第45話

 ―噴火口近くの窪地―


 動きの鈍ったヒドゥンヴラドの尻尾に向かい、ヨシフ、レク、ヴォルフが攻撃を仕掛け始める。


 すでに興奮状態に陥っているヒドゥンヴラドの尻尾からは、付着すると空気と化合して発火爆発する粘液が分泌され始めていた。


 滴った粘液が地面に触れると、そこからしばらくして火が出て、小規模な爆発が何度も起こっている。


「気を付けてくれたまえ。斬る時も常に移動することを忘れないように」


 大剣を上段に構え、ヒドゥンヴラドの尻尾に向かい振り下ろしていたヨシフからの忠告に、レクもヴォルフも頷く。


 二人がヨシフの忠告に頷いたのは、攻撃して傷を負う度に、尻尾から分泌される粘液の量が増えていたからだ。


 動かなければ、気が付かないうちに自分の足元が粘液だらけになり、あっという間にドカンと爆破されてしまうと気が付かされていた。


「ボクは先端部に回る」


「僕はここを中心に攻撃します」


 ヨシフの攻撃を見て、長大な尻尾にまとまって集中して攻撃を加えると分泌される粘液が多くなりすぎると、判断した二人はヨシフから離れた場所に位置取り、攻撃を開始する。


 そんな三人に苛立ったヒドゥンヴラドは、急激に身体をひねり、長大な尻尾を鞭のようにしならせて、攻撃を加えてきた三人を弾き飛ばそうとした。


 風を切り迫りくる尻尾を見たヴォルフは、自分が回避のタイミングを失したことを悟っていた。


 タイミング的にすでに回避不能な位置に尻尾が迫っているため、咄嗟に左手の盾を掲げて、守りの態勢を築く。


 ドンっと超重量物がもの凄いスピードでぶつかった衝撃で、ヴォルフは踏ん張ることができずに窪地から崖の近くまで吹き飛ばされていた。


「――って。盾で防いでも腕が痺れるなんて……」


 受け身をキチンと取れたことで、尻尾によるダメージは腕が痺れた程度に軽減できていたヴォルフであったが、そんなヴォルフに向かって、イェスタが焦った声で警告をしていた。


「ヴォルフ! 盾が燃え始めてるから、棄てろ! 早く!」


「へ? ああっ!? も、燃えてる!」


 尻尾を防いだ盾は、粘液が付着して空気との化合を始めて、メラメラと燃え始めていた。


 その火の勢いは強く、いつ爆発してもおかしくない状況であった。


 事態を把握したヴォルフがすぐに盾を外すと、崖に向かって放り投げた。


 数秒後、空中に放り投げられたヴォルフの盾が、夜の闇の中で大きなきらめきを発して大爆発をしていた。


「ひぇ! あんなに爆発してる!」


 あまりの爆発の威力にノエルの顔を引きつる。


「お前ら、油断すると今度はお前らがあの盾と同じになるからなっ! 気を引き締めろ! ヨランデも参加して早く尻尾切り落とせ!」


 重弩の銃撃を続けていたイェスタが、前衛で攻撃を続けているレクとヨシフに注意を促すとともに、尻尾切りを加速させるためヨランデの投入も決めていた。


「分かった。オラも前にでる。ノエルとイェスタは気を付けてくれよ。ヴォルフ、動けるなら、オラと攻撃参加だ」


「は、はい。まだいけます!」


 ヨランデはイェスタからの指示を受けて、後衛のフォロ―をする位置から攻撃に参加できる位置へ移動していく。


 その際に、吹き飛ばされ攻撃から外れていたヴォルフに声を掛け、攻撃に参加させていた。


 冷静さと視野を備えたヨランデは、イェスタの加入とノエルの成長とともに、後衛の心配をしなくてよくなったことにより、攻撃に移る際の判断が早く効果的な選択を選べるようになってきていた。


 ヨランデが攻撃に加われば、前衛の四人の攻撃をその冷静な判断力で効果的なものに変化させてくれると、イェスタも期待していた。


 そのイェスタの期待通り、ヨランデが追加された前衛組は、ヴォルフが囮としてヒドゥンヴラドのヘイトを集め、尻尾への攻撃の障害となる振り回しをさせないようにさせていた。


「ノエル! 俺たちは背中の鰭狙いに変えるぞ!」


「はいっ!」


 かなり動きが鈍り始めていたヒドゥンヴラドの様子を見たイェスタは、動きを止めるために撃ち続けていた矢弾の狙いを背中の鰭に変更し、更なる弱体化を狙っていく。


 鰭に【凍結弾】や【凍結矢】が当たる度にヒドゥンヴラドが身を捻り、咆哮を上げてのたうつ。


 事態は圧倒的にイェスタたち有利に推移しており、このまま、何事もなく、ヒドゥンヴラドの討伐を完遂できそうだと思い始めた矢先――

 

 ギュオオオオオオオオオオオ!!!


 今までよりも一層、圧の強い咆哮を上げたヒドゥンヴラドが尻尾の粘液を多量に分泌して振り回し始めた。


 数倍の量が分泌された粘液は攻撃していた者たちはもちろん、周囲の岩や地面に付着して、辺り一帯を粘液だらけにしていた。


「ま、まずい! おまえら、そこから逃げろ!!」


 粘液の多さに危険を感じたイェスタが、四人に向かい逃げるように叫ぶ。


 だが、時すでに遅く、地面に染み込んだ粘液が空気と化合して、パッと発火を始めていた。


 粘液だらけにされた四人も事態を察知して、振り撒かれた粘液地帯から逃げ出そうと走り出す――


 そして、イェスタたちの目の前はオレンジ色の爆炎に包まれていった。

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