第44話

 ―数日後、噴火口近くの簡易観測所―


 豪炎凶竜ヒドゥンヴラドが噴火口近くで身をうずくまってから、二日が過ぎていた。


 すでに動くことを止めている豪炎凶竜ヒドゥンヴラドは、丸まった岩石のような形になっており、丸二日変化は見せていなかった。


 ヨシフが最初に築いた簡易観測所では、見張りとなったヴォルフが、持ち込んだ薪を使って焚き火を作り暖を取りながら、監視を続けている。


 日はすでに真上まで上っており、後しばらくしたら、交代のイェスタがやってくる予定になっているのだ。


「異常なしだね……。それにしても、あの巨体が脱皮するとか、凶竜の生態は一つ一つビックリするものばかりだな」


 視線の先にある豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの巨体を見ながら、歎息していたヴォルフの身体に微弱な振動が伝わり始めた。


「ん? 地震?」


 微弱だった振動は少しずつ大きくなり、身体にしっかりと感じるほどの揺れが始まっていた。


 周囲の岩がカラカラといい、揺れ始めると、視界隅にいた豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの甲殻に大きなヒビが入るのがヴォルフの眼に入り込んだ。


「まさか、脱皮? 身体に大きなヒビが入ってる!! イェスタさんが言ってた前兆だ!」


 脱皮の前兆を視界に捉えたヴォルフは、直ぐ近くに置いてあった、手鏡を持つと眼下のベースキャンプに向けて光を反射させていった。


 

 しばらくの時間が過ぎると、先発していたイェスタの後を物資を積んで登ってきた他のメンバーと合流することに成功していた。


 合流した時には、すでに日が暮れかけていたが、イェスタは脱皮が間近だと見ており、臨戦態勢のまま、様子を見ることにしていた。


 フル装備をして、準備を終えたメンバーたちは豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの脱皮が完全に終わるまで、ジリジリする時間の経過を待っていた。


 ヒビが大きくなるにつれ、身体を覆っている灰褐色の甲殻がボロボロと崩れ落ちていく。


 甲殻が崩れ落ちた下からは、薄っすらと燐光を纏った白い身体が覗いていた。


「そろそろ、狩猟の時間のようだ。みんな、キチンと頭の中に手順は入ってるか?」


 脱皮が進み、身体の半分近くが燐光を纏った白い体に変化した所で、イェスタが手順の確認を始めていた。


「熱を奪う、動きを止める、尻尾斬る、鰭破壊、そして全力攻撃でいいんだろ?」


 討伐開始を待ちわびるレクが端的に作戦内容を告げていた。


「その通りだ。よし、いくぞ」


「「「「おう」」」」


 イェスタの号令で狩猟は開始され、先制の凍結弾と凍結矢が次々に白い身体を曝している豪炎凶竜ヒドゥンヴラドから熱を奪っていく。


 ギュオオオオオオオオオオオ!!!


 脱皮中に襲われた豪炎凶竜ヒドゥンヴラドは、不意をうたれたものの、そのままで居ては自らの活動エネルギー源となる熱を奪われかねないと察したようで、古い甲殻を叩き割りながら、地面に這い出てきていた。


「次弾装填完了! 撃つぞ」


 重弩から放った初弾の排莢を終え、二弾目の装填を終えたイェスタが、動き出したヒドゥンヴラドの前脚を狙って凍結弾を撃つ。


 ノエルも狙いを合わせるように同じ場所へ向けて、凍結矢の二射目を打ち込んでいった。


「さすがイェスタさんだ。重弩もあれだけ上手く使えるとはね」


 イェスタの流れるような装弾作業を見ていたヨシフがふと称賛を漏らしていた。


 それほどまでに、イェスタの銃撃は見事であり、間断なくヒドゥンヴラドの足を正確に撃ち抜いていった。


 だが、攻撃されているヒドゥンヴラドも一方的に攻撃を受けるつもりはなく、すぐさま、背中の鰭を使い周囲の熱を集め、鰭が赤熱したように赤くなる。


「熱線が来るぞ! 攻撃やめ! 近接組も遠距離組も回避に集中しろ」


 イェスタからの警告に、メンバーたちは攻撃を中止し、ヒドゥンヴラドの口の向きに視線を集中していく。


 ヒドゥンヴラドが狙ったのは遠距離から弓で狙っていたノエルであった。


「ひぃい! 口が私の方を向いてる」


 熱線の放射器官を内蔵した口先を向けられたノエルが怯えて、回避の動き出しが一瞬遅れていた。


 すでにヒドゥンヴラドの口内は赤熱した熱線が形成され、撃ち出される寸前であったため、回避が間に合わないと思ったイェスタが叫ぶ。


「ヨランデ! カバー!」


 事前にノエルをフォローできる位置に陣取っていたヨランデが、すぐさまノエルの前に入り、大盾を構えていた。


 放たれた熱線は、フォローに入ったヨランデの盾によって、弾かれてノエルに命中せずに済んでいる。


 ヨランデの盾はマルセロの屋敷にあった耐熱性能の高い大盾を借りており、ヒドゥンヴラドの高熱の熱線を見事に防ぎきっていた。

 

「あっちい。けど、マルセロさんとこから、盾借りておいてよかった。じゃなきゃ、オラは黒焦げだ」


「ご、ごめん。助かったわ。ヨランデ」


「いいって、オラは後衛への攻撃を遮るのも仕事だからな。ほら、ノエル、仕事しないとイェスタ猟団長に睨まれるぞ」


「う、うん。そうする」


 凶悪なヒドゥンヴラドの熱線を防ぎきったヨランデから、攻撃を催促されたノエルが次なる【凍結矢】を番え放つ。


 熱線を防がれたヒドゥンヴラドは再び、ノエルとイェスタから遠距離の攻撃を受け、熱を奪われ続けていく。


 その間にヨシフとレクとヴォルフが、ヒドゥンヴラドの懐に到達し、大剣のヨシフと太刀のレクがわき腹を切り裂き始めていた。


 二人がヒドゥンヴラドを攻撃して気を逸らしている間に、手すきのヴォルフが背嚢バッグから【凍結地雷】を取り出して、複数個設置していく。


 そして、設置を終えると、攻撃をしているレクとヨシフに対して警告を発する。


「レクさん、ヨシフさん、罠が発動します!!」


 ヴォルフの警告を聞いた二人はヒドゥンヴラドから一定の距離を置く。


 二人が安全圏に逃げたことを確認したヴォルフが、手にして起爆装置のボタンをグッと押し込んでいた。


 ドムっというこもった爆発音が山中に響くと、爆炎に反射して、白く輝く靄がヒドゥンヴラド身体を覆っていく。


 白い靄は【凍結地雷】が発生させた極低温の霧であり、その靄に触れたヒドゥンヴラドの身体は霜がびっしりと発生していた。


 ギュオオオオオオオオオオオ!!!


 突如、爆発した地面から発生した極低温の霧によって、体内の熱を急速に奪われているヒドゥンヴラドが苦しみの悲鳴を上げていた。


「レク君、ヴォルフ君、尻尾に集中攻撃をかけるよ」


「分かりました。援護します」


「ヨシフにはやらせないよ」


 前衛の三人は【凍結地雷】を喰らって動きが若干鈍ったヒドゥンヴラドの尻尾を切り落とそうと、攻撃を仕掛けることにした。

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