第46話

 ブスブスと黒煙が上がる噴火口近くの窪地では、辺りの地形が一変していた。


 周囲にあった岩石は跡形もなく吹き飛び、窪地も最初よりも数バルメも深く地面がめり込んでいたのだ。


 ヒドゥンヴラドがあがきで行った粘液爆発は、恐るべき破壊力を発揮して、終始優勢に狩猟を続けてきていたイェスタたちを爆炎に沈めていた。


 近距離で爆炎に直撃されたヨシフ、レク、ヴォルフ、ヨランデたちは死んではいないようだが、鎧はボロボロになって煤けており、火傷や口から血を流している。


 そんな中、瀕死の豪炎凶竜ヒドゥンヴラドが最後の力を振り絞り、背中のボロボロになった鰭で周囲の熱を吸収し始めていた。


 すでに、ほとんどのメンバーが戦闘不能に陥っていた。


 メンバーたちは全員が満身創痍の状態で、ある者は地面に倒れ伏したまま動けず、ある者は武器を杖代わりにようやく立っていられるといった惨状を呈している。


 そんな中、イェスタは豪炎凶竜ヒドゥンヴラドが熱線の放射の準備動作をしているのを見つけ、皆に警告を発する。


「熱線がくるぞ! 隠れろ!」


 だが、皆すでに動けるほどの体力を残しておらず、誰一人動こうとする者はなかった。


「くそ、ここまできて……」


 イェスタが歯噛みしている間にも、豪炎凶竜ヒドゥンヴラドは熱量の充足を終え、熱線を放つ口元をヴォルフの方へ向けた。


「ヴォルフ!!」


 熱線の標的がヴォルフだと知ったイェスタは、なけなしの体力を総動員して、辛うじて立っていたヴォルフを熱線の射線からどかそうと、横から駆け寄り突き飛ばしていた。


 放たれた熱線は、ヴォルフを突き飛ばしたイェスタに直撃し、熱線から生じる熱量は、イェスタの鎧ばかりか、鉄製の義手、義足を溶かして行くほどの熱になっていった。


「うぁああああああああ!!」


「イェスタ師匠!!」


「イェスタさん!」


「イェスタ猟団長!!」


 熱線の直撃を受けたイェスタの姿を見た皆が悲壮な声を上げていた。


 豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの放った熱線の直撃を受けたイェスタが、ブスブスと黒い煙を上げて、地面に膝を突いていく。


 溶けた義手がゴトリと落ちると、そのまま地面に倒れ伏した。


「イェスタ師匠!! 大丈夫ですか!」


 突き飛ばされ、熱線から逃れたヴォルフは、師匠であるイェスタの下に這い寄っていく。


「ググゥウウ……すまねえ。俺がトドメを刺そうと思ってたが、最後の切り札にしてた義手の仕込み大砲も壊れちまった……ゴフゴフ……。爆風で吹き飛ばされずに残った回復薬をやるから、お前がアレを討伐してくれ……頼む。頼んだぞ」


 イェスタはボロボロに溶け落ちた鎧のポーチから差し出した回復薬をヴォルフに渡すと、そこで気を失っていった。


「イェスタ師匠……ちょっとだけ待っててください……それと、剥ぎ取り用のナイフお借りします」


 師匠から回復薬を託されたヴォルフは、封を開け、一気に飲み干すと、イェスタが大事にしている竜の牙の意匠が付いた剥ぎ取り用のナイフを手に取り、自らの剣とナイフで双剣に構えると、傷を癒そうと立ち上がり火口の方へフラフラと動き出していた豪炎凶竜ヒドゥンヴラドに駆け寄っていた。


「逃がすかあああ!!」


 体力を回復したヴォルフが、豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの尻尾を駆け登り、頭頂部から飛び出す。


 極限の集中力がもたらすスローモーションの世界に入ったヴォルフは、両手に構えた剣とナイフを使い、脱皮したての柔らかい豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの顔を切り裂くと、喰いつこうとしてきた口先を避け、両目に剣とナイフを突き立てていた。


 ギュオオオオオオオオオオオ!!!


 目を潰された痛みで豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの歩みが止まり、ヴォルフを振り落とそうと頭を大きく揺すってくる。


「無駄なあがきをするな!」


 ヴォルフは目を貫いた剣を引き抜くと、落ちるに任せ、豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの退化した腕を足場に着地し、その場所より再び、双剣の乱舞をお見舞いしていく。


 次々と繰り出されるヴォルフの斬撃を見ていたヨシフがそっと呟く。


「あの子……さすがにイェスタさんが弟子にしただけのことはあるな……まるで、イェスタさんが戦ってるみたいだ」


 ヴォルフの流れるような双剣のコンビネーションは、正確に太刀筋を描き、豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの甲殻や血管を切り裂くと出血を強いていた。


「悔しいけど、私よりあの子を選んだイェスタさんの眼は確かかもしれない」


 ヨシフは、自分が弟子として選ばれなかったことを気にしていたが、目の前でヴォルフの戦い方を見て氷解していた。


「うぉおおおお!! よくも僕の師匠をやってくれたな! お前なんか怖くないぞ!! 喰らえ!」


 ヴォルフは、豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの返り血で真っ赤に染まりながらも、豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの手を足場に交互に飛び回り、数十、いや数百近い斬撃を叩き込んでいたのだ。


 ギュオオオオオオオオオオオ!!!


 目を潰され、多量の出血を強いられた豪炎凶竜ヒドゥンヴラドは、やがて座り込むように足が崩れると、ビクン、ビクンと身体を震わせて生命活動を終えることになった。


 生命活動を終え、自重を支えられなくなった身体がゆっくりと地面に倒れていく。


「やった……やりました」


 地面に降り立ったヴォルフは、崩れ落ちる豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの身体を避けると、イェスタの下へ駆け寄っていく。


「イェスタ師匠!!」


 ヴォルフに抱かかえられたイェスタが目を覚ますと、残っている左手でヴォルフの頭をワシワシとさすっていた。


「よ……よくやったな。それでこそ、俺の弟子だ……」


「イェスタ師匠……死なないでください! 僕は、僕は!!」


 イェスタの黒焦げの鎧に取りすがり、泣き喚きそうになっていたヴォルフの頭をイェスタはむんずと掴んだ。


「死んでねえよ。馬鹿野郎。こっちはしばらく休めば、回復する。心配するな。お前は一旦ベースキャンプに戻って、回復薬もってこい」


「イテテ、は、はい。すぐに取ってきます」


 ヴォルフが周りを見ると、体力を若干回復させたレクやヨシフが立ち上がり始めており、別の凶竜の気配も感じられないため、イェスタの指示通りにベースキャンプに戻った。


 しばらくして、ヴォルフがベースキャンプから持ち帰った回復薬が配られ、メンバーたちの傷が癒されていく。

 その後、退治した豪炎凶竜ヒドゥンヴラドを早速解体し、待望の逆燐を手に入れることに成功したのは、日が昇り始める時刻であった。


 ボロボロになりながらの討伐成功であったが、それぞれが全力を尽くして、戦い切ったことにより、辺境の狩猟者フロンティア・ハンターは一部のトップ猟団でも苦戦する豪炎凶竜ヒドゥンヴラドを討伐することを完遂していた。


 この時の戦いは、後にトップ猟団に成長する辺境の狩猟者フロンティア・ハンターの中で初期メンバーの起こした奇跡の逸話として長くメンバーたちに語り継がれるものとなった。

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