第43話

 ―その夜、麓のベースキャンプ―


 ベースキャンプを完成させたことで、ヨシフへの交代の要員は、先に休息を取らせていたヨランデを送り込んでいた。


 ヨシフによれば、豪炎凶竜ヒドゥンヴラドは、噴火口付近の窪地に腰を下ろし身動きを止めたそうだ。


 その報告を受けたイェスタは、早晩、脱皮が始まると予測し、改めて豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの討伐作戦をメンバーたちと検討することにした。


 そして、今ベースキャンプでは、その作戦会議が開催されている。


「今回の豪炎凶竜ヒドゥンヴラドは、通常だと斬撃を半減させる高硬度甲殻に身を包まれているが、タイミングがいいことに今回は脱皮直後の柔らかいままの甲殻であると思う。だが、柔らかいだけで、攻撃力は通常の豪炎凶竜ヒドゥンヴラドと変らねえからな。気を付けろ」


 イェスタはヨランデが書いて残していった豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの絵が書かれた卓上黒板に書き込んでいく。


「あと、攻撃方法は五つだ。まず、この大きな口での噛みつき。噛みつかれると、腕くらい簡単に持って行かれるからな」


 豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの鰐のように長い口を指し示し、メンバーたちに注意を促す。


「あと尻尾も痛かったですね。あの大きな尻尾で叩かれると、骨ぐらい簡単に持っていかれる」


 一度戦ったことのあるヨシフも、付け加えるように尻尾を指し示して、未遭遇のメンバーへ予備情報を叩き込んでいく。


「あと肉弾戦だと、身体ごと圧し潰してくるから、あいつの懐に潜り込んだら気を付けろよ。油断するとぺちゃんこだからな」


「ひぎぃい! 近接職は、どこにいても危ないじゃないですか」


 ノエルが豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの攻撃方法を聞いていくうちに、顔を蒼ざめさせていた。


「あー、言っておくけどな。こいつは遠距離の方が凶悪だぞ。背中の無数の鰭で周囲の熱を集めては、口にある放射器官から熱線として放出してくるから、遠距離だからって油断してると、熱線で黒焦げになるか消し炭だ」


「ひぐぅ! そ、そんな!」


「背中の鰭が光り始めたら、攻撃を止めて、かわすことに全神経注ぎ込めよ。割と分かりやすいから、気を付ければ当たりはしない。当たらなきゃ、威力が凄かろうが、何の意味も無いから」


 イェスタは簡単そうに言うが、遠距離でも気を抜けば攻撃されると聞いたノエルが、完全に固まって思考停止していた。


「イェスタさんの言ってる熱線以上に厄介なのは、尻尾から染み出す粘液なんだけどね。こいつは、地面や人に付着すると、空気と化合し発火して、大爆発起こすとかいう極めて危険な物質なんだ。多くの狩猟者ハンターはコレにやられてる。もし付着したら、地面転がってでも発火を消さないと、ヒドイことになるよ」


「そ、そんな危険なんですね……」


「粘液を触れさせなければいいんだろ?」


 レクとヴォルフは、近づいて豪炎凶竜ヒドゥンヴラドを攻撃するため、ヨシフの言った粘液の存在を聞いて、少しだけ怯んだ顔を見せている。


 近づけば、それだけ尻尾の攻撃範囲に入ることとなり、その粘液の攻撃に曝される可能性が高くなるからだ。


「割合、巨体の割に動きは素早いからね。だから、これを使う」


 ヨシフがそう言って目の前に出したのは、大量に馬車に積み込んできた【凍結弾】、【凍結矢】、【氷結地雷】などの狩猟道具であった。


 豪炎凶竜ヒドゥンヴラドは熱をエネルギー源として生きる凶竜であるため、活動に常に熱が必要であり、火山から熱を吸い尽くすと、熱を求め別の火山へ移動するという性質も持ち合わせているのだ。


 つまり、身体の熱を奪い続ければ、エネルギー不足に陥り、動きが鈍くなり、やがて冬眠するように動けなくなる生物であった。 


「ヨシフの言う通り。やつの身体から熱を奪って、動きを鈍くし、その間に一気に攻撃して息の根を止めるのが、今回の作戦だ。【凍結弾】、【凍結矢】は俺とノエルが撃ち込む。前衛組は豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの動きが鈍ったら、懐に潜り込んで【凍結地雷】仕込んで、さらに熱を奪う。そうして、やつの動きを奪ったら、まずは尻尾を集中して切り落とす。アレさえなくなれば、万が一暴れ出しても何とか抑えられるはずだからな」


 イェスタは、尻尾から発生する粘液を恐れているようで、熱を奪い、動きを封じ込めたところで、尻尾の切り落としに入る作戦を示唆していた。


「甲殻も柔らかいし、ボクが全力で斬り込めば切り落とせるかもね。その辺は任せておいてくれていいよ」


「全員で斬りかかるんだ。時間はかけられない。ヴォルフもヨランデもヨシフも全員だ」


「そんなに。そりゃあ、豪炎凶竜ヒドゥンヴラドもひとたまりもないね」


 イェスタが全員攻撃を指示したことで、レクは肩を竦めて驚いてみせる。


 一人でもかなりのダメージを負わせられる自負があるが、イェスタはより確実に尻尾を切り落とすために攻撃力過多と思われるほどの戦力を投入する予定だった。


「尻尾の切り落としが上手くいけば、次は背中にある無数の鰭を破壊する。そうすれば、熱の吸収ができなくなり、熱線の威力も落ちるし、移動速度は更に低下するはずだ。そこまで、押し込んでからトドメを刺しにいく。その二つが破壊できない限りは、回避を優先するんだ」


「弱らせてから、美味しく頂くということかい?」


「ああ、レクの言う通り。これまでの狩猟と同じく、うちは凶竜を極限まで弱めてから、トドメを刺す。この方針に変わりはないからな。だが、弱らせても相手が相手なだけに油断するな」


 この後も豪炎凶竜ヒドゥンヴラドの討伐に向けて、色々とメンバーたちとイェスタとの話し合いが持たれ、ベースキャンプの中の明かりが消えたのは、夜も深まってからであった。

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