第32話
―ガレシュタット郊外、針葉樹林の森―
ガレシュタットから南西に三〇
高山のふもとに近く寒冷な地域であるため、広葉樹を駆逐して大規模な森林を作っており、辺り一面に朝もやが立ち込めていた。
イェスタたちは、一時の休養を挟み、インドスクス戦の傷と疲れを癒すと、次なる目標である尖角凶竜ゼインロングの住処を求めて訪れているのだ。
「ちょっと寒いですね。イェスタ師匠」
「猟団長だ! 狩猟の時は師匠じゃねえ! 気を付けろ」
荷馬車から野営用の荷物を降ろしていたヴォルフが、言葉遣いをイェスタから注意を受けていた。
「は、はい。すみません。イェスタ猟団長」
イェスタを師匠として弟子入りしてからは、休養中もイェスタに付き従い、鍛錬や凶竜に関する質問を繰り返していたのだ。
「ヴォルフは変わり者だね。イェスタを師匠として仰ぐなんて……。
「まぁ、レクの言う通りだな。俺の弟子になるとは、変わり者だ」
「そ、そんなことないですよ! イェスタ師匠は――」
「猟団長!」
再度、言葉遣いを注意されたヴォルフが肩を竦めていた。
その様子を見ていた、荷下ろし中のノエルとヨランデも笑いを堪えていた。
「アレはもうワザと言ってるね」
「オラもそう思う」
猟団内の空気は、狩猟の成果がでたため、イェスタの就任当初より格段に良くなっており、チームとしてのまとまりもでき始めていた。
「お前ら、油断しすぎだ。ここはもう狩場だぞ。気を引き締めろ」
イェスタは、まとまりができたことで、猟団内に漂い始めた楽観的な空気を引き締めるように、皆に注意を促していく。
楽観的な空気は猟団員の緊張感を緩め、普段なら起きないポカが時として発生し、それが重大事に繋がり、大事に至ることが多いことを危惧していた。
その危惧が高確率で実現することを、イェスタは
「はいはい。イェスタは心配性だね。今回は、ヴォルフが危険なだけだろ? ボクはその成果を美味しく頂くだけさ」
「だから、油断をするなと言っている。作戦上では、ヴォルフが一番危ない仕事だが、この前も予定外のことがあったのを思い出せ」
「あー、はいはい。設営はやっておくから、イェスタとヴォルフは対象のねぐら探してきてよ」
野営地跡に狩猟用のベースキャンプを作り始めていたレクが、イェスタとヴォルフを追い払うように手を振っている。
今回の狩猟での野営地は、針葉樹林の森の入り口の近くにある砦の跡地で、以前に針葉樹林の森で成長した大型凶竜を討伐する際に整備されたものであった。
けれど、戦いはすでに何百年も前に行われていたため、風化が進み砦としての機能は失われて久しかった。
そんな場所を
「猟団長を扱き使ってくれるな。この猟団は……ヴォルフ、行くぞ」
偵察をしてこいと、レクに催促されたイェスタは苦笑いをすると、荷下ろししていたヴォルフを呼び、細長い針葉樹が密生する森の中へ向かって歩き出していた。
―針葉樹林の森―
冬場でも葉を落とさない針葉樹が大多数を占める森は、落ち葉が少なく、足元はしっかりとしていた。
高い木々に日の光が遮られた森の中をしばらく歩くと、二人の目の前には開けた場所に、雪解けの透明度の高い水を満たした湖の姿が飛び込んできていた。
その湖の周りには、水鳥に似た小型凶竜のボルカノドンが羽を休め、湖に生息する魚を捕食しているようであった。
「ゼインロングの姿が見えませんね。森の中で餌集めしているんですかね?」
「そうだな。水場があり、やつらの好物である【長命草】や【魔素人参】が自生している場所なんだけどな。ここにいないとなると、森の中か……」
群れがここで食事していると見越していたイェスタであったが、目的としていた凶竜が見つけられず、彼らの居場所を思案していた。
イェスタは、肉よりも草や根菜を好む尖角凶竜ゼインロングが、湖に近い草原に草を食んで群れていると予想していたが、その予想は外れてしまっていた。
凶竜は大半の者が雑食であり、肉を喰らう者が多いが、腹が減れば草や根菜などを食する者も存在しているのだ。
「森をもう少し探索しますか?」
「そうするか。それと落とすためのポイントも探しておかねぇとな」
「僕も見てましたけど、来た道だと平坦すぎて、落とせる場所もなかったですからね」
ヴォルフも自分の眼で、尖角凶竜ゼインロングを罠に掛けられそうな場所を探していたようだが、針葉樹林の中では深く抉れた場所を見つけることはできていなかった。
「もう少し山側へ移動して、ポイント探しつつ、ゼインロングの群れを探してみるぞ」
「分かりました。ついでに【長命草】と【魔素人参】も採集して補充しておきます」
「それがいいな。回復薬とスタミナ薬の元になるから、あって困る物じゃないし、そうしよう」
周囲に攻撃性の高い凶竜の姿が見えないことを確認した二人は、草原に自生する素材を採取しつつ、山側に向けて移動していった。
採取しつつ、山の麓側の方に来ると、岩盤が長年の雨水で侵食された洞穴が、木々の隙間に黒い大きな口を開けて存在していた。
「洞穴か……古いものだな。かなり昔にできた洞穴のようだ。竪穴の深さはどれくらいある?」
イェスタの眼の前に光の届かないほど深く開いた穴があり、ヴォルフが持ち込んでいた縄を垂らしていた。
「えーっと、一五~六
「とりあえず、下を見てからだな。あんまり広さがないと、尖角凶竜ゼインロングが立ち上がって暴れ出した時に逃げ場が無くなる可能性もある。よし、周囲の木に縄縛り付けて下に降りてみるぞ」
「分かりました。すぐ支度します」
ヴォルフはすぐさま、周囲に歩きの中で一番幹の太いしっかりとした木を選び、降下できるように縄を厳重に縛り付けていく。
その間にイェスタは闇が広がる竪穴の中に、燐鉱石を使って作った【照明玉】をポーチから取り出し、発火板で擦って投げ入れていた。
発火板で擦られた【照明玉】は、投げ入れられた竪穴の底で激しく燃えながら光を発し、周囲を一気に明るく照らし出す。
闇の中に現れたのは、地表に降った雨が、地下水として流れたことで、岩盤を侵食された巨大な鍾乳洞であった。
大口を開けた入り口から降り注ぐ、か細い日の光を圧する【照明玉】の強烈な光は、内部の天井から乳白色のつららが伸びている様子をイェスタたちに見せていた。
「鍾乳洞か……ヴォルフはここで待機しておけ。二人とも降りて戻れなくなると笑えないからな」
「は、はい。分かりました。気を付けてくださいよ」
ちょうど、ヴォルフが縄を縛り終えたため、イェスタは縄を身体に巻き付けると地下へ降下していく。
洞穴の中は周囲五〇〇
無事、地下に降り立ったイェスタは、カンテラを灯し、周囲の様子を詳しく確認していく。
「入り口の広さ、高さともに程々あるし、広さも申し分ないか。落下予測地点に毒鉄杭罠を仕掛けておけば、大半の個体の足は奪えるな。んで、弱った奴から集中して攻撃して狩るようにすれば、五~六体の群れでもいけるだろ」
イェスタは発見した洞穴を隅々まで探索した結果、尖角凶竜ゼインロングを罠にかける絶好のポイントだと判断し、ヴォルフに引き上げてもらうと、すでに日が暮れ始めて居たので、目印だけを残し、一旦ベースキャンプに戻ることにした。
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