイェスタの背中をマルセロがバシンと思いっきり叩く。
「イェスタ、お前がルイーズを迎えに行け! そして、ルイーズには
「マルセロ師匠……」
「離れの屋敷にいると思うから、とっとと行け」
「恩に着ます。不甲斐ない俺の師匠をしてくれてありがとう」
「弟子の幸せを考えるのも師匠の務めだから気にするな。それと、わしはお前の父親だということを忘れるな。子は親に甘えてよいのだ。王都に来た時はうちに顔を出せ」
「ありがとうございます!!」
イェスタは、ボロボロの恰好の猟団のメンバーたちと共にルイーズのいると思われる離れの屋敷に向かって走っていった。
その様子を見送ったマルセロが呟く。
「イェスタ、お前はいい仲間に巡り合えたな。あのメンバーたちと一緒なら、お前はもっと大きなことを起こせる男になれるはずだ。悔しいが、わしは弟子のとんでもない才能を磨き上げる場所を与えてしまったかもしれんな」
「全くです。私もマルセロ猟団長が引退されたら、あっちに移籍したいですね」
討伐の手伝いをしたヨシフも、イェスタの下で戦いたいと思う気持ちが強くなっていたことを吐露していた。
「ばかもの。お主はわしの猟団の後任猟団長をするのが決まっておる。あのイェスタ相手に鎬を削る戦いをできるのだぞ。わしはお前も同等の力を持っていると思っているがな」
「そうですかねぇ……」
「そうだ。というかそうしてもらわねば困るぞ。イェスタとルイーズが組めばトップの一部ランクに上るのもすぐであろう。わしが引退するまでにお前に猟団長としての心得を叩き込んでやる」
「分かりました。今より副猟団長としてマルセロ猟団長の教えを乞います」
ヨシフはイェスタの下で学ぶことを諦め、その師匠であるマルセロの教えを乞い、イェスタと猟団長として競い合う道をえらぶことにした瞬間であった。
「これからはあいつらがライバルになるぞ」
元々、人を指導する才能はあると思っていたイェスタが、マルセロの思惑を超えるスピードでその才能を開花させ、結果に結びつけたことに、ただただ驚いていたのだ。
この時より、長く王都でトップの座を守ってきた
その中心となったイェスタやレク、ノエルやヨランデ、そしてヴォルフには、更なる苦難の道が待ち受けているのであった。
Hunter’s Honor ~元凄腕エースのおっさんが追放され、弱小ポンコツ猟団と起こす奇跡~ 第一部完
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